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第31話:ちょっと待って! わたしを婚約者にってどういうこと!?

「いいこと、あんちゃん。アナタはちょっと鈍感なところがあるから気を付けなきゃだめよ」



 マリアにそう言われてアメリはいまいちピンときていなかった。そこまで自分は鈍感だとは思っていなかったので、そう言われてもよく分からなかったのだ。そんな彼女にマリアは「ワタクシがあまり口出しするのはよくないけど」と言う。



「お兄様たちのことよく考えてみてね?」

「それはどういう……」

「たぶん、もうすぐ分かると思うから」



 マリアは「これはワタクシから言っては駄目な事だと思うから」と申し訳なさげに眉を下げる。死亡エンドにも関わることなのだろうかと少しばかりアメリは不安に思ったけれど、彼女は「それはもう大丈夫だと思う」と返す。



「ほら、もうお兄様からの好感度は高いし、お父様からはワタクシたちの友人として認められてるから。だから、死亡エンドは回避できてると思うの」


「そうですかね?」

「うん、でも最後の一押しはほしいよねとは思わなくもない。たぶん、これがそれになると思うけど……だから、お兄様のことよく考えてみてね」



 そう念を押されてアメリは頷いた。



   *



 アメリは自室のベッドに寝そべりながらうーんと呻っていた。


 マリアに言わたことをアメリは考えていた、三人の王子のことを考えるとどういうことだろうかと。彼らには良い印象しかなくて、もちろんテオの少し口が悪いところとか、バージルの一人で溜め込んでしまうところや、シリルの悪戯好きなところも理解はしている。それでも、やっぱり良い人だなとしか思わなかった。


 そうやってぼんやりと考えていると不意に扉を叩く音が耳に入る。



「おい、アメリ。起きているか?」



 それはテオの声でアメリは慌ててベッドから転げ落ちるようにおりながら急いで扉を開ける。テオはやっと出てきたアメリに何か言おうとしたけれど、少し驚いたふうに目を開いた。そんな様子にどうしたのだろうかとアメリは自身の身体を見遣る。


 白い寝間着姿ではあるものの、服が乱れているわけでもおかしいわけでもなく問題ないように見えた。



「どうかしましたか、テオ様?」

「なんか音したけど、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですよ! あの、テオ様は用事があったのでは?」



 ベッドから転げ落ちたとは言えず、アメリは誤魔化すように笑うそんな彼女を不思議におもいながらテオは答えた。



「今日は午後から仕事がないんだ。また、馬を走らせようと思ってな。どうだ、一緒に」

「マリア様のお茶の時間までなら、大丈夫……」

「ちょっと、兄さん!」



 大丈夫ですよとアメリが返事をしようとした時だ、それを遮るように声が割って入ってきた。振り向けば腕を組んでじとりと見るシリルがいて、むすっとしたうように近寄ってくるとずいっとテオを指さす。



「朝が苦手な兄さんが早くに部屋を出ていくと思ったら、アメリに会いにいくとはねぇ」

「なんだ、お前には関係ないだろ。つうか、お前だって朝早いじゃねぇか」

「それは……」

「何をやっているんだい、二人とも」



 言い合おうとする二人を仲裁するように声がして、また誰か来たとアメリはテオの背後から顔を覗かせるとバージルとマリアがいた。なんだ、この兄妹勢揃いはというアメリの心のツッコミなど知らず、マリアは名前を呼ぶとにこにこしながら駆け寄ってきた。



「アメリ、おはよう! あのね、今日は一緒に朝食をとろうと思って迎えにきたのよ!」

「ちょ、朝食ですか!」



 マリアの誘いにアメリは頬を引きつらせる。彼女から話は聞いている、朝食と夕食は必ず家族でとるということを。それはつまり、王とともに食事をするということだ。


 デーヴィド王は悪い存在ではない。それは感じ取れてはいたけれど、彼の鋭いエメラルドの瞳はまだ少しばかり恐怖を感じる。それに王と共に食事をとるというのはとても緊張するものだ。


 エルヴィスとの婚約が決まった時も父である王と食事をしたが、緊張したのを覚えている。何か粗相をしたらと考えるだけで身体が固くなっていく。



「どうしたの? 嫌だった?」

「そ、そんなことないです! 嬉しいです!」



 マリアたちとの食事が嫌なわけではない。ただ、住まわせてもらっている自分がいてもいいものなのかとそう思っただけだ。もちろん、多少の恐怖と緊張というのはあるのだが、誘われたことが嫌だとは思っていない。


 アメリの返事にマリアはなら行きましょうと嬉しそうに手をを取って抱き着くように腕を組み、引っ張る。



「さあさあ行きましょう」

「え、えとテオ様たちは……」

「放っておいていいわよ、朝食には揃うし」

「おいこら、マリア。俺はアメリと話して……」

「さー、テオ兄さんなんて放って朝食をとろうよ、アメリ」



 ちゃっかり隣に並ぶシリルにテオは眉根を寄せる。いつの間にと言いたげであるが、そんな顔は背を向けていたアメリには見えなかった。弟二人の行動にバージルは少し考えるふうに彼らを見つめていた。


