第23話:王を継ぐというのは大変なことなのだ
柔らかな日差しにぼんやりと一人、ベッドに寝そべる。窓辺に留まる小鳥が今日も話し相手になってくれていた。城下町のことを彼らは教えてくれたり、仲間のことを話したりとそうして、お茶の時間まで過ごす。これがアメリの一日だ。
朝の用事が終われば、あとは部屋で待機だ。ただ、最近は部屋にずっといては息が詰まるだろうからと中庭に出ることは許可されていた。それでも、この部屋でのんびりと過ごすことは止められない。
窓辺から射しこむ日差しは温かく、ベッドで丸くなると心地よい。小鳥たちと会話をするのは楽しいのでこの暇のように思える時間というのは好きだった。猫と小鳥ならば捕食者と獲物の関係であるが、人間の姿ではそうではない。こうして近くで話をできるというのは経験できないことだ。
今日もそうやってごろごろと過ごしていれば扉をノックされた。誰だろうか、またマリアが迎えに来たのだろうかとアメリはベッドから起き上がった。
「あぁ、いたかい」
「え、バージル様?」
扉の外にはバージルが立っていた。アメリがいたことに安心したふうに息をつくと、「今は大丈夫かい?」と彼は問う。ただ、ごろごろとしていただけなので頷くと彼は微笑んだ。
「どうだろう。私とお茶をしてくれないかな?」
「えと……はい」
その申し出に少しだけ驚いたけれど、特に用事があるわけでもなかったのでアメリは受けることにした。
*
中庭では召使いが花の手入れをしていた。そんな彼らを気にも留めず、小鳥がテラスで羽根を休めている。ちゅんちゅんと鳴きながら仲間とおしゃべりをしているのを眺めながめて、バージルは「この子たちは何か話しているのだろうか」とアメリを見遣る。
鳥たちは他愛のない会話をしていたので内容を通訳すれば、彼はそんなことを思っているのかと小鳥たちへ目を向ける。その瞳は優しげでけれど少し寂しげだった。
「あの、どうかされたのですか?」
彼が気を抜くたびに寂しげなものだからアメリは気になってしまった。
「何がだい?」
「いえ、その……何かあったのかなぁと……」
寂しげだったのでとアメリが感じたままを伝えれば、バージルは少し驚いたように目を瞬かせて「分かるかい」と苦笑される。
「羨ましく思えたんだ、この鳥たちが」
バージルはエメラルドの瞳を細めた。
自身は王を継承する存在で、そのための教育を受けて育ってきた。厳しく叩き込まれて苦しい思いをしたこともあるけれど、父の後を継ぐことは構わなかった。自分が選ばれたことを恨んだりしたことはないし、この瞳を持って生まれたくなかったなど思ったことはもない。
「代々、王を継承する者はエメラルドの瞳を持って生まれる。だから、私が選ばれた。その血を恨んだことはないけど、たまに思うんだ。王位など気にせず自由に過ごせたらなと」
仕事の量も弟たちよりも多く、父だけでなく周囲からのプレッシャーというものは受けている。期待される瞳、信頼される想いを受けながら毎日を過ごしていくのは慣れたとはいえ疲れるものだ。
そんなものを気にせず自由に過ごしてみたいと思わなくない。どれだけ楽なのだろうか、何も考えなくていいというのは。気楽で、楽しくて、軽い気持ちになれるのか。そんなことはできないことであるのは分かっているけれど少しばかり羨ましく思う。
バージルの話を聞いてアメリは王を継ぐというのも大変なのだなと感じとった。思っている以上にプレッシャーというのは辛いもので、自分には分からないけれど吐かれる言葉に重みを知れた。
どう声をかければいいのだろうか、アメリは考えるも言葉が見つからない。同じような立場であれば何か伝えることができたのかもしれないがそれもできない。
エルヴィスの妃になる予定であったが、彼は仕事の話など一切話すことはなかった。お前には関係ないと関わることを許さなかったため、何も知らない。少しだけでも王族に嫁ぐらしいことをできていれば答えられたかもしれない。
何かできないだろうかと考えて、そうだと思いついたように言う。
「あの、息抜きをするのは悪くないと思います。お茶をするとか、町に出るとか。それぐらいしても良いと思うのです」
ずっとプレッシャーに縛られる必要はない、時には落ち着いて身体を休めるのも大事なことだ。少しぐらい休んだとしても怒られたりはしないだろうし、このまま無理をして身体を壊すようなことがあればそれこそ大変なのだ。アメリの言葉にバージルはきょとんとした表情をみせた。
「えっと、その、たまには休みましょう!」
「私を心配してくれているのかい?」
「そうですよ? あと、マリア様やテオ様も心配していました。だから、無理をしないでください。わたしで良ければ、その、お話聞きますので」
聞くしかできないですがとアメリはえへへと笑う。自身がアドバイスできることなどないだろうけれど、愚痴を聞いたりはできると思ったのだ。バージルはそんな彼女から目が離せない。
「……君は私に付き合ってくれるのかい?」
「はい、わたしなんかでよければ」
「そうか。……じゃあ、頼もうかな」
沈んでいた心が浮上するようにバージルは表情を明るくさせる。影の落ちていたとは思えない様子にアメリは綺麗だなと思った。
(やっぱり、かっこいいは反則だ。でも、バージル様に一番似合っている表情だ)
彼に暗い顔ではなく、明るいその表情がよく似合っていた。
「マリア様を心配させては駄目ですよ」
「そうだね。マリアを悲しませたくはないな」
「そういえば、皆さま、マリア様に弱いですよね?」
「あぁ……亡くなった母親によく似ているんだ、マリアは」
母親は突然の発作を起こしてそのまま帰らぬ人となってしまった。最後を看取れたのはマリアだけで、父もバージルたちも急いで駆け付けたが間に合わなかったのだという。
そんな母にマリアはよく似ていた。成長するにつれてどんどんと似てきて面影を重ねてしまうらしい。どうやらマリアの言っていたことは本当らしい。
そういえばとシリルの言っていた言葉を思い出した。親の最後を看取りたい気持ちは分からなくはない、それは自身の母の最期を看取れなかったから出た言葉だったのかもしれない。
「母には敵わなかったからね、みんな。もちろん、マリアはマリアだっていうのは分かっているよ。彼女は母ではない。でも、面影を重ねてしまうことがたまにあるんだ」
母によく似ているのもあるけれど、妹の元気で明るいところに弱いのかもしれない。あんなふうに頼まれては断れなかったと話すバージルにアメリはなるほどと頷く。マリアのあの勢いと元気のよさに頼まれると断れない気持ちは分からなくもなかった。
「マリアに心配されてしまっているんだ。少し息抜きもするよ」
「そのほうがいいですよ! 息抜き大事です!」
「君にも心配されてるものね。わかったよ。息抜きするときには君に頼ろうかな」
マリアが君と話すのが楽しいという気持ちが分かるよとバージルは笑む。そう言ってもらえるのが嬉しくて、アメリもつられるように微笑んだ。




