少女
彼は教会に入った。
「誰かいないのか。」
彼は声を上げた。だが、周囲を見渡したが誰もいなかった。
「お兄さん、誰?」
彼は声がしたほうを振り向いた。女の子だった。しかも明らかに子供だった。
「君は...」
彼は少女を観察しながら、目を丸くしていた。
「私はここに住んでるの。そんなことより、お兄さんは誰?」
少女は彼の眼をしっかりと見つめ、彼に対してここに来た目的を問うていた。
だが、彼には不思議でしょうがなかった。小さな女の子がこんなところに住んでいる理由が。孤児なのだろうか。
「俺は無木島鳥だ。君の名前は?」
「私はシーラ。」
少女は名乗った。
「そうか。よろしくシーラ。君は一体ここでなにをやってるんだい?」
「わからない。生きることに意味ってないでしょ?だから私は死ぬまでここにいるだけ。意味なんてものはないのよ。」
少女ははっきりとそう言った。
「それを決めるには君はまだ幼すぎるよ。この狭い世界にずっといるのは勿体ないよ。」
狭い世界とは教会のことを指していた。
だから、彼は少女がここにずっといることが不思議だったのだ。
彼は心配そうに言った。
「お兄さん。世界はどこに行っても狭いよ、きっと。この世界は物の総体で出来てないのよ。私が見るもの全てが私の世界なんだから。私からすればこの世界はあまりにも残酷であまりにも狭い。」
「そんな....」
彼は悲しかった。
「結局、この世界は自分の意識から現れてる表像みたいなものでしょ。あなたと私の意識は実際、繋がっていないんだし。じゃああなたの見た世界が私からすれば広いということにはならないのよ。
幸せな家庭はみんな似てるようなものだし、決まって似たようなことを言うのよ。逆に不幸な家庭はそれぞれに不幸なのよ。お兄さんが仮に幸せなのだとしたら、私のことは絶対にわからないよ。
」
「世界という巨大な構築物を構成してるすべての物体は精神の外では自存できないし、それらが存在 する という のは 知覚されるあるいは知られるということであり、したがって、それら が 私によって実際に知覚されない限り、 あるいは、私の精神の中に存在しない限り、それらはそもそもまったく存在しないか、それとも、何らかの永遠の存在者の精神のなかで存続に違いないわ。こうした 物体どれかひとつの部分が精神から独立に存在すると考えることは、まったく理解不可能だから。
つまりさ、私がお兄さんを知ってるのも私が知覚してるからなのよ。...世界が広い?笑わせないでよ。この世界は狭いのよ。この世界は狭く、よくよく私たちの頭の中を覗いてみるとなにもないのよ。大きいや小さいは、精神の外のどこにも存在しないわ。熱さと冷たさだって、精神のみがこうむるものであって、ほんとうに存在するものの模像じゃないわ。......世界は私の精神と繋がっていて、神でさえ私の精神の中にあるものなんじゃないかしら。つまり、私の世界は私だけのもの。お兄さんが世界が広いなんて言っても、私にはなにも意味をなさないわ。」
彼は黙って聞いていた。
「返すことはなにもないよ。君はつまり死にたいのかい?」
このとき、彼は明らかに別の人格に変わっていたのだ。
「ええ。勿論よ。」
少女はどこか悲しそうだったが...
彼女がそう言った瞬間、彼は動いた。
「なら、殺してやるよ。」
「え?」
彼女が言葉を発する前に彼は彼女の首を両手で思いっきり締め上げた。
..
....
......
............
