28.運命を変える 1
幽閉されたことを思い出してから一週間が経った。
この数日、城はバタバタと忙しそうだった。そして今朝その忙しさはピークを迎えている。隣国ブグドアのクロード皇子が協定を結びにやってくるのだ。
今回は国王が体調不良でアルフレッド様が話し合いに出席される。そのため、ずっと深夜まで仕事をされていた。
朝食だけはと、今朝も一緒に摂っているけれど、やはりアルフレッド様もどこかしら緊張しているように見える。……珍しくフォークからトマトが滑り落ちたので、かなり緊張しているみたいだ。
「クロード様が来られるのは、お昼過ぎで変更ございませんか?」
「あぁ、お互い特に異論なければ昨年と同じ内容で協定書を交わすことができるだろう」
ガンダリアとブグドアは毎年石炭の採掘量について協定書を結んでおり、今日クロード様がこちらに来る目的もその締結のためだ。アルフレッド様の話によると、ここ数年ほぼ同じ数字で締結しているので今回もそうなるだろう、との事だった。
ただいつもと違うのは、昨年までは国王が行っていたのに対し、今年は両国とも皇子が代理をすることだ。ブグドアの国王が病に伏せっているという噂はキーランにいた頃から耳にしていたけれども、どうやら本当だったらしい。
アルフレッド様が部屋を出たあと庭の散歩に出た。もう、隠し通路探しはしていないけれど、散歩はすっかり日課になっていた。
歩きながら記憶を遡ってみる。
戦争は鉱山をきっかけとしているので、今日はかなり重要な日となる。前回の人生とはすでに違うものになってきているので、もしかしたらこのまま何も起こらないのでは、という淡い期待も抱いているのだけれど……嫌な予感がそれ以上に胸の中で渦巻いている。
庭を眺めていると、他国の皇子が来るとあって今日は衛兵の数が多く、中には犬を連れている者もいる。そして、遠目にも分かる立派な体躯をした衛兵が視線の数十メートル先を歩いている。
「カイン」
小走りに駆け寄り名前を呼ぶと、カインは振り返ったあと慌てて二メートルを超える身体をかがめて犬の首もとを抑えた。
「シャルロット様、おはようございます」
「おはよう。急に声をかけてごめんなさい、犬をびっくりさせてしまったかしら」
「訓練しているので大丈夫ですが、念のため急に動いたりなさらないでください」
茶色の毛並みの大きな犬で、ゆっくりしゃがみ頭を撫でてやると尻尾を振り出した。
「そういえばシャルロット様は動物がお好きなんですよね?」
「えっ?」
「迷子の子猫を探していらっしゃるとか。皆シャルロット様に喜んで貰いたくて仕事の合間に探しているのですが、なかなか見つからないんです」
「……あ、うん……そうね、ありがとう」
そういえば、そんな事もあったわ……
どう言い訳しようかと犬を撫でているとふと、思いついた事があった。
「カイン、私が回復魔法を使えることは誰かに話した?」
「いえ、約束を守るのが騎士道というものですから」
当然、というように話すこの男は信用できる気がした。それなら、保険をひとつかけておこう。
「カイン、お願いがあるの……」
――――
協定書は無事締結され、その夜小さな晩餐会が開かれ私も婚約者として出席している。
晩餐会と言っても、ブグドアから来ているのはクロード様とその側近や護衛達なので、豪華な食事とお酒でもてなす食事会に近い宴だった。
クロード様とは初対面ではない。年は私よりも十歳ほど年上で、妻帯しているのだけれども側室を数人抱えているという噂がある方で、父は私がクロード様と会うのを極力避けていた。
「シャルロット嬢、久しぶりだな。婚約おめでとう、と言うべきかな」
「……ありがとうございます」
じとっとした視線が絡みつくようで気持ちが悪い。金色の髪に、少し垂れた深い緑色の瞳は穏やかな印象で一見優男に見えるのだけれど、よく見ればその瞳の奥に何かしらぞっとする物を感じる。
でも、私の視線はその目よりも下の胸の位置でずっと止まっている。
その場所は他の部分と異なり、明らかに紫に光っていた。この国の王とは比べ物にならないぐらいにはっきりと。
「クロード殿、昨年国王にお会いした時少し顔色がすぐれなかったようにお見受けしたのだが、その後いかがだろうか」
「特に変わりはないが、もう高齢だからな、今は半分隠居生活をして頂いている」
クロード様は末息子で国王はもう六十歳後半だったので、それ自体は不思議ではないのだけれど、――末息子しか今生存していない事が少々薄気味悪さを感じる。
「クロード様はお身体の調子はいかがですか?」
「心配してくれているのか? だが、シャルロット、俺はまだそんな年じゃないぞ」
ハハッと笑い、ごくごくと酒盃を空ける様は確かに健康そうに見えるけれども……
「ところでアルフレッド殿、シャルロット嬢をダンスに誘ってもよいか?」
「…………えぇ、勿論」
突然の申し出に一瞬言葉に詰まっていたけれども、隣国の皇子をもてなす側としては拒否することはできない。
渋面を隠せないでいるアルフレッド様にあえて気づかないふりをして、クロード様は私の手を取ると、立たせ腰に手を回してきた。
「貴女と踊るのは初めてだな。キーランの国王は過保護だとばかり思っていたが、意外にあっさり嫁がせたものだ」
腰に当てられた手が微妙に動いているのは気のせいだろうか、大変不愉快だ。
「アルフレッド様のお人柄を信じてのことでございましょう」
「ほぅ、人柄ねぇ。私も随分自分を売り込んでいたのだがねぇ」
「ご冗談を」
話の内容もだけれど、二人になった途端にブグドアの言葉で話しかけてくるのも腹立たしい。通常招かれた側は、相手国に敬意を示す意味を込め、その国の言葉で話すものなのに。
(言葉……)
あっ、と小さく呟いた私をクロード様が訝し気に見てきた。けれどもそんな視線に気に留める余裕もなく周りを見回す。
(いない)
私はステップを踏む足を止め、クロード様をすっと見上げた。突然立ち止まった私を眉を顰め見下ろす彼に、できるだけ申し訳なさそう表情を作る。
「申し訳ありません。体調がすぐれないので退席させて頂きます」
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