第27話:シリル様にも悩みはあるのだ
「ほんっと、父上は心配症なんだから!」
むすっとしたふうに文句を垂れながらシリルは廊下を歩く。デーヴィドは上二人の息子には仕事を任せるが、シリルには軽いお使いのようなものしか任せてはいなかった。息子が心配なのは分からなくもないけれど、シリルは成人している身なのでいつまでも過保護にされては困る。そうは言っても相手にされないのならば意味がない。
「僕は信頼されているのだろうか……」
「どうかされたのですか、シリル様?」
はぁと溜息と共に零れた言葉に返事が返ってきて、驚き振り返ってみればアメリが駆け寄ってくる。「浮かない声でしたよ」とアメリに言われてシリルは目を逸らしながら口元に手を当てた。今の言葉を聞かれたかもしれない、そう思って。
「僕が何を言ったか覚えているかい?」
「いえ、だろうかぐらいのところしか聞き取れませんでしたけど……。声がいつもより元気がなかったので、何かあったのかなって……」
シリルが何を言ったのかまでは聞き取れていなかったらしいことに少しだけ安堵するも、アメリは心配げに見つめてきている。
「……別に何かって程ではないけどさ。ちょっとね」
「言いづらいことでしたら、無理には言わなくても……。でも、愚痴ぐらいは吐いていいとおもいますよ」
溜め込むのは身体によくないですしというアメリのアドバイスに確かにとシリルは頷く。兄たちを見ていると我慢のし過ぎはよくないというのを感じる。
「じゃあ、僕の愚痴に付き合ってよ、アメリ」
「え? は、はい」
一瞬、驚いたふうに瞬きし返事を返したアメリの腕をシリルは引っ張った。
*
この時期見頃の花を手入れしているメイドの脇を通り、中庭のテラスへと腰を下ろしたシリルは頬杖をついた。
「父上がさー、僕には仕事を任せてくれないんだよ」
「デーヴィド様ですか……」
シリルに「もう成人しているんだよ?」と口を尖らせながら言われてアメリはふむと相槌をうつ。彼の不満は父にあるのを察したようで黙って話を聞く。
そんな様子にシリルはどんどんと愚痴を吐いていく。外交には行かせてもらえない、騎士団の指揮も取らせてもらえなくて小さなお使いを任されるだけ。子供扱いされるが自身は竜人でいう成人で、心配されてるほどの無茶はしないし、悪さもしない。
「何が不満だっていうんだよ。僕だって頑張ってるのにさ」
任されたことは小さいものでも手抜きをせずに取り組んだし、文句だって言わなかった。やれることはやっていたというのに、これではまるで。
「信用されてないみたいじゃないか……」
信頼されていないように感じてしまう。自分は確かに少々悪戯がすぎることはあるけれど、仕事でやったことは一度もない。私情を持ち込むことなどしないというのに信じられていないようなものだ。吐き出される言葉は寂しげなもので、怒りよりも悲しみのほうが強かった。
アメリは黙って聞いていた、相槌を打ちながら考えているように。それに気づいたのかシリルは話を止める。
「どうしたのさ」
「いえ、シリル様はデーヴィド様に伝えましたか?」
「何を?」
「今、思っていることです」
今、吐き出した想いを伝えましたかとアメリに問われてシリルは首を傾げた。どうして任せてくれないんだと言ったことは何度もある、当然のことだと返されてアメリは「そうじゃないですよ」と伝える。
「そうじゃなくて、自身の想いです」
アメリはそうじゃないと首を振った。子供扱いしないでほしい、無茶はしないし、自分の何処が理由で任せてくれないのか、これでは信用されていないように感じると思った全てを父に伝えたかのかと。
シリルは思い出す。アメリの言うように想いを父に伝えたことはなかったのではないだろうか。どうして、何故と問いかけることはあれど、父の答えに反論したことがなかった。父の瞳は強くて跳ね返されてしまうから。
「言わないと伝わらないことってあります」
「そう、かもしれないけれど……父は強いんだよ」
「それは……分からなくもないですけど……。でも、想いを伝えるというのは大事だと思うんですよ」
