25.商談 2
ハンスが箱から取り出したのは、細かな細工がされた金のネックレスやブレスレット、簪等の宝飾品だった。宝石がついている物や、金と銀が細く絡まるようにデザインされた物、全て職人の技術の高さを窺える品々だった。
王族の王女として育ち、それなりの審美眼は持ち合わせているつもりの私から見ても、その出来は思わず息を呑むほどのものだった。
「これは素晴らしい。噂には聞いたがこれ程のものとは。これを作れる技術を持つ職人はこの国に何人おられるのですか?」
「この品は特に難しいので三人程ですが、この辺りの品なら三十人以上はいます」
ハンスが商品の説明、アルフレッド様が輸出可能な量について話をしているのを、黄金の品々を眺めながら隣で黙って聞いていた。ふと視線を感じたので顔を上げると、目の前に座っていた少年と目が合った。大人達が品を手に取って見ているのが羨ましいらしく、手を出したりひっこめたりしている。
「一つ手に取って見ますか?」
私は目の前にあった簪をハオに手渡す。アルフレッド様はちらりと私を見たけれども諌めないので問題ないと捉えよう。ならばついでにと、
「あと、二つ、三つお取りしましょうか?」
指輪と耳飾りも前に置いてあげる。手に取って目を細め、ルーペを使いそれらしい仕草で見ていくのを眺めていると、指輪と耳飾りを持って私のもとに歩いてきた。
「お手を失礼します」
大人の口調を真似て私の手をとると、指輪を人差し指にするりと嵌めてニコッと笑う。
「美しい方がつけているのを見る方が、その品の価値が分かります」
……
ハハハハッ ハハッ
コウユーとハンスの笑い声が部屋に響き少年が赤い顔で口を尖らせて抗議する。
「だってコウユー様だって時々言うじゃないですか」
「ハハッ、さすがの俺でも婚約者の前で口説いたりせんわっ」
不貞腐れて頬を膨らませる少年の頭を撫でながら、耳を近づける。
「ありがとうございます。よければそちらもつけて頂けますか?」
「……あぁ、勿論です」
ゴトッ
隣のアルフレッドの手からブレスレットが机の上に落ちた。
商品なのだから慎重に扱わなくてはいけないと思う。
私に耳飾りをつけたハオは得意げにコウユーを見て、鼻を擦っている。
「ハオ様、似合っていますでしょうか」
「はい、貴女の為に作られたかのようです」
「……それもコウユー様の決まり文句かしら?」
「他にも沢山知っていますよ」
無邪気に笑う少年は、きっと色んな見聞を広めている事でしょう。
「あの、貴女はキーランの生まれと聞いていたのですがこちらの言葉が大変上手ですね」
船上での会話は全て異国の言葉で行われていた。一度目の人生で頑張った甲斐があり問題なく会話に加わる事ができているのは嬉しい。
「ありがとうございます」
「異国の言葉を話す時、どうしても母国語の癖が出てしまいます。キーランやガンダリアの方は我が国の二と三の発音が同じになってしまう方が多いのに貴女の発音はとても分かりやすかったです」
「……おい、ハオ、それぐらいにしとけ。アルフレッド殿の前だ」
苦笑いでそう告げるコウユーを軽く睨んでハオは席に戻り、商談は再び進んでいった。
その後、二時間程で話はまとまり私達は船を降りた。最後にコウユーとアルフレッド様が握手を交わしていたので、この商談は成功したのだと思う。
帰りの馬車の中、
「あの、アルフレッド様。私からもお願いがあるのですが」
「おぉ、なんだ。言ってみろ」
おずおずと言う私に向かって、上機嫌な