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第32話:わたしを無視しないでください!

 晴天に煌めく草花がそよぐ平原は静かだ。王都から離れてセーラの森との境、障害物も何もないだだっ広い地にアメリはいた。


 平原の中心にはテオたち三人がいて、アメリはマリアと少し離れたところで彼らを見ている。デーヴィドの傍には複数人の騎士たちが待機していた、闘技の勝敗を見極める役目として彼はいる。


 外だというのに空気は重くて睨み合う三人の様子に誰も声がかけられない。



「三人とも、いいのだな?」

「あぁ」

「問題ありません」

「僕もいいよ、父上」



 息子たちの返事にデーヴィドは頷く。強く発せられた言葉に彼らの心が決まっているのは感じ取れた。



「では、始めよ!」



 デーヴィドの掛け声と共に三人は竜の姿へと変える。赤い鱗、薄緑の鱗、緑の鱗、三色が混ざり合うように戦いを始めた。


 テオが先に行動を起こす、バージルに突進して地面に叩きつけたようとした。けれど、それは避けられてしまいその隙にシリルに尻尾を咥えられてしまった。振りまわすとまではいかなくも、咥えたままぐるんと回ってシリルはテオを放った。



「っ!」



 テオは空中で回転して地面に足をつけて倒れそうになるのを持ちこたえ、態勢を変えてシリルに向かっていく。縺れ合う二人にバージルはどちらかの隙を狙うように飛ぶ。噛みつき、吹き飛ばし、叩きつけてそれでも三人は地面に身体を押し付けられることなく戦う。


 兄たちの様子にはらはらしながらマリアは祈るように手を握って、デーヴィドその瞳からは感情が読み取れない。


 訳が分からなかった。アメリは三人の戦いを見つめながら思った、どうして彼らが争わなければいけないのか。


 戦っている、どうして? 争っている、何故? 自分のために? 分からない。分からなくて、理解できなくて。


(わたしの何処がいいっていうのですか!)


 正直に言えば、自分は動物と会話ができるぐらいしか能がないと思っている。此処に来た時も生きることだけを考えていた。竜人に恐怖を抱いる、未だって怖いと思うことはあった。テオも、バージルもシリルも、悪い存在でないことは分かっている。


 分からなかった、何処に好かれる要素があるのか。これも元猫だからだろうか、人間の竜人の感情が分からない。


(好きって、愛するって何!)


 アメリはあまりの分からなさにだんだんと瞳がうるんでいく。



「あぁっ!」



 マリアの叫びにアメリは意識を浮上させる。三人に目を向ければテオがバージルによって地面に押さえつけられていた。三人の身体は傷だらけで特にテオは酷く、竜同士の戦いに鱗の硬さなど無いに等しいのだと知る。



「一つ」



 デーヴィドが数えていく。もがくテオだが、シリルにも加勢され身動きが取れなかった。


 二つと数えられる。もがけばもがくほど、傷を作っていくその姿にアメリはワンピースの裾を握った。


 四つ、数えた時だ。



「わたしを無視しないでっ!」



 それは今までに聞いたことないほどの声量で、アメリの叫びに三人は動きを止めてデーヴィドは振り返った。はぁっと小さく息を吸い、アメリは顔を上げる。泣いていた、涙をぼろぼろと流しながら拳を握りしめて。



「わたしの、意思を無視しないでっください……。わたしのせいで、傷つくのは嫌です……」



 嫌だった。自分のせいで傷つくのは、あんなに仲の良かった兄妹に亀裂が入るのは。


 自分の意思など関係なしに決められるのも嫌だった。誰が好きなのか、妻になってもいいのかなんて考えたことはないし、まだ分からない。自分の気持ちと向き合う時間すらなくて、許されないのは嫌だった。これは自分勝手なことなのかもしれないけれど考えさせてほしかったと感情があふれ出すように涙が頬を伝う。



「アメリの言葉も聞くべきだわ」



 マリアはアメリの肩を抱いて父を見た。



「お父様、アメリにだって決める権利はあるわ!」



 誰の妻になるのか、それともならないのかを決める権利はアメリにもある。兄たちだけが決めていいものではないというマリアの言葉に父はふむと顎に手を当て、アメリに近寄り問うた。



「アメリよ。息子たちが嫌か?」

「嫌いじゃないです。嫌いじゃ」



 アメリは素直に答える、嫌いではないと。


 好きか嫌いかならば、好きだ。マリアもテオもバージルもシリルも、みんな優しくて、温かくて、頼りになって良い人だ。けれど、愛しているのか、妻となってもいいと思えるほどなのかは分からなかった。自分にそんな感情が芽生えているのか分からない。



「分からないまま、誰かの妻になるのは嫌なのです。それでは相手を傷つけることになる」



 婚約から始まる恋というのはあるだろう、相手を好きになるということだってきっとある。でも、このまま争いで決められたものは、自分の意思など関係なく決められたものではいけないと思うのだ。


 デーヴィドはアメリの言葉に目を細めてそうかと小さく頷いた。



「お前たちの愛する者の言葉を聞いて、なおもこの闘技を行いたいと思う者はいるか」



 しんと静まる、答えは一つだった。バージルもシリルもテオから離れて、起き上がったテオは人の姿へと戻った。


 三人は人の姿に戻り、気まずそうにしている。アメリの意見を聞くという考えを失念していたからか、どう彼女を見ていいのか戸惑っていた。



「アメリよ」



 デーヴィドに呼ばれてアメリは涙を拭いながら返事をする。



「どうか、考えてくれないか」



 息子たちが此処まで想いを表すことはなかったのだ、だから考えてくれないだろうかとデーヴィドは頼む。



「私は別に人間をどうだとは思っていない。人間が竜人の国の王族に相応しくないだなど思ってはいない。息子たちが決めた存在であるのならば、それが明らかに悪意を持った者でない限りは認めるつもりだ」



 子供たちの恋愛を縛るつもりはない。婚約者候補を用意はするけれど、それは彼らにきっかけを与えているだけにすぎない。他の誰かを見つけたのならば、それを否定することはしない。それが貢物としてやってきた人間であろうとも、悪意の無い者であるのならば認めるとデーヴィドは優しく、それでいてはっきりと告げる。それに嘘は感じられず、ただ子供たちを想う気持ちが籠められていた。



「お前は自身の立場など気にしなくていい。己自身の気持ちで息子たちに答えてほしい。私はどんな答えであっても、何も言わない。息子たちもそれを受け入れる」



 そうだろうという父の問いに三人は頷いた。すぐに決めなくていい、ゆっくりと時間をかけて考えてくれていいとデーヴィドはアメリの頭を優しく撫でた。



「……わかりました」



 アメリは涙を拭いながら答える。


 まだ、自身の感情は分からない。誰を愛しているのか、それとも愛していないのか。けれどこれは答えを出さなければならない。自身の気持ちを、相手の気持ちを誤魔化したくはないから。

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