なにもない
彼女を殺した彼は、自分の過去を思い出していた。
彼には昔から願いがあった。それは...存在しないことだった。
現存する世界を生きていくことになんの意味があるのだろうか。
全てを超越し、時間さえも我々の観念にすぎないのかもしれない。
でも、それはなにもないのと同じだ。
死ぬことになんの意味があるのだろうか。人がいつ死ぬのかなんて、実際のところどうでもいいことなんじゃないだろうか。
どうせ、人間はいつか死ぬ。
彼は昔から虚無の中で生きていた。
親に対する愛情も一切なかったし、兄弟に対してもまるでなかった。
ただただ、人間が気持ち悪かった。
彼には好きな女の子なんてできたこともなかった。
あれは...いつだっただろうか。彼の母親が病気で死んだときだったろうか。
彼の母親の葬儀が開かれることになったのだが、彼はまるで悲しくもなかった。
葬儀に来ていた人達はみんな泣いていたのに、息子の彼は一切悲しくなかったのだ。
親戚のおばさんに「あなた、お母さんが死んだというのに悲しくないの?」と聞かれたが、彼は「いや、特に悲しくはないよ。」と答えた。
親戚のおばさんは彼を気味悪がった。
実の息子が母親が死んだことに対して、悲しみを見せないなんてありえるのだろうか。
彼は虚無の中に生きていたのだ。
葬儀は終わったが、彼は精神に問題があると親戚のおばさんに告発をされ、病院に連れられることになった。
だけど、病院でも特に彼は精神に対して問題があるとはならなかった。
彼は...この世界にはなにもない。
そう思っていただけだった。
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彼女の死体を眺めていた彼だったが、途端に死んだ彼女になにかすることも面倒くさくなったのだ。
(もういいや)
彼は教会を出た。
教会を出た瞬間だった。光が彼を飲み込み、
彼は別世界にワープしたのだった。