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9.庭 2


 アルフレッド様から離れ一人壁の方に歩いて行く。


 小道を歩く足音が、怒っているように響いているのはきっと気のせいだ。あの二人の事なんかこれっぽちも気にしてなんかいないもん。


 こつこつと鳴っていた足音が草を踏む音に変わっても迷わず歩き続ける。


 壁の前まで来るとその高さがよく分かる。とてもではないけれど登る事なんてできそうにない。それでもせっかくだからと壁伝いに歩いて行くと、物置小屋のような建物が見えてきた。中を覗いてみると、スコップやら植木鋏が置いてあるので、何か逃走に役に立ちそうなものはないかと物色をすることにした。


 扉には錆びた錠前がかかっていたけれども、手で引っ張ったら簡単に外れた。多分、錆すぎて鍵がかからないのでしょう。扉が風で開かないよう錠前を引っ掛けていただけのようだ。


 梯子があればいいな。


 そう考えながら部屋を見渡すけれど、三段程度の低い梯子しかない。これでは、とてもではないけれど壁は越えられない。


 ちょっと自信ないけれど、ロープならあるかしら。

 ニーナと二人協力すればなんとかなるかもしれない。


 床や棚には箱が沢山並んでいた。とりあえず手前の箱から順番に漁るけれども、目ぼしいものは出てこない。棚の上の方も探そうと、先程見つけた梯子がを立てかけ、さらに背伸びをして手を伸ばした時だった。


「そこで何をしている」


 突然の大声にバランスを崩してしまった。乗っていた梯子から思わず足を滑らせ、さらに上から箱が落ちてくる。


「きゃあ!」


 小さく悲鳴を上げながら倒れる私を逞しい腕が抱き留め、さらに覆いかぶさってくる。


 ガタガタッ


 大きな音と埃と一緒に金属のような固いものが床に落ちる音がした。当たる、と思って身を縮こませ覚悟をしたけれども、いくら待っても痛みも衝撃もこない。


 恐る恐る目を開けてみると、広く大きな肩と、その上にある彫りの深い顔と目が合った。薄いグレーの髪に淡いブルーの瞳で良く日焼けした精悍な騎士が私を抱き支えていた。


 彼はその手を緩め、改めて私の姿を確認すると、驚いたように手を放し跪いた。


「申し訳ありません。シャルロット様と気づかず、お怪我はありませんか」

「いえ、私こそ……助けて頂きありがとうございます。あの、どうして私の名前を?」

「私は近衛大将の息子カインです。挨拶こそできませんでしたが、昨夜のパーティーには私も出席しておりました」


 言われてみればどことなく面影がある。それにしても、この状況をどう説明しようかと頭をめぐらせていると、彼の腕が目に入ってきた。


「血が! 怪我をしているのではありませんか?」


 思わずその手を取ると、服が鋭い刃物で切られていてそこからかなりの血が流れている。

 床を見れば、立木の枝を切るときに使うような大きな鋏が近くに転がっていて、刃先に血もついている。


「ごめんなさい、私を助けたばかりに」

「いえ、お気になさらず。シャルロット様にお怪我がなくて良かったです」


 そう言って私に微笑みかけるけれど、うっすらと額に汗が滲んでいる。


(痛くないはずがない)


「服を脱いでください。止血します」


 ハンカチを取り出した私をカインが制する。


「シャルロット様のお手を煩わせるほどの事ではありません」

「いいえ、煩わせるほどの事です。私をかばっての事ですし、とりあえず傷口を見せてください」

「お召し物やハンカチを汚してしまいます」

「構いません」


 私は、半ば強引に血の流れる腕をとると、傷口をハンカチで押さえた。でも、傷は思ったより深くて血がどんどん溢れハンカチを赤く染めていく。


「血が止まらないわ。どうしましょう」


 半ばパニックになりながらそう思った時、急に指先が温かくなった。それはどんどん広がり手のひら全体が温かくなり、次第に熱いぐらいになっていった。


(手が光っている?)


 ハンカチがひらりと床に落ち、私の指が直接傷口に触れる。すると、触れた場所から見る間に血が止まっていく。傷口をなぞるように指を滑らせていくと、ぱかっと割れた皮膚が再びくっつき、その境目が少し盛り上がる。そして、最後には傷跡ひとつない状態に戻った。


 二人して呆気に取られたように腕の傷ーーもう傷跡一つないのだけれどーーを見る。

 

 沈黙を破ったのはカインだった。


「シャルロット様は回復魔法を使えるのですか?」


 私は静かに首を振る。そんな事今までできなかった。でも、目の前にある腕の傷は跡形もなく消えている。


「でも、できていますよね」

「できているわね」


 肩から肘にかけて二十センチは切れていたであろう傷がきれいに消えている。もう一度指でなぞってみたけれど、もう何も起きなかった。


 回復魔法が使えるようになった?

 しかも、かなりの深さの傷を一瞬で治せる程の強さだ。


「もしかして、今初めて使われたのですか?」

「ええ」

「今まで一度も使ったこともない」

「はい」

「今日その能力に気づいたってことはないですよね」

「……初めて知りました」


 どうしよう。


 回復魔法は産まれもった能力で通常三歳までに目覚め、それ以降使えるようになることはない。

 実際、前回の人生で回復魔法を使ったことはないし、そもそも使い方を知らない。さっきだって勝手に手が光り傷がふさがっていった。もう一度やれと言われてもできる自信がない。


「あの、このことはアルフレッド様は……?」


 私はブンブンと勢いよく首を振る。


「お願いがあります。私が回復魔法を使えるかもしれないことを黙っていてもらえませんか?」

「えっ、それは、誰にも話すなということですか? アルフレッド様にも?」

「はい、今初めて出来たことですし、次にできるとは限りません。そんなあやふやな事を報告するわけにはいきませんから」


 本音はこうだ、もし聖女ってことになったら余計に逃げにくくなるーー


 そんなことは勿論知る由もなくカインは暫く眉をしかめ悩んだあと、諦めたようにため息をついた。


「分かりました。ただ、これ程の力は初めて見ました」

「そうなのですか?」


 キーランで回復魔法を使える人がいないので、自分の力がどの程度かが分からない。


「昔は力の強い方もいたようですが、婚姻を重ね血が薄まると同時に能力も弱くなったようです。今は主に薬草の効果を高めたり、持続性を高めるのに使われます。もちろん、先ほどのシャルロット様のように、直接治癒される方もいらっしゃいますがもっと時間がかかります」

「では、私の力はかなり凄いということになりますね」


 実感のないまま自分の手を見るけれど、特に変わった様子はない。


「ですから、私としてもずっと黙っているわけにはいきません。次使っている所を見たら報告させて頂きます」


 カインはそう言うと、床に散らばった工具を箱の中身を片付け始めた。

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