プロローグ
彰人には憧れている人がいる。
百瀬柚子——皆から好かれる人気者で、その人が楽しそうに話していれば周りもつられて笑顔になり、悲しんでいるようであれば励まして、学校では自然と皆の中心になるような人だ。
人を引き付ける性格はもちろん、容姿もスタイルも抜群であり、要領がよく成績もいいので、先生たちからも好かれている。
さらにはネットの影響で始めた配信活動も一気に伸びる機会があり、それがきっかけで高校生になるころには企業に所属し、今やネットでも超が付くほどの人気者だ。そして、彰人の姉でもある。
「そういえばさ、百瀬先輩に会うために同じ高校受けた奴とかいんのかな~」
「東京だろ? 流石にそこまで熱意ある奴いないだろ」
「いや、いるぞ? 俺受けたし。落ちたけど……」
中学の卒業式の日、特に話す相手がいない彰人がぼーっと窓の外を眺めていると、そんな会話が聞こえてきた。
柚子が卒業したのは彰人が中一の頃で、それからは学校に顔を出すこともしていなかったのに、未だにこうして話題に上がる。
柚子が中学を卒業して東京に行ってからは話題も落ち着いたが、それでも度々話題に上がる程度には人気だ。
一方彰人は数人友達が居るものの、特に男子からは『百瀬柚子の弟』と認識されているので、柚子がいない今話し相手は少ない。
しかし、そんな気まずい状況も今日で終わりだ。
卒業すれば同級生との関係はほとんど切れるだろうし、進学先も柚子と同じ高校なので、会うこともなくなる。
卒業直前の時間ですら誰かに話しかけられることはなく、そのまま卒業式を迎え、そして終わってすぐ、俺は学校を後にした。
※ ※ ※
卒業式の翌日、彰人はほぼ最低限の荷物だけを持って家を出た。
この春から柚子と同じ高校に通うことになるので、今日から早速柚子の家で暮らすのだ。
衣類、日用品、PCやモニター、ほかにも本やゲーム機なども一通り送ってあるし、新調した机や椅子などの家具もすでに注文済みなので、組み立てればすぐに部屋は作れる。
新幹線で移動しながら新しく買う机や椅子をどれにしようか軽く調べて、ある程度目星も付けたので、駅までは寝て過ごす。
寝るためにグリーン車の窓側の席を取っていたので、駅に着くまで隣のことも気にせずぐっすりと眠り、体感数分ほどで駅に着いた。
人の流れに乗って何とか改札を出ると、通行人からも注目されている女子が見える。
綺麗に染めた薄桃色の髪に、少し離れた場所からでもわかる整った容姿。身長も女子では高いほうだし、スタイルもいいので一目見て柚子だとわかった。
こんな格好、というのは事前に聞いていたが、まさか本当に髪をピンクに染めていたとは。
彰人を探して辺りを見渡す柚子に手を振ると、彼女はすぐに気づいて駆け寄ってきた。
「あっくん久しぶりー! 卒業おめでとう! ごめんねー、卒業式行ってあげられなくて。でもちゃんとお祝いとか用意してるから! えへへ、こっち来るのホント待ってたんだよ~。今日はいいお店予約してあるからね!」
久しぶりに弟に会えたのがよほど嬉しいようで、柚子は怒涛の勢いでいろいろ言ってくる。
彰人も久しぶりに会えて嬉しいが、流石に勢いに負けて後ずさる。
「ね、姉ちゃん、落ち着いて……」
「っと、そうだよね。ごめん、久しぶりに会えてうれしくて……。あっくん、大きくなったね」
「まあ、成長期だしな」
柚子は何かと忙しくあまり実家に帰ってこなかったので、大体一年ぶりくらいに会ったことになる。
彰人もその一年で背も伸びたので、柚子より低かった身長も、今では彰人のほうが若干高い。
「もう私よりおっきいんだね。あはは、なんかうれしくて涙出てきちゃった」
大袈裟な気もするが、柚子は昔から第二の親と言っていい程にはいろいろ気にかけてくれていたので、柚子としては嬉しいのだろう。
「もう高校生かぁ……。成長したね」
「親かよ。まあ、姉ちゃんのおかげだよ。いろいろと」
「~~っ、あっくん!」
「ちょ、こんなとこで抱き着くな!」
ただでさえ目立つ柚子がこんな人が多い場所で抱き着いてくるので、必然的に彰人も注目を浴びる。
人に視線を向けられることに慣れていない彰人は「とりあえず、案内してくれ」柚子をそっと引き離す。
「嬉しくて忘れてた。こっちだよ」
柚子は彰人を案内するのに自然に手を取った。
仲のいい姉弟とはいえもうすぐ高校生になるのだから、人前で手を繋ぐのは恥ずかしい。
手を放したいが、ずっと心底嬉しそうな顔をしている柚子にそんなことできず、電車に乗るまでずっと手を繋いでいた。
「うわ、すっげ……」
これから暮らすことになるマンションの前に着くと、彰人はつい声を漏らした。
親が金持ちで、柚子自身もすでに成功しているとはいえ、それでも高校生の姉弟が暮らすには贅沢が過ぎるマンションだ。
「部屋はもっとすごいよ~」
外観はもちろん、中に入ればエントランスからエレベーター、そして内廊下も、ホテルに来た気分になる程綺麗だ。
部屋に入ると、玄関からすでに広く、廊下を抜けた先のリビングはしっかり掃除されていて、インテリアの配置も考えられているモデルルームのような部屋だった。
しかし、柚子と二人で暮らすにしても少々広すぎる気もする。
「ひっろ……。ってか柚子、ここで二年一人暮らしだったんだよな。寂しくなかったか?」
「そりゃ寂しいよー。ここ一人暮らしするとこじゃないし。でも、一人の時は基本配信してるし、そうじゃなくてもあっくんが通話繋いでくれてたから、大丈夫だったよ」
声が聞きたいからと電話を掛けてくるのは鬱陶しいと思ったこともあったが、実際にこの広い家を見れば、寂しくなるのもわかる。それに、元から柚子も親も彰人が来るだろうからと3LDKの部屋を選んだらしいのでなおさらだ。
姉としてもVTuberとしてもあまり弱音を吐くことがない柚子が、配信で「最近一人暮らし初めて寂しい~」と言っていたし、それから一年やたらとオフコラボが多かったので、本当に寂しかったのだろう。
その証拠だろうか、リビングのソファーには柚子とコラボしていた同じ事務所のVTuberが置いて行ったクッションが置いてある。
「あのクッション、もしかしてかなで姉の?」
「そうだよー。知ってるんだ?」
「まあ、切り抜き見たし……」
配信の切り抜き動画で、柚子がよく後輩ライバーの『音咲かなで』を家に呼んでいるのは知っていた。そして、遊びに行く頻度が高すぎてついには私物を置き始めたというのは、ファンの間で有名な話である。
動画を見た時は「寂しいんだな」としか思わなかったが、こうして私物が置いてあるのを見ると、俺の物より先に後輩ライバーの物がと妬けてしまう。
「なに、妬いてんの?」
「は? 違うし。それより、荷解き手伝って」
柚子は微笑みながら「はいはい」と返事をすると、彰人を部屋まで案内して、さっそく荷解きを始めた。
お姉ちゃんっていいですよね
だいぶ過激になるのでそういうの好きな人は高評価とブクマぜひお願いします