第26話:やっぱり彼女は優しい
「アメリよ」
「で、デーヴィド様っ!」
突然のことにアメリは飛びあがりそうになる。湯浴みを終えて自室へと戻る最中、デーヴィドに呼び止められたのだ。あまり王から話しかけられることなどなかったので緊張してしまうアメリのそんな様子に気ついてか、「そう固くなるな」とデーヴィドに言われてしまう。
「何、別に大したことではない」
「は、はぁ……」
「日暮れ時は息子たちが申し訳なかった」
「い、いえ! 大丈夫です!」
ぶんぶんと手を振りながらアメリは大丈夫だともう一度言う。まさか、王から謝られるとは思っていなかったので驚きすぎて心臓が痛い。その様子に気づいてか、デーヴィドはアメリを暫く見つめて小さく息をついた。
「王と会えば緊張するのも無理はないか……。アメリよ、私の質問に答えてくれぬか?」
「なんでしょうか?」
「息子たちをどう思っている?」
問われた意味が分からず首を傾げるけれど、デーヴィドの瞳は真剣なもので。アメリはこれはしっかり答えなければならないとそう感じた。
「えっと、凄く良い方たちだと思います」
竜人に恐怖を持っていたけれど彼らは違っていた。優しくて、話せばちゃんと分かってくれる。もちろん、時に怒り叱ることもあるけれど横暴な態度をとることはなくて、兄妹の仲の良さも伝わってきて、悪い竜人ではないと感じていた。
過ごしてきて感じたことをそのままにアメリが答えれば、デーヴィドはふむと頷く。
「そうか、それならばいい」
「あ、あの!」
それだけを聞きいて去ろうとするデーヴィドをアメリは呼び止めると彼は足を止めて振り返った。アメリが言葉を探すようにそわそわしている様子をデーヴィドは黙って見つめる。少しの間だったが、それが長く感じた。
「あの……バージル様、プレッシャーを感じているようでして……。ちゃんと休めているのか心配で……」
次期王だからと気を張って周囲からのプレッシャーを背負っている彼を見てあげてほしいというアメリの言葉にデーヴィドは目を細める。バージルは弱音を吐くのが苦手な子だというのを父であるデーヴィドは知らないわけがない。なるほどとデーヴィドは「そうだったか」と返す。
「気にかけておこう」
そう返事をして歩いていく王の背をを見送りながらアメリはふはっと小さく息を吐く。余計なおせっかいかもしれないけれどこれは伝えておきたかった、バージルの寂しげな表情を思い出すと放っておけなくて。
「少しでも重荷が減るといいな」
呟かれた言葉は静まる廊下に消えていった。
*
「父上、明日の予定ですが……」
予定が変更になったことを受けてバージルは父の私室を訪れていた。夜更けに変更となったので何かあったのではにかと心配している息子にデーヴィドは言う。
「バージルよ、無理をする必要はない」
「と、いいますと」
「ここ最近だ。お前は何かと仕事を請け負い過ぎだ。確かにお前は次期王になるけれど、それはまだまだ先の事だ。私はまだ身を引くつもりはない」
「しかし、経験は積まないと……」
「急いで積んだ経験が役に立つというのか?」
慌てて積んだものが崩れることなどよくあることで、身につかなければ意味はなく、活用できないのならば尚のこと。静かに冷静に指摘するデーヴィドにバージルは返そうとするも、上手く言葉が出てこない。父の言っていることが分からなくはないからだ。
無理をして、急いでいる意識は少なからずあった。けれど、父のような王になるには早くから経験を積んだ方がいい、そう考えたから。でも、それはお見通しのようでそんなことで身につくわけがないだろうと叱られてしまった。
「ゆっくりと確実に経験を積みなさい。慌てる必要はない、次期王だからと何でも背負い込むな。お前は一人ではないだろう。私が、テオたちがいる」
「父上……」
「己一人では王にはなれん。家族の、周囲の助けあってこそだ。それを忘れてはならん。いつでも頼りなさい」
優しい優しい声にふっと重たかったものが落ちるような感覚にバージルは胸に手を当てた。軽くなった、それほどに抱え込んでしまっていたのかと自覚する。
「父上、有難うございます」
「礼を言うならば、アメリにいいなさい。あの人間が私に言ったのだからな」
「アメリが……」
心配していたぞという父の言葉に目を伏せる、彼女がわざわざ言ってくれたその想いを感じて。
アメリは優しい、きっと話を聞いて何かできないだろうか考えていたのだろう。デーヴィドと話す機会があった時に伝えてくれたその温かさがバージルは嬉しかった。
「バージルよ」
「はい、父上」
「弟たちと喧嘩をするのは悪くはない。が、周囲を巻き込むのはやめなさい」
夕刻の出来事を言っているのかデーヴィドは笑みをみせていた。それがなんだが自身の考えを見透かされているようで、バージルは恥ずかしくなる。それでも何も言わなければ、その頑固さは誰に似たんだと溜息をつかれてしまった。
「母さんだな、サリィラは頑固だった。まぁいい。何かあれば父に言いなさい」
「分かりました、父上。では、夜分に失礼しました」
バージルは一礼して部屋を出ていくと扉を背に小さく息を吐いた。淡い月の光が窓から射して薄暗い廊下を照らす、夜も更けているからか人気もなく静かだ。
「……やっぱり、アメリは優しいよ」
胸に抱く感情が解けるように囁かれた。




