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第24話:視察というのに付き添ってみる

 バージルは時間が空くとアメリをお茶に誘うようになった。そんなある日、彼が迎えに来たので出迎えると服装がいつものよりも大人しくなっていることに気づく。今日は雰囲気が違うなとアメリが彼を観察していると、「ちょっといいかい?」と問われた。



「今大丈夫ですけど……」

「なら、私に付き合ってくれないだろうか」

「えっと、何処にでしょうか?」

「少し、城下を歩こうかと思ってね」



 城下と聞き、アメリは固まる。城下ということはつまり外に出るということで、自分は外出許可をもらってはいない。アメリがそう思っていれば、バージルは大丈夫だと笑む。



「テオのことは気にしなくていい」

「でも、所有物という扱いですし」

「そもそも君は物ではない。所有物という言い方はよくないよ」



 黙って連れていくわけではなく、テオたちも知ってのことだとバージルは話す。もちろん、嫌ならば無理して連れていくことはしないと言われてアメリは考える。



(どうなんだろうか……でも、バージル様の誘いだし、断るのも……)


 テオ様に許可をもらっているようだし、大丈夫かと暫く考えたのちにアメリはその申し出を受けることにした。


          *


 馬車に少し揺られれば城下町へと着く。レンガ調の建物が立ち並び、広場には綺麗な花を咲かせた木々が植えられている。そんな町中を額に二本の角を生やした人間と変わらぬ姿をした竜人たちが歩いていて、広場を抜ければ市場は人で溢れかえり活気づいていた。


 他国の城下を見るのが初めてなアメリは物珍しげにその様子を眺めていた。他の国も城下の市場となると人が多くて騒がしいのか、売っている物も見たことがないものがあったりと見ていて面白い。



「すごいですね!」

「エムロードの城下はいつもこうだよ」



 深くローブのフードを被るバージルはそう言ってアメリの手を握る、迷子にならないためだと彼は言っていた。こうも人が多いとなるとはぐれてしまう可能性があるからだ。はぐれてしまっては大変なのでアメリは彼の傍から離れないようにローブも掴んでいた。


 バージルは口から上が見えないようにフードを深く被っている。それは自身の瞳を見られないためだ。エメラルドの瞳を持つ者は王を継ぐ存在、すぐに王家の者であることが知られてしまう。それを避けるための特注のローブらしく、深くフードを被っていても前が見えるようになっていた。



「そういえば、城下には何か用があったのでは?」

「いや。たまにこうして忍んで町を確認しているんだよ」

「忍んで?」



 民がどのように生活をしているのか、何か不満はないか、悪事が広まっていないかというのを見にひっそりと町に出るのだという。



「父はこういうのはできないからね。だから、代わりに私がやっているんだ」

「そうだったのですか」


「城下の視察を終えたら、父に報告するんだ。君を連れてきたのは息抜きになるんじゃないかなと思ったのさ」



 ずっと宮殿の中では窮屈だろうとバージルなりに息抜きを考えてくれていたようだ。その気持ちは嬉しかったのでアメリは思わず頬を緩ませる。


 市場は賑やかで、客引きの声があちこちからしている。良い果実が入った、鮮度の良い魚があるとそんな言葉を耳にしながら歩いていく。周囲を眺めながら観察していると人間もちらほらと見かけた。


(テオ様が言っていた通り、城下にはいなくもないんだなぁ……人間)


 人間と竜人の見分け方は簡単だ、額に角が生えているかいないかである。二本の角が生えていれば、竜人なので見間違うことはない。市場にあふれる人は殆どが角を生やしているからなのか、人間というのはすぐに見つけられる。


 たまに視線を感じるのも人間だからだろうかとそう思いながら歩いていれば、どんっと誰かがぶつかってきた。



「いてっ……」

「あ、だ、大丈夫ですか?」



 幼い男の子がぶつかってきたようだ。勢いよくアメリに当たったのか、すてんと転んでいて打ち付けた腰を擦りながら立ち上がろうとしていた。男の子を支えるようにアメリが手を貸すと、彼は少しばかり頬を赤らめた。大丈夫かという返事にはただ頷くだけだ。


 バージルが周囲を見渡してみるも男の子の両親らしい人物は見当たらず、どうやら一人のようだ。



「幼子一人でどうしてここにいるんだい?」

「そ、それは……」



 優しく問いかけるバージルに男の子は口ごもる。目を合わせない姿に彼の装いに少し不信感を持っているようだった。



「大丈夫、怪しくないよ! どうしたの?」

「……お母さんにくだものを食べてほしかったから」

「お母さん?」

「うん。お母さん、お風邪ひいてるの」



 男の子は話す。母が風邪をこじらせていること、元気づけたくて好きな果物を買おうとしたこと。お金はあった、でもまだ幼いからと買わせてもらえなかったのだと言う彼の様子はしょんぼりとしたふうに俯いていた。


