第29話:自分の気持ちを伝えて、認められて
ステンドグラスから射す日が王座を照らし出す先にデーヴィドはいた。陽を背にするその姿は勇ましく、鋭く刺すエメラルドの瞳は何をも見通すようで、その前で膝をつく兵士たちとその中心で王と話す者がいた。
「グリフォルン部隊長。その言葉は本当か?」
「はい、王よ。私は部隊長の座を下りようと思います」
深々と頭を下げる彼は魔物討伐部隊の部隊長だ。金色の短い髪に映える欠けた角を持つ男は頬に大きな古傷がある。
グリフォルンは部隊長を下りる、そう王に告げたのだ。後ろに控えていた兵士たちは顔を見合わせながら騒めいている。長きにわたり部隊長として勤めてきたその功績は多く、まだ現役としていられる力もある。それなのに、そう思わずにはいられなかったのだろう。
「何故か、理由を教えてくれるか」
「私は後継者を鍛える指導者になりたいのです。もう随分と長い間、部隊長を務めさせていただきました。そろそろ、次を考える時だとそう思ったのです」
自分はもう長く務めてきた。多くの魔物を倒し、民たちの生活路を守ってきたけれど、老いには敵わない。竜人は他の生き物よりも体力が落ちる速度が遅く寿命も長いが、残りの時間を後継者を育てることに費やすほうがいいとそう判断したのだ。
グリフォルンは静かにけれど強く言う。その想いというのは確かなもので、異を唱えることを許さないほどの迫力があった。
彼の気持ちは確たるものだ、それはその場にいた誰もが感じ取れた。切れ長の青い瞳に迷いというのはなくて、デーヴィドは小さく息をついた。引き止めることは無理だろう、そう悟って。
「分かった。お前の言い分は受け入れよう。しかし、誰を後継者にする?」
「それは……」
「父上」
二人の会話を遮るように声がして、目を遣れば資料を手に持ったシリルがいた。二人の様子に声をかけるべきではなかったかと少しだけ申し訳なさげにしている。
「何だ、シリル」
「頼まれていた資料を持ってきました」
「そうだったな。こちらに」
手招きをされシリルは駆け足で近寄り資料を差し出さした。間違いがないかを確認してデーヴィドはもいいと下がるように告げる。
それが不満だったのか、シリルは眉を寄せたけれど口には出さすに一礼し、その場を去ろうとした時だ。
「私の後継者はシリル様にお願いしたいのです」
グリフォルンの言葉に足を止めてシリルは目を丸くさせる。驚いたのは彼だけではない、デーヴィドも何を言っているのだ口に出していた。
「シリルはまだまだ未熟な子供だ」
「僕はもう子供じゃないっ!」
未熟だ、父から出た言葉にシリルは思わず声を上げた。それは自分自身でも思った以上の声量であったけれど、そんなことなど気にすることはできなかった。
「シリル?」
「……父上から見れば子供かもしれない。でも、僕はもう子供じゃないんだ」
一瞬、言うか迷った。自身の言葉に驚いている父の姿を見て、でも言わなければ、伝えなければと思った。
(アメリも言っていた、言わなきゃ伝わないって)
思わず出た発言だったけれど言うならば今しかない、父がどう想っているのかを知った今しかないのだ。
「兄さんたちよりも頼りないかもしれない。ちょっと自分勝手なところとか、子供っぽいと思わなくもない。バージル兄さんのように難しいことはできないし、テオ兄さんみたいに強くもない。僕は力も中途半端だ、考える仕事だって苦手だ。そんなことは分かってる」
兄たちのように長所があるわけでもない、そんなものは分かっている。それが未熟だと言いたいことだって、それでも自身は子供ではないと言いたい。
「自分自身で足りないものが分からないから未熟って言うなら未熟だよ。でも、自分のことは自分でできる。何が足りないのか、いけないのか。何も言われないのは悲しいよ。これじゃ、まるで信じられていないみたいに感じるんだ」
悲しみを吐くように出された最後の信じられていないという言葉にデーヴィドははっとしたふうにシリルを見た。
自分は彼に何か言ってやっただろうか、見てやっただろうか。息子のことを考えていたはずだというのにそれは行動に表れていただろうか、それはきっと信じていないように感じたかもしれない。それだけ、自身は言葉が少なかったとデーヴィドは気づいたようだ。
「シリルよ、すまなかった」
「父上……」
「父はお前を信用していないわけではない、お前が任せたことをきちんとこなしていることも知っている。けれど、まだ幼い、そう思えたのだ」
子を信じないことはない。裏切られたこともなく、誠実に過ごしてきたのを見てきているのだ。そんな子を疑うことなど一度もなかったが、まだ幼いとそう思っていた。無邪気に悪戯をする姿は子供らしくて。けれど、それは親から見ればまだまだ子供というだけであった。もう竜人の成人として、成長を遂げているというのを忘れていたとデーヴィドは謝罪する。
「しかし、そうだな……お前は自分の想いを父にちゃんと伝えることができる。もうとっくに成人した大人だった」
子供というには失礼だったと父の謝罪にシリルは首を振った、父は悪くないと。もっと早くこうして伝えればよかったのだとそう思って。
「グリフォルン部隊長よ。何故、シリルに任せたいと思ったのだ」
「セーラの森を哨戒させた時のことです。あの時、私は緊急で城に呼び戻されました」
「あぁ、ヨルド山の登山口で魔物らしきものを見かけたという情報だったか」
「はい。その時、セーラの森の東商業道にドンボアーが出たという報告を受けました。その時に指揮したのがシリル様だったのです」
報告を受けたグリフォルンはシリルがどのように指揮を執ったのか少し気になった。どんなものだったのか部下に聞くと、短時間ながら考えたとは思えないものであった。完璧かと問われると、他にも方法はありそれが最適解ではないといった回答になる。
けれど、限られた時間と人員で考えられたものの中ではよくできた作戦で、部下からの評判も悪くなく、指揮に問題があったとは思えない。
「それだけで、シリルに座を渡すと?」
「確かにシリル様はまだ未熟な部分があります。けれど、短時間で状況を理解し、指揮をとれるというのは才能です。彼は伸びます、しっかりと指導すれば立派な部隊長となるでしょう」
私が生涯を持って指導しますと自信を持って言い果つグリフォルンにデーヴィドは鋭い眼を向ける。暫くの間、それは長く感じられるほどに重い。目を離すことのないグリフォルンにデーヴィドは目を細めた。
「シリルよ」
「なんでしょうか」
「お前はどうだ」
お前は魔物討伐部隊の部隊長としてなりたいかと重く問われるそれに一瞬怯みそうになるのを堪え、シリルは答える。
「なりたい。っていうのはおかしいかもしれない。でも、グリフォルン部隊長の言葉を僕は信じる。僕になれるのであれば、僕はなってみせる。そのためならば、努力は惜しまない」
それは強い強い眼をしていてデーヴィドは小さく息を吐く。
「任せよう。グリフォルン部隊長、息子を任せた」
「はっ」
もう子供ではないと、父であり王から認められた瞬間だった。何度も木霊する言葉にシリルはぎゅっと拳を握った、嬉しかった、嬉しかったのだ。




