27.記憶
その日も私は一人で朝食を摂っていた。
「シャルロット様、私は貴女がこのように冷遇されているのをこれ以上見ていられません。一度お父様であるキーラン国王に手紙を書かれてはどうでしょうか」
「ニーナ、アルフレッド様はきっとお忙しいのよ」
「いつまでもそのように我慢なさる必要はございません」
私は持っていたナイフとフォークを置くと困ったようにニーナを見る。私とてガンダリアの対応については思うところがある。でも、お父様に心配をかけたくないのだ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ニーナはさらに言葉を重ねる。
「クローディア様についてもです。婚約者はシャルロット様ですのに、あの煮え切らない態度は問題かと思います」
問題もなにも、あの二人は想いあっているのだから仕方ない。でもニーナには言えないので曖昧にわらって誤魔化した。
味気ない朝食を終えた時、激しく扉を叩く音がした。ニーナが慌てて扉に駆け寄ったけれども、その手が触れる前に扉は大きく開けられた。
その向こうにはアルフレッド様とザイル、そして後には十人程の衛兵がこちらを睨み立っていた。
ニーナが慌てて私のもとに駆け寄り、その背に私を庇うようにして前に立つ。
「ア、アルフレッド様、これはどういうことでしょうか? ご説明頂けませんか」
ニーナの顔からはいつもの陽気な笑顔は消え失せている。しかし、怯むことなく気丈に目の前にいる男達に問いかけた。
「キーランとブグドアの連合隊がガンダリアを攻撃してきた」
何を言われているのか理解出来ず、呆然とする。言葉ははっきりと私の耳に届いているのだけれど、それが意味することを理解できない、いや、理解するのを脳が拒んでいるようだった。
私達の動揺を目で捉えながらも、アルフレッド様は表情一つ変えず冷酷な声を響かせる。
「今からお前達を幽閉する」
背筋が凍るような冷たい声が部屋の温度を一気に下げた。身体がガタガタと震え、立っていられずその場にしゃがみこんでしまう。ニーナはそんな私の肩を抱きしめ、キッとアルフレッドを見返した。
「何かの間違いです。シャルロット様がここにいるのに、戦争を仕掛けるなんて有り得ません。どうしてそんな事をする必要があるのか……もう一度ご確認ください」
アルフレッド様はニーナの言葉に眉を顰め侮蔑の表情を浮かべると、私達を見下ろしながら淡々と説明をし始めた。
「ガンダリアとブグドアの国境に鉱山があるのを知っているだろう。そして、ガンダリアとキーランの国境には金山がある。おそらく、ブグドアは鉱山を、キーランは金山を独占するために二国は手を組んだのだろう。お前達、何か知っていたのか?」
私は青い顔で激しく首を振った。いったいアルフレッド様は何のことを言っているのだろう。
「私達は何も知りません。お願いです、私に父と、キーランの国王と連絡を取らせてください。きっと何かの行き違いや誤解が生じているのです。そうでないと父が戦をするなんて有り得ません」
「断る」
「お願いします」
アルフレッド様は軽く息を吐いた後、私を見据え
「シャルロット、お前との婚約を解消する」
はっきりそう述べると、もう用はないとばかりに踵を返して部屋を出て行った。
残されたザイルが私達に歩みよってくる。
「大人しくしてください。私達も貴女を傷つけたくありません。食事はこちらで用意しますし、必要な物があれば言ってください」
ザイルは、眉間に皺を寄せ簡潔にそれだけを伝えてきた。
「ザイル、あなたからもアルフレッド様に進言して、きっと何かの間違いなのだから」
「……シャルロット様、間違いではございません。キーランの軍が既にこちらに向かっています」
ザイルはそこまで説明すると、深々と頭を下げて出て行った。
あれから、扉の前には常に衛兵が二人置かれ、食事は質素で冷たい物に変わった。ニーナが何度か抗議してくれたけれど、改善されることはなくただ時だけが流れて行った。
それでもザイルは週に一度は顔を見せ、暖かい飲み物や甘い食べ物を差し入れしてくれた。時には本や刺繍糸など時間をつぶせる物も用意してくれてた。
扉に耳を付け、衛兵達の立ち話を盗み聞きしていたニーナが言うには、私を殺そうとする話もあるそうだ。でも、アルフレッド様がそれを反対されているという。意外だと思った。彼なりに婚約者であった私を気遣ってくれているのかも知れない。
そして、…そして……
……どうしたんだろう、景色が歪む。誰かが部屋に来て何かを告げている。
声が切れ切れにしか聞こえない。
「………ガンダ………占拠…………人質……」
何を言っているの?
「もっと早く……こんなこと…………」
これはニーナの声?
「……様、シャルロット様、どうされたのですか?」
聞き慣れた声に身体を揺すられて私は目を開いた。ぐるりと部屋を見渡すと、ニーナが飾った花が朝日を浴びながら風に揺れている。
「夢……?」
そう呟いたあと、指先が震えた。違う、あれは夢じゃない、前回の人生の記憶だ。
(この部屋で私は幽閉されていた…?)
「シャルロット様、大丈夫ですか? 顔色が悪いですし、震えていらっしゃいませんか? ……あっ、窓、窓を閉めますね」
慌てて窓を閉めたニーナが、まだ虚な表情を浮かべている私を心配そうに覗き込んできた。
「少し、……風邪をひいたみたい。食欲がないから、アルフレッド様にはお一人で食べて頂いて。それから、もう少し眠りたいから一人にしてくれないかしら」
「分かりました。では、私は隣の部屋におりますから、ご用があればいつでもおっしゃってください」
ニーナが扉を閉めると同時に、それまでよく耐えられたなと思うぐらいの涙が溢れてきた。
口を押さえ嗚咽が外に漏れないよう必死で歯をくいしばる。
でも、それでも耐えられなくて、枕に顔を押しつける。
浮かんでくるのは、昨日のアルフレッド様の笑顔ばかりだ。私とキーランを守るため彼がどれほど尽力してくれたか。
妻にする、愛していると言ってくれた言葉が胸の奥で繰り返し聞こえてきて、心も身体も引き裂かれるように軋み始める。
アルフレッド様に触れられた髪に触る。
私を抱きしめた逞しい腕を思い出す。
唇に触れた温もりが儚く尊いものに感じられた。
アルフレッドの側にいたい。
その思いがどんどん溢れ出し、一層の事壊れてしまいたくなる。
……どれぐらいそうしていただろうか。窓の外の陽はとうに高い位置にある。
ふぅ、と息を吐く。泣いて少し頭がはっきりしてきた。
『王族は常に国民の為に存在するべき――』
そう私に教えた父が安易に戦をし、国民の命を危険にさらすはずがない。
そもそも父は金山の存在を知らなかったはずだし、知ったとしてもそれを独占するために戦争を仕掛けたりはしないだろう。金山のために戦争を仕掛けたというのは、あくまでアルフレッド様の推測にすぎない。
では父が戦争を仕掛けようとするのはどういう時か?
頭に浮かんできた仮説は、
『石炭が入ってこなくなったなら?』
両手を固く握りしめる。視線を落とせば紫色に輝く指輪が目に入ってきて、指先でそっと触れた。
今度は私の番だ。私が戦を止める。
国の為に。
愛する人の側にいる為に。
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