俺の金言 2023年10月7日
2023.10.7
”仕事の疲れなどこの世に存在しない
あるのは職場の疲れだけだ”
家に帰ってきて「あ~疲れた」とソファにドサッと倒れこんだり、ビールを一気飲みしたり。人それぞれ仕事から家に帰ると多かれ少なかれ疲れを感じますよね。
でも、その時、その疲れを明確に分析したりしてます???
実際のところ、疲れのほとんどが気疲れで労働としてはそこまで疲れてないな、って思ったことありません?
上司からの命令や恫喝、無言の圧力、オフィスの雰囲気。
それを思い出しだけで、ソファの上で疲れを感じることないですか?
上司に限らず、職場の『暗黙カースト制度』(同じ給料なのに自然と立場が上で圧力がかかる)やガチのイジメやハラスメントなど。。。別に何かされるわけでもないのに「こいつとはなんか気が合わないよなぁ」的な人間がいて自分のデスクの横に8時間も座っていられたら、それだけで気持ちが圧迫された状態が続くわけで、精神のHP下がっていきますよね。
こういう話しをしていると「本当の肉体労働は身体が疲れるぞ!!」って反論がきそうですが、肉体労働は肉体労働の社会の中でオフィスの変形版のようなカースト制がないですか?というよりもっと凄いカースト制がありますよね?師匠と弟子、みたいな関係がありますもんね。親方と小僧とか。
僕も肉体労働の会社に勤めていたことありますが、このコンプライアンスの時代に普通に暴力振るわれたりしますからね(笑)しかも、特に周りもそれを止める気配もない。これも『暗黙カースト制度』、略して『アンカー』ですよね。
ですから、どんな職場でも嫌な奴がいて、パワハラではなくパワハラじみた行為(笑)が日常茶飯事的に行われ、『アンカー』がある。
僕が言いたいのは世の中で『仕事の疲れ』と言われていることのほとんどは厳密に言えば『職場の疲れ』なのではないか?ということです。
というか、それを提唱したいです。
でも、なんで人間って、わざわざ自分で疲れる社会なんてものを作ったんでしょうね?