1話_姉との新生活
彰人が目を覚ますと、隣からすぅ、すぅと可愛らしい寝息が聞こえてきた。
隣で人が寝ているのが久々なので一瞬身構えるが、まだベッドを組み立てていないので、昨日柚子の部屋で寝たことをすぐに思い出す。
人の温もりがあるというのはやはり安心するが、高校入学を控えているのに姉と一緒に寝た事実が今になって恥ずかしくなり、彰人はすぐにベッドを出た。
まだ目が覚め切っていない彰人は扉の前でどこに行けばリビングだったかと少し考え、思い出してから扉を開ける。
廊下を少し歩いてリビングに入ると、彰人は朝食の支度を始める前に、テレビを付けてソファーに寝転んだ。
柚子がいたので部屋を出たが、正直まだ眠い。
昨日はベッドがなかったし、柚子も「一人で寂しかったんだよ?」と言うので一緒に寝ることを承諾したが、一晩明けるとそれも昨日以上に恥ずかしく思える。
大きな欠伸を一度して、目を閉じる。
ソファーでは寝心地が悪いが、昨日はなかなか眠れなかったので、彰人はすぐ眠りに落ちた。
それから一時間ほど経った頃、今度は料理をする音で目を覚ます。
「お、あっくんおはよう。いつからソファーいたの?」
「んえ、さっき……」
「もー、二度寝するならお姉ちゃんのベッドで寝たらいいのに」
「なんか落ち着かないんだよ……ふあぁ~」
「えー。あっくんも私のことぎゅーってしたらよく眠れたかもなのに」
「しないよ恥ずかしい」
二度寝してもまだ眠気が取り切れず、覇気のない声で「もう高校生だぞ」と付け加える。
「前は怖い夢見たらお姉ちゃんを頼るような子だったのに、成長して……ぐすん」
「そういうのいいし。ってか、今何時?」
「まだ六時半だよ。私弁当作ったら支度して学校行くし、ベッド使っていいよ」
「……ううん、もう起きる」
「そう? じゃあすぐご飯用意するから顔洗って来な~」
柚子に言われ、彰人は洗面所で軽くスキンケアをして寝癖を直し、またリビングに戻る。
すると食卓には白米と味噌汁と卵焼きが二人分置いてあった。
「あっくん、ご飯それで足りそう? 足りないなら私のから取っていいけど」
「いや、大丈夫。むしろ、姉ちゃんはそれで足りんの? 学校あるんだろ?」
「朝食べ過ぎると一時間目から眠くなるし、これくらいで丁度いいの」
そんなあ他愛のない話をしながら、彰人たちは朝食を済ませて着替えなどの身支度をする。
彰人はすでに春休みだが、柚子はまだ学校がるので、制服に着替えて化粧を始めた。
高校生と言えど見た目が気になるお年頃のようで、軽くではあるが化粧をして、髪もセットしている。
ついさっきまでストレートだった髪はアイロンで巻いたようでふわっとしていて、化粧やピアス、ネックレスなどのアクセサリーも相まって、彰人の想像するギャルのような雰囲気になった。
「姉ちゃん、学校行くとき結構気合入れてるんだな」
「これでも人気者だからねー。その地位を維持するのも大変なのだよ」
「ほんと、すごいな。流石姉ちゃんだ」
「ふふん、そうでしょー。あっくんも今のうちに覚えときなー?」
「それは、気が向いたら……」
「あー、さてはやる気ないな? ま、問答無用でやらせるから関係ないけど。じゃ、ちょっと早いけど行ってくるね」
「なんか用事?」
「ううん。でも、時間あるからって今からあっくんと遊ぶと遅れそうだから。それじゃ、いってきまーす」
自分のことは自分がよくわかっているらしい。確かに、彰人からしても今から「時間あるからゲーム!」なんて言って遅刻ギリギリになるのは目に見えている。実際中学生の頃も何度かやらかした。
しかし、昨晩「久しぶりなんだから~」という言い訳で抱き着いたり一緒に風呂に入ろうとしたり、ぎゅーってしてと要求していた柚子とはまるで別人のようだ。
そういうところはしっかりしているからこそ、色々同時にこなせているのだろう。
多少抜けていたり可愛らしい一面を見せることはあるが、それでも根はしっかりしている。
だからこそ負担が減るようにと彰人も頑張ってきたのだが、さっそく柚子に朝食を作ってもらったことに、少し罪悪感を覚えた。
柚子がいない間に一人で出来ることは済ませようと、彰人は家具の組み立てや届いた荷物の整理を昼の間に終わらせた。
ベッド、机、椅子はそれなりの重さとサイズがあるので一人では大変だったが、幸い中学時代は運動部に所属していたので、時間はかかったが何とかなった。
もともと考えていた配置通りに家具を置き、そこに家から持ってきたものを配置して、部屋は完成だ。
親が出してくれたお金と仕事で溜まっていた貯金でいいデスクを買ったので、理想の作業スペースになった。
モニターアームに設置されたモニターに、ゲーム中でも邪魔にならない位置にある液晶タブレット、無駄に光るキーボードやマウスに、隣に置いたラックに掛かったヘッドセットなどのデバイス。しっかり色合いも統一したので、絵にかいたようなゲーマーに部屋が出来上がった。
彰人は昔から形から入るタイプなので、最近たまに見る『イラストレーター兼配信者』が公開しているような部屋で作業のモチベーションが上がり、やる気があるうちにとPCを起動してイラストソフトを立ち上げた。
中学卒業後すぐの新生活とはいえ、基本引きこもり気質な彰人のやることはさほど変わらず、彰人は柚子が帰ってくるまで作業に没頭していた。
配信の切り抜き動画のためのイラストを描いていると、気づけば高校の授業も終わって部活動に励んでいる時間になっている。
(とりあえず、買い物でも行くか)
今朝は柚子に朝食を作ってもらったし夕飯は俺が作ろうと、彰人は買い物袋を持って家を出た。
まだこのあたりに何があるか覚えていないので、地図アプリで近くのスーパーを検索して、とりあえずはそこに向かう。
立地的に学校帰り寄れるいい場所にある。
これはいい場所にある、と思ったが、そんな立地なら学校帰りに買い物をする人がいても不思議ではなく、道中こちらに向かって歩いてくるこれから通う高校の制服を来た、買い物袋を右手に持ったピンクの髪の女子がいた。
「あ、姉ちゃん」
「あっくん! こんなとこでどうしたの? もしかして、買い物?」
「あー、まあ、そんなとこ。けど、用事なくなったかも」
柚子が手に下げた買い物袋からは、食材がちらっと覗いている。
今回は夕飯の買い出しに来たので、柚子が買ったのならスーパーに行く用事はもうない。
「もしかして、夕飯の買い物だった?」
「まあ、そんなとこだ」
「あちゃー。そういえばその辺決めたほうがいいよね」
まだ二日目とはいえ、決めておくべきことを決めていなかった。
俺は漠然と「家事で柚子の手助けになりたい」と思っていたし、逆に柚子は「今まで通り私がやる」と思っていたのだろう。
こういうことがないようにと、二人はルールを考えながら家に帰った。