          *


 マリアに引っ張られながらやってきたアメリは既に食事の席についていたデーヴィドに慌てて頭を下げる。



「お、おはようございます、デーヴィド王様」

「あぁ、そうかしこまることはない」



 緊張というのが伝わってきているのか、デーヴィドは目元を和らげる。口調も落ち着いていて怖いという印象は受けない。


 アメリはどきどきしながらもマリアに誘われるがままに席につく。彼女の隣でぎこちなく、それでも失礼のないように大人しくしつつ、ちらりと室内を見ていた。


 蝋のシャンデリアで明るく灯された室内は綺麗な装飾品で飾られている。四季をイメージした絵画が壁の中心にひと際目立つ自画像を彩るように飾られていた。赤毛のウェーブがかった髪をした女性の絵だ。純白のドレスにエメラルドらしき宝石を身に纏った姿はとても美しく、生きているかのようで。


(あれ、マリア様に似ている)


 思わず見惚れてしまっていたアメリだが、その女性画がマリアに似ていることに気が付いた。



「あれはお母様の自画像よ」



 アメリが絵画を見ていることに気づいたマリアが言う、あれは母の誕生日に送られた有名画家による自画像だと。


 母はその絵を気に入っており、自室に飾っていたらしい。母亡き後、父が妻が気にいっていたからと食事をするこの場に置き換えた、いつも家族でいられるようにという想いで。


 なるほどとアメリは頷く、これほどよく描かれた絵ならば一緒にいるように思えるだろう。


 絵画に見惚れているうちに召使いによって料理が運ばれていた。用意された食事は朝食ということもあり軽いものが用意されている。焼きたてのパンに、香る野菜スープはとても美味しそうだ。



「では、食物に感謝を」



 デーヴィドの声に皆が胸に手を当てて小さな祈りを捧げ、食事が始まった。


 マリアが今日は何しましょうかと楽しそうに予定を立てていくのを聞きながら、どうしようかと思案する。テオに午後から誘われているのだ。話は途中で途切れてしまったけれど、彼はそのつもりなのかマリアの予定に口を出している。


 そんな二人の様子を眺めながらもくもくと料理を口に運んでいれば、デーヴィドがそうだと思い出したふうにバージルのほうに目を向けた。



「バージルよ。婚約者候補たちのことなのだが……」

「それなのですが、父上」

「なんだ、決まったのか?」

「私はアメリを妻に迎えたいのです」



 一瞬の間、それは瞬時に空気を重くさせた。


 アメリでも感じ取れる痺れた空気に思わず、腕を抱く――ほぼ同時だった。がたんと音を鳴らしてテオが立ち上がった。その表情は怒りのような、苛立ったような色が混ざっている。



「どうして、そうなるんだよ!」


「どうしてと言われても、彼女しかしないと思ったからさ。お前に何か関係があるっていうのかい? 先に選んだのは自分だとでも?」



 声を荒げるテオに静かに返すバージルの瞳に迷いはない。嘘を、冗談を言った様子はなかった。



「いくら、バージル兄さんでもそれは僕も認められないなぁ」

「何故だい?」

「僕もアメリをお嫁さんにしたいからだよ」



 アメリはそこで気が付いた、自分はどういう状況にたたされているのかを。シリルの言葉にテオはふざけんなよとまた声を荒げた。



「こいつは俺のだ!」

「所有物として扱うことは禁じられているはずだが? お前に関係あるのかい?」

「テオお兄様もバージルお兄様と同じ気持ちなのよねぇ」



 ぼそりと呟いたマリアの言葉にはぁっとアメリは彼女とテオを交互に見遣る。テオはマリアの言葉にうっと言葉を詰まらせるも、兄と弟の瞳から感じ取ったのか、そうだよと荒っぽく答えた。



「お前らと同じだよ!」



 彼の発言でアメリは事の重大性を理解し、頭を抱えた。


(どういうことだぁぁぁぁぁっ!)


 全くどういうことなのだ。自身の何処が良いというのだ、動物と会話ができるだけしか能がない人間だぞと。自分が三人に好かれる理由が分からず、それでも事の重大さに気づいたアメリだったが理解はできなかった。



「あ、あのー……」

「俺は譲らねぇぞ!」



 アメリの声はテオの大声にかき消される、彼に返事をするように二人も譲る気はないと表明した。どんっと空気が重くなって睨み合う三人は一歩も引く様子をみせない。


 ますます頭を悩ませるアメリに深い深い溜息が聞こえた。それは三人も同じだったようで振り返ると呆れたように子供たちを見つめる父の姿がそこにはあった。



「息子たちよ、落ち着きなさい」

「父上、でも私は……」

「そこまで言うのならば、闘技で決めなさい」



 闘技。その言葉に三人は一瞬、顔をこわばらせ、マリアは「父上!」と声を上げていた。アメリには闘技がどんなものか分からず、デーヴィドを見つめる。



「闘技とは、我が国に伝わる儀式だ。兄妹や両親と意見がぶつかり、話し合いでは解決しない時に行う」



 分かりやすく言うのならば、争っている者同士の決闘だ。先に相手を倒したほうが勝者というものだ。昔は殺し合いまで発展していたが、今は決め事がきちんとされており、相手を地に長く押し倒した者が勝者となっている。



「八つ数えるまで押し倒されていた者から脱落していく。相手を死なせることは許されない。ただし、生きているのであれば怪我をさせても問題はない」



 生きてさえいれば何をしてもいいと簡単な内容であるけれど、とても残酷に聞こえた。どんな怪我をしても生きてさえいればいいのだから。


 やるかという父の問いに迷いなく頷いた三人に、アメリは何が何だか分からなかった。

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