26.商談 3
アルフレッド様が小さく息を呑む気配を感じた。
「どうしてそう思う?」
「彼らの言動は商人とは異なりました。私達を前にして臆することなく対等に話されていましたし、アルフレッド様に対しアルフレッド殿とおっしゃっていました」
アルフレッド様が小さく頷く。でもその顔からはもう驚きの表情は消え、むしろ楽しんでいるように見えた。
「鋭いな、では彼らの正体にも見当が付いているのだろう?」
「西の大国の皇族の方だとお見受けいたします。ご子息の一人が外交、貿易を担っていると聞いたことがあり、私はお会いしたことはありませんが、キーランとの交易もあります」
正解だとばかりの笑顔を私に向けてきた。
「カモフラージュで私を利用するだけなら馬車で待たせておけば良いはずです。どうしてあの場に私を立ち合わせたのですか?」
「異国の王族にシャルロットを婚約者だと紹介したかった」
「それは……もう後戻りできませんね」
「もとよりするつもりはない」
アルフレッド様はおそらく私の問いを予想していたのでしょう。紫色の瞳を優しく細め私を見てきた。
その後、軽く目を閉じると、意を決するように息を吸った。次に私に向けられた視線は真っ直ぐ突き刺さるような鋭さを持っていた。
「ガンダリアとキーランの国境に金山が見つかった。我が国はそれの独占を狙っており、金と交換に武器を仕入れている。そう遠くない時期に戦争を仕掛けるつもりだ」
……何かあるとは思っていた。
でも予想以上の事実に顔から血の気が引き、足に力が入らない。
立っている事ができず倒れそうになった私を逞しい腕が抱きとめ、そのままアルフレッド様に胸に引き寄せられた。
「俺は必ずそれを防ぐ。キーランと協定を結び金山を共有するつもりだ」
「……できるのですか? そのような事が」
「できる。してみせる」
震える私の身体を優しく包みながら、そうはっきりと断言した。アルフレッド様は私を支えるようにして砂浜まで連れてくると、彼の考えた計画を教えてくれた。
「協定を結べば金山は共有され、この国の金の含有量が減る。それは得られる利益の減少を意味する。しかし、金をただ売るのではなくこの国の高い技術によって加工した物――つまり付加価値をつけた物を売ることにより利益を確保することは可能だ」
だからハンスがあの場にいた……
「技術が認められれば、金以外の装飾品の需要も高まるだろうし、新しい商売も活気を得られるだろう。戦はたとえ勝ったとしても、無傷ではない。避けることによって得られるメリットは重鎮達も分かっている」
「その輸出国が、今日会った方々ですか」
「あの国は広く人口も多い。貿易が活発に行われるようになれば、それによって得られる利益は計り知れない。それに、あの国はキーランとも貿易をしているのだろう? コウユー殿は戦を回避することにも賛同してくれ、俺に全面的に協力すると言ってくれた」
最後に二人で話していたのはそのことについてだったのかも知れない。国として正式な外交が始まれば、アルフレッド様の計画の追い風となる。
アルフレッド様の顔には自信が溢れ、見つめてくる紫の瞳は力強く私を絡め取り離さない。
「王と重鎮達全員を説得するのには、多少時間はかかるかもしれない。だが、俺はもう王の言う通りにするつもりはない。シャルロット、それは貴女についても同じだ」
腕の力が緩まったので、顔を上げるとすぐそこに形の良い唇が弧を描いていた。日が傾き始めて、頬に当たる日差しが彫刻のような顔の陰影をより際立たせ、どこか憂いを漂わせている。
「俺は貴女を妻にする」
甘い低音がはっきりと波間に響いた。それは、私の中にすっと光のように差し込んできて、胸の奥底で爆ぜた。
「初めて会った時よりも強く思う」
片手で私を抱きしめながら、もう片方の手で、私の横髪を優しく撫でる。まるで髪の一本までもが愛おしいように。
「貴女の聡明な所や芯の強さにどんどん惹かれていった。会うたびにその思いは俺の中に幾重にも重ねられていった」
降り注いでくる甘い声が、実感を伴わないまま私を満たしていく。
「愛している。ずっと隣にいてくれないか?」
アルフレッド様は私の前で跪くと、懐から紫の石がついた指輪を取り出した。
「ハンスから先程受け取った。サイズもぴったり合うはずだ」
声を出そうとするのに、喉の奥で言葉が詰まって出てこない。
「受け取ってくれるか?」
その優しい響きに涙が溢れそうになり、慌てて下を向き何度も小さく頷いた。
アルフレッド様は私の左手を取ると、薬指にゆっくりと嵌めていく。それは私の指にとてもしっくりと馴染み、夕陽でキラキラと輝いていた。
気持ちを伝えたいのに、声が出ない。だから、一回り以上大きな身体にしがみつくように腕を回すと、それに応えるように強く抱きしめられた。
無言を埋めるように波音だけが響く中、どれぐらいそうしていただろうか、アルフレッド様の腕の力がふと緩んだ。
「シャルロット、顔を見たい」
「きっと真っ赤な顔をしています」
「それは是非見ないといけないな」
「いけなくありません」
くっくっと喉を鳴らし揶揄うように笑うアルフレッド様に、いやいやするように頭を振って頑なに下を向く。それなのにアルフレッド様は、肩を掴んで強引に引き剥がしその長身を屈めて覗き込んできた。紫の瞳がすぐそこで愉快そうに目を細めている。
「いじわるです」
恥じらいを誤魔化すように軽く睨んだ視線の先で、嬉しそうに笑うアルフレッド様の顔もまた赤く染まっていた。
「頬が赤いですよ」
「夕陽でそう見えるだけだ」
「では、私もそうです」
大きな手が私の頬に触れた。切れ長の鋭い瞳に射抜かれ、その紫色に吸い込まれるように私は目をそっと閉じた。
ふわりと唇に柔らかな温もりが落ちてきた瞬間、私は確かに幸せだった。
読んで頂きありがとうございます。
誤字報告、☆、いいね、ブックマークありがとうございます。
二人の関係がまとまってきたので、次話からタイトルの後半部分、ところで私を……の部分がメインになります。暫く糖分少なめですが、もう少しお付き合いください。最終話は甘くします。
糖分が必要な方はここで摂取してください!!
興味を持って頂けましたら、☆、いいね、ブックマークお願いします!