しばらくして、少女の息は止まった。
「ずっと人を殺してみたかったんだ。最高だったよ。」
彼は今さっき殺した少女の遺体を見下ろしながら言った。
彼は初めて人を殺した感覚に耐えられなかった。それは、最高潮の快楽だったからだ。
人間は元来、誰かの上に立ちたいという支配欲の上で生きているのだ。少なくとも彼が生きていた現代社会はそういう構造の上に社会という1つの基盤が成り立っていた。
人間は隷属されることを好み、また支配することも好んでいる。
このアンチノミーからは絶対に逃れられない。
彼は少女の死体を見て、笑いが止まらなかった。あぁ、やっと人を殺したんだというあらゆる制限からの解放、自分が他人の命を思うがままに、操ったという歓喜極まる行為。これほど彼がうれしいことはない。
人間はある1つの考えに沿って行動するような生き物だ。それを理性の限界という。
だが、理性的な人間は理性の限界を知っている。
だから、理性の枠を飛び越えたものを考え、実際に行動するものだ。
彼が殺人に手を出した理由は、自己からの解放だった。
彼は少女の死体をずっと見ていた。
(こいつの死体は使えるかもしれないな。)
丁度ここは教会だったし、死体を隠すには最適な場所だった。
少女の遺体を彼がどう使うかは、まだわからない。
ところで諸君。馬はなぜ死ぬ前に人を殺したいほど睨むのか。わかるだろうか?
平等などということは絶対にありえない。それは我々は絶対的に違う存在だからだ。
人間のもっとも価値のあるものは、理性でも悟性でもない。想像力だ。想像をするという観念は非能動的であり、誰の元にも渡らなければ。自分の中にしか存在しないものだ。
人間は想像をすることによって、自分が不幸だとわかる。さきの少女は卓越した想像力により、自分は不幸だとわかったのだ。
人間が不幸なのは、自分が幸福であることをしらないからだ。
人間がそれを知るようになるには、想像するということをやめなければいけない。
だけど、それをやめることはできない。だからこそ人生は不幸なんだ。
ところで諸君。シェイクスピアのハムレットを読んだことがあるか?なぜ王子は王の幽霊を見て、復讐するのは自分の使命なんだとわかったのだろうか。否、本当にわかっていたのだろうか。
人間は考えるよりも行動のほうが先に現れるものだと私は思う。
恐怖、憧れ。なんでもいい。それらの観念は人間を支配する。
じゃあ思考というものは一体なんなんだろうか。
思考には限界があり、我々は限界を超えると能動的に行動してしまう。
無木島があのような行動にでたのは、彼の思考が限界を超えてしまったからだろう。
「俺は...な、なにを...」
彼は突然、倒れている少女の遺体を見て、自分がしてしまったことが信じられなくなったかのように、尻餅をつきさっきまでいた少女が倒れていることが信じられなくなった。
彼は泣いていた。
彼の手に残る少女の首を絞めた感覚、それを彼は痛切に感じていた。
「なんだ。この感覚は...っっっ。嫌だ嫌だ...気持ち悪い。」
彼の手に残る少女の首を絞めた感覚、それは消えることはなかった。
「まさか...俺がこの子を...」
ふふ
苦しんでるようだね?
ねえ
苦しんでるんでしょ?
苦しい?
苦しい?
苦しい?
苦しい?
頭の中から声が聞こえた。四方から聞こえてるみたいだった。
「黙れ」
苦しいんでしょ?
「黙れ」
かわいそう
「黙れ」
ねえあなたはサロメを知ってる?
あの可哀想な王女様を。
好きな人を首を手に入れたにも関わらず、殺された可哀想な王女様。
ふふっ。
私、あなたのことがとても大好きなのよ。
だから、あなたの首を頂戴?
ねえ....
ねえ..........
頭の中に聞こえる声は次第に彼を支配していった。
「................。」
彼は声に従う感じで、自分の首を差し出そうとした。
「あんた!なにやってるの!?」
彼の目の前にいたのは空だった。
空は彼が自分で自分の首を絞めている異様な光景を見て、彼を止めようとした。
あら?
ふふっ
今日はここまで
また会おうよ。
声は頭の中から消えた。
「はぁはぁ...俺は一体なにを...」
彼は疲れ切ってその場に倒れた。