言葉にしなければ伝わないこともある。もちろん、行動も着いてくるものだからどちらか一つだけでは信用されない。話を聞くにシリルは行動に問題はないように感じた。任されたことは小さくとも手を抜かずにやっているのは王も見てはいるはずだ。あとは自身の意思なのではないかとアメリはそう思った。自分自身の強い想いというのが必要なのではないかと。
「怖いかもしれませんけど、想いを伝えてみてください。それでもだめなら……えっと、また一緒に考えましょう!」
バージルやテオに相談してみるのもいいかもしれないと提案するアメリにシリルはくすりと笑った。
「アメリはおかしいねー。僕の愚痴に付き合うだけじゃなくてさ、考えてくれていたなんて」
「え、えと……何か力になれたらなぁって……。余計なお節介だったでしょうか?」
「そんなことないよ、ありがとう。言われてみれば、ちゃんと想いを伝えたことってなかったからさー。頑張ってみるよ」
にこっと笑みを見せるシリルにアメリは安心した、彼には元気な表情がよく似合っている。
つられるように微笑めばシリルがじっと見つめ返された。なんだろうかと小首を傾げていると指をさされたので、その方向に目を向けた途端にぽんっと小さな煙がたち蛙が飛び出し顔に張り付いた。
「ふにゃぁあっ!」
「ぷふふふ、引っかかったー」
シリルがくすくす笑う。アメリはうーっと呻りながら顔に張り付いた蛙を取った。じとりと見遣ればテーブルをばんばんと叩いてまだ笑っている姿が映る。
「シリルさーまー!」
「いやー、君ってほんと反応面白いよね。なんか、猫みたい」
猫みたい、その言葉にぎくりと肩を跳ねさせる。自分が元猫であるためあながち間違ってはいなかった。
(き、気を付けてるんだけど……)
気が抜けた時や驚かされた時というのはどうしても猫っぽくなってしまうらしく、これには笑って誤魔化すしかない。
「そういえば、バージル兄さんと城下歩いたんだよね?」
「えと、はい。息抜きにってことらしく……」
「兄さんたちはいいよねー。じゃあ、僕と散歩でもしない?」
「散歩ですか?」
ちょっと王都の裏を散歩するだけさとシリルはいいだろうと問うてくる。王都の裏は確か森に近いはずだなと何となく覚えていたアメリは大丈夫なのだろうかとシリルを見遣るとその心配を察してか、森には近寄らないと返された。
「今は丁度、魔物討伐部隊の哨戒期間中だからね」
王都の近くには広大な森、セーラがある。その森は魔物が多く住んでいるので人間だけでなく、竜人であっても迂闊に立ち入ることがない。魔物討伐部隊は魔物が商業道などに近寄らないように哨戒している。流石に魔物を全て駆逐するのは不可能なため、彼らが王都に近寄らないよう一定の範囲を領土として見回っているのだ。定期的に行わなければ稀に平原に出て来たり、商業道で鉢合わせてしまう可能性がある。
「彼らに任せておけば大丈夫さ。でも、部隊長がそろそろ引退するかもしれないんだよねぇ」
「魔物討伐部隊のですか?」
「そう。この国だと騎士団の次に魔物討伐部隊は凄い存在なんだ。彼らのおかげで魔物の被害が少ないからね。そんな魔物討伐部隊の部隊長の次を任せられる存在なんてそういないだろうね」
生半可な存在では部下からの信頼は得られないのは目に見えていた。それほどに今の部隊長は強くて力があるから、後を継げる存在を探すのは大変だろうとシリルは頬杖をついた。
「シリル様では駄目なのですか?」
「僕かい? どうだろうね。騎士団の次期団長はテオ兄さんだろうし。僕が部隊長ねぇ……」
考えたことなかったなとシリルはぽつりと呟く。
騎士団と魔物討伐部隊は別の組織だ。騎士団は国のために、魔物討伐部隊は魔物を駆逐するために存在している。両者はこの国における重大な存在であり、部隊長や騎士団長に選ばれるというのは名誉なことだ。
そんな存在になれるのだろうか、自身は。兵士たちの支持があるかは分からない、力が強いのかと問われれば多少の自信があったけれど、それだけでは成り立たないことぐらい知っている。
「……任せてもらえるならば、僕はやるよ」
もし、任せてもらえるのならばその信頼に応えたい、たった一言に強さが想いが籠められていた。
「っまぁ、もしもだしねぇ。で、散歩いく?」
「あ、はい!」
アメリの返事にシリルは嬉しそうに目尻を下げた。悩んでいる姿よりも楽しそうな表情のほうが似合っている、アメリは彼の表情にそう思った。




