第28話:悪戯っ子には見えない頼もしさを感じた
王都の裏、平原を行った先に森との境界線のように小川が流れている。澄んだ水が流れている中を気持ちよさそうに魚たちが泳いでいた。小川から遠くを眺めれば、鬱蒼と茂る森の木々たちが見える。空を鳥たちが飛ぶ、森へと還るように。
晴天に目を細めて風に靡く髪を押さえながらアメリは景色を眺めていた。
「たまには散歩もいいでしょ」
「はい! 風が気持ちいです!」
「国から出たことってなかったの?」
「なかったですね」
生まれてから国から一度も出たことがなくて、外の景色など一度も見たことはない。きっとこれを箱入り娘というのだろう。だから、広い平原に立って風を思いっきり感じて、太陽の光を浴びるのは初めてだった。
猫だった時も外には一度も出たことがなく、室内飼いというものだった。外の広さを、厳しさを知らず、窓越しの陽ししか浴びたことはなかった。それでも、幸せだったと自信を持って言えるのだけれど人間に生まれ変わってから外を、風を、陽を感じてみて驚いた。
「わたし、国の外にも出たことなかったので、こんな平原に立つことも初めてで……。凄いですね」
これは人間だから感じることができるのかもしれない。綺麗だと抱く感情、温かさ、風の気持ちよさ、全てが新鮮だった。街で感じる風とは違っていて、外の気持ちよさにアメリの心は湧いていた。楽しくて、嬉しくて、そんな彼女の様子にシリルは自然と笑みを見せる。
小川を添うように歩きながら二人は他愛ない会話をしていると、少し上った先にピンクや赤の花が群生している場所を見つけた。それはグラデーションを作り、風に揺られている。
「綺麗ですね」
「そうだね。たまに花が群生している場所があるんだよ」
「そうなんですか」
「摘んでいく?」
「いえ、せっかく綺麗に咲いてますし、このままにしておきます」
ここで眺めているだけでいいと言って目を輝かせ花を見つめる姿は女性らしい。アメリの姿にシリルはじっと見つめていた、その視線は温かい。
「……アメリはさ」
「なんです?」
「その……兄さんたちに……」
「し、シリル様っ!」
シリルの言葉を遮るように大きい声が響く。
それは竜の姿をした兵士たちだった。森のほうからやってきた彼らはシリルを見つけ驚いたように慌てた様子で人の姿へと戻る。邪魔されたことにむっとするシリルであったがすぐに表情を変えて駆けてくる兵士に何事かと問うていた。
「じ、実は東の商業道のほうにドンボアーが出まして……」
「大物か?」
「はい。どうやらボアの群れが近くに……。哨戒していた魔物討伐部隊は三つに分かれていまして、自分たちは最後を任された隊になります」
兵士はそう言って状況の説明する。最後を任された隊は異常がないことを確認して帰還しようとしていたのだが、その時に東の商業道にドンボアーという猪に似た魔物に遭遇した。
それは大物で竜ほどではないものの巨体だった。群れを形成していたようで、自身たちだけで判断するのはよくないと指揮を仰ぐために急いでいたという。
「しかし、リーダー。部隊長は急用で……」
「それでも、誰かに指示を仰がねばならんだろう」
話を聞いたシリルは一つ頷く。部隊長が留守であることを知ると、兵に隊の人数を確認し、地図を貸せと手を出した。兵士は言われるがままに所持していた地図を渡す。
「東の商業道は此処だね? どこら辺にでた」
「えっと、この辺りになります」
「此処にいるっていうことは、この辺りからきたのか……」
シリルは指しながらボアの移動経路をたどっていくと考えはすぐにまとまったのか、地図を兵士に見せた。
「ドンボアーを叩けば、群れは離散する。ボアの群れをこの位置まで追い払えば、東商業道まで出てくることはない。彼らはボスを倒した相手にむやみに攻撃はしてこないからね」
てきぱきと指示を出していくシリルに兵士は驚きながら地図と彼を交互に見合い、隊のリーダーはじっとそれを聞いていた。
「残り二つの隊をこうやって……」
「なるほど」
シリルには迷いというものが見えなかった。アメリには指示が的確であるのかは分からないけれど、兵士たちの真剣な表情に間違えたものでないのは感じ取れた。
リーダーと呼ばれた兵士は少しだけ考える素振りをみせている、彼の指示通りにするべきかを悩んでいるのだ。城へ帰れば、テオやバージルがいるので彼らにも意見を聞くべきではないか、そう考えるのは無理もない。
「そうだね、僕も一緒に行こう。指示を出す」
「しかし、シリル様は……」
「これでも厳しい訓練は受けているからね、問題ない。それに僕が指示したことだ。僕が責任を取らなきゃ意味がない」
ドンボアーが東商業道を荒らす前に早く討伐するべきだと言うシリルの瞳は強く、周囲の兵士がたじろぐほどの眼光であった。
「わかりました。案内いたします」
「その前に。そこ兵士二人、アメリを宮殿まで送ってくれ。」
「了解致しました!」
びしりと敬礼し、兵士二人はアメリのほうへと近寄ってくるのを見てシリルはごめんよと手を合わせた。
「せっかくの散歩だったのに。僕ちょっと行ってこなきゃいけない」
「だ、大丈夫です! シリル様、怪我しないでくださいね?」
「ありがとう、アメリ」
にこっと笑みを浮かべシリルは竜の姿へと変わり、森のほうへと飛んでいく。彼のことが心配ではあったけれどその背は逞しく見えて、大丈夫そんな気がした。
悪戯をする時のような無邪気さなど感じさせないその姿は別人のようで、アメリは彼の背が見えなくなるまで見送った。