 お金があるのにどうして買えないのだろうかとアメリが首を傾げれば、バージルが「まだ幼いというのが引っかかったのだろう」と説明してくれた。


 幼子に商品を売ったとして、その親が売りつけてきたと文句をつけてくる可能性がある。少しでも高いものならば、そんな高価なものを子供に売るなんてと苦情を言われるかもしれないことを考えると店側もそれは避けたい。


 それにしたって訳を聞くことぐらいしてもいいのではないかと思わなくもなかった、母のことを想って頑張って買いにきたというのにだ。うむーとアメリは眉を寄せる。男の子は俯きながらしょぼしょぼとしていた。それがなんだか放っておけなくて、うんと小さく頷き彼と目を合わせるようにしゃがみ込む。



「お姉さんが代わりに買ってきてあげる。どんな果物なの?」

「え、いいの?」

「いいよ。お母さんを元気づけたいんだもんね」



 アメリの申し出に男の子はぱっと表情を明るくさせた。バージルは心配げに大丈夫か聞いてくるが、果物を買うぐらいならば簡単なことだ。前世は猫だが、記憶が戻るまでは普通に城下町で買い物をしていたのだから商品の買い方は覚えている。


 アメリは男の子と共に近くの店を訪れた。彼の指さす果実、真っ赤に熟れた林檎は艶があり美味しそうだ。



「すみません」

「はーい、なんだい? 買い物かい? ならこれとかどうだい?」

「いえ、この美味しそうな林檎を一つください」



 恰幅の良い店主の女性はその言葉ににこやかに笑みをつくる。そうだろう、美味しそうだろうと自慢げだ。



「よくわかったねぇ、これは採れたてなんだよ。蜜がしっかり入ってるから甘くて美味しいのは間違いないさ。なかなか手にできないよ」


「なるほど。どうりで甘い香りがするのですね。店主さんの目利きが良いから手に入れられたものなのでしょう。とても美味しそう、ますます欲しくなりました」


「なんだい。褒めても何も出ないよ?」


「いえいえ、本当に思ったのです。これなら風邪をこじらせた母を元気にできそうです。一ついただけますか?」


「おや、そういうことかい。それならこの林檎はぴったりだよ」



 気をよくしたのか、店主はにこにこしながら林檎を紙袋に入れる。一つ、二つ。そうやってはいと差し出した。



「一つはおまけだよ。お母さん元気になるといいね」

「ありがとうございます。お代はこれで足りますか?」

「足りる足りる。また来ておくれ」



 お代を渡して紙袋を受け取り男の子と店を離れる。その様子を眺めていたバージルは驚いたようにアメリを見つめていた。


 店から少し離れたところでアメリは紙袋を男の子に差し出すと、彼は袋の中身と彼女の顔を交互に見遣っている。



「くだもの、一個多いよ?」

「店主のお姉さんがおまけしてくれたんだよ」

「いいのかな? ぼく貰っても……」

「いいよ。お母さんを元気づけてあげて」



 そう言って微笑めば男の子は頬を赤らめながら頷く、これで少しでもお母さんが元気になるといいなと嬉しそうに。



「ありがとう、お姉ちゃん」



 元気よく手を振って男の子は礼を言って走っていってしまった。早くお母さんに食べてもらいたい、そんな気持ちが伝わってくる。その背を見送ってからアメリはつき合わせてしまったとバージルにすみませんと謝る。彼は驚きはしたようだが気にはしていないようだった。



「謝らなくていいよ。私も放ってはおけなかったから。しかし、おまけを貰えるとはね」

「店主さんにもよりますが、自身の腕を褒められて悪い気をする人はいないのですよ」



 褒められて嫌な気をするというのはそうおらず、露骨な褒め方は良くないがそうでなければ素直に受け止めてくれるのだとアメリは話す。



「相手を褒めて、気前をよくすると貰える確率は上がります。今回は母を元気つげたいという言葉もあったので上手くいきました」


「やけに詳しいね」

「ま、まぁ……」



(言えない……。猫時代にご主人からおやつを貰うために、ご主人が喜ぶような行動をしたりしていたからとか、言えない)


 主人が喜ぶことを褒めるに変換しただけだったアメリの心情など知らず、バージルは感心していた。



「こういう場で買い物はあまりしないからその発想はなかったな……」

「嘘は良くないですけどね。あの林檎は本当に美味しそうだったのでそう言ったのです。でもよかった。これであの子のお母さん、元気になるといいな」



 にこっと笑みをみせてアメリは言った。それは本心からで、無垢な表情にバージルは目が離せない。男の子が嘘をついているかもしれないという疑いを微塵もしないその純真さが眩しかったように。

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