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第25話:わからないことが悲しかった

 陽がゆっくり傾きはじめて、宮殿へと戻る二人の影が地面に映る。時間というのはあっという間でもう日が暮れてきていた。馬車からおりて夕焼け空を眺めていたアメリはじっと見つめてくる視線に気づいて振り向く。その視線は隣を歩くバージルのもので優しげに目を細められていた。



「どうしました?」

「いや……君はころころ表情を変えるなと思ってね」



 笑ったり、驚いたり、こわばったりところころと表情を変える。今も楽しそうにしているとバージルに言われてアメリは頬に手を当てる。そこまで分かりやすいのだろうか、少しばかり照れてしまった。



「きっとそういうところが好きなんだろうね」

「えっと?」

「マリアとかね。……君を見ているとなんだか落ち着くんだ」



 竜人しかいない宮殿に人間が一人、不安も恐怖もあるだろうに自分たちを受け入れてくれている。話を聞いてくれて、笑みを見せてくれることがなんだか落ち着くのだとバージルが「こう感じるのはおかしいかい」と寂しげに問うのでアメリは首を左右に振った。思うこと、感じることはおかしいことではないと。


 思ったままを答えたアメリにバージルはよかったと安心したように微笑んだ。



「人間と竜人の感性は違うだろうから、おかしかったらどうしようかと思ったよ」

「大丈夫です! おかしくはないですから!」

「それならいいんだ」



 儚げに笑む彼にアメリは不思議に思う。どうしてそんなふうに笑うのだろうか、何かあるのか問おうとする言葉は別の声に遮られてしまった。



「アメリー!」

「マリア様!」



 どんっとアメリに抱き着いてマリアは頬を膨らませる。



「ずるいわ! バージルお兄様とは城下町に行けて、ワタクシとは駄目なんて!」

「アメリは悪くないよ、マリア。テオが心配症なだけさ」

「ワタクシじゃ不安なの!」

「テオはね。いくら護衛がいようともやはり心配なんだよ」



 むーっとマリアは眉を寄せて膨らんだ頬のまま後ろを振り返るとそこには不満げなテオが立っていた。彼女の表情を見ても顔色を変える様子はないその視線はアメリに向けられている。


 何かしてしまっただろうかとアメリは感じる視線に身じろぐ。暫くそうしていたテオだがマリアに文句を言われて渋々といったふうに歩いてきた。



「お前は何するか分からねぇだろうが」

「ひどいわ、ひどいわ! 私だって何もしないわよ!」

「アメリ、何もなかったか?」

「え、えっと、何もありませんよ?」



 マリアの文句など無視するテオにアメリは扱いに慣れているのだなと思いながら答える。何もなかったというのを聞いて安心したように目じりを一瞬さげて、彼はバージルのほうを見た。


 バージルの瞳が少しばかりきつくなって、黙ったまま見つめ合う二人にアメリは不穏な空気を察する。


(あれ? 何かおかしい?)


 どうしたこの空気とアメリは内心、動揺していた。ちらりとマリアを見てみると彼女は二人の様子にほうほうと頷いているので何かを察したらしい。


(なんなのー!)


 自分だけ分かっていない状況に焦るアメリのことなど気づかぬ二人はやっと会話をした。



「何もしてないんだな」

「していないよ。そもそも、お前の許可は要らないだろう」

「こいつは……」


「彼女は物ではない。奴隷でもないのだから、所有物という扱いはおかしいよ。マリアも言っていただろう」



 冷静に言うバージルにテオは言い返そうとするも言葉が出てこない。アメリが物でないことも、奴隷という扱いでないことも本当のことだからだ。それでも、自身のものであるというのは変えたくはないようで眉間に皺を寄せながら睨んでいる。



「そんな顔をされても変わらないだろう? アメリはアメリだ。彼女を束縛するのはよくないし、物のような扱いはよくない。そうだろう、マリア?」


「えぇ、その通りよ! アメリは物じゃないもの!」

「わ、わたしは気にしてないので……」

「ダメよ、アメリ! アナタはアナタなのよ? それを否定してはダメ」



 人間と竜人、そんなものは関係なくて物として扱うのは失礼なことで、自分自身というのを捨てるのはもっといけないことだと言うマリアの真剣な瞳にアメリは頷くしかない。物という扱いでいいということは自分の意思を捨てているようなもので、彼女はそんなふうにそう思ってほしくはないのだろう。


 彼らに奴隷のような扱いを受けたことはない。居候のような、そんな感じだ。手酷くされたことなどは一度もないのだから。そんなふうにしては相手にも失礼だとアメリは気づいて反省する。



「いい機会だ。お前も所有物という扱いをするのをやめるべきだ」

「先に言ったのは俺だぞ!」

「一番とかそんなものは関係ない。彼女をそうやって束縛するのはよくないことだ」



 ずんっと重くなる雰囲気を肌に感じてアメリは二人を交互に見合う。睨みつけるテオに、冷たくさす瞳を向けるバージルの両者は引かない。自然とその間に挟まれてしまってアメリは身動きができなくなった。


(待って、待って! これってどういう状況!)


 内心、かなり焦るっているが表情には出さない、反応を見られて何を言われるか分からないからだ。二人は黙ったままでさらに重くなる空気に息が詰まりそうになる。それでも口を出せばさらに場が乱れそうな気がして言葉を発することはできなかった。



「何、兄さんたち睨み合ってるのさ?」

「あ、シリルお兄様にお父様!」



 デーヴィドとシリルが二人の様子を不思議そうに見ていた。マリアは父に抱き着ついて今あったことを話すと、 娘の話にふむと頷いてデーヴィドは二人の息子を咎めるように言う。



「バージル、テオ。アメリが困っているだろう。やめなさい」

「父上……」

「テオよ。マリアたちの言い分も分からなくはない」



 我ら竜人は人間よりも長けた種族だ。彼らを下に見ている節がないわけではないが、物として卑下する存在ではない。意思はあり、同じように生きていると諭すように話すデーヴィトにテオは言葉を返さない。そんなことは分かっているのだと言いたげな瞳を向けるだけだ。



「そこまで自分の物として束縛する理由があるのか、テオよ」

「そ、それは……」

「束縛し、無理に自分のモノにしても、長くは続かぬ」



 眉を寄せる息子の様子に溜息を一つつく。この頑固さは誰に似たのだろうか、そんなことを思っているかのように。



「ならば、こうしよう。アメリよ」

「は、はい!」


「お前は今日からマリアだけでなく、他の子たちの友人としても扱う。誰の物でもない息子の娘の友人だ。よって、今日から誰かが所有物として主張して扱うのを禁ずる」



 父から出た言葉にテオも、バージルたちも驚いて、マリアは目を輝かせながらやったわと飛びあがった。彼女が喜んでいるのは父親に子供たちの友人という位置づけにしてもらったことで、アメリの死亡エンドをさらに遠ざけることができたからというのもあるのだろう。アメリも王からそう言われたのならば、そうせざるおないし、友人として認められたということで少しでも生存できる可能性が見えてきていた。


 喜ぶマリアを他所にデーヴィドは「これならば問題ないだろう」と言った。



「誰の所有物でもないのだから喧嘩することもない、そうだろう?」

「で、でも父上」


「テオ、これに拒否権はない。誰かのものとして扱うからこうやって言い争うのだ。ならば、誰の物でもなければいい。この喧嘩で一番の被害を受けているのは誰だ? アメリではないのか?」



 間に挟まれてどちらに声をかけていいのか分からない状態、自分はは何もしていないが言い争われていることへの居心地の悪さ。被害を受けているといえばそうではあるのでアメリは「そうですね」と返すしかない。


 それに反応してか、バージルが申し訳なさそうに目を細めた。



「すまない、アメリ」

「い、いえ! わたしは大丈夫ですよ、バージル様!」



 手をぶんぶん振りながらアメリは答えるもバージルはすまないと謝る。何とも言えない居心地の悪さは味わっていたのは事実であるが、謝られるほど嫌な思いをしたわけではない。二人が落ち着いたのならそれでいいと素直にそう伝えればバージルとテオは目を合わせる。


 どことなく微妙な雰囲気ではあるがこれ以上は何かを言うつもりはないようだ。



「……ふん」



 小さく吐かれた息は何処か不満げで、テオはアメリを一瞥すると宮殿のほうへと歩いていってしまった。マリアから「お兄様も謝りなさい」と叱られているも、聞く耳を持たずに振り返ることすらせずに行ってしまう。



「何よー、もう!」



 ぷくーっと頬を膨らませてマリアは怒ったように腰に手を当てるそんな娘にデーヴィドは「あれは暫く不貞腐れている」と言って頭を撫でてた。



「放っておけばいい。暫くすれば元に戻るさ」

「もうー、お兄様ってほんと頑固なんだからー」



 父にそう言われマリアは諦めたようで、シリルもあれまぁといったふうに遠のく背を眺めている。


 去り行く背を見送りながらアメリは眉尻を下げた。場が一応は落ち着いたが兄弟間は溝ができたきがしなくもなくて、それは自分が原因なのではとそれがどうも胸に引っかかっていた。


(よく分からないや……)


 分からないことがなんだか少し悲しかった。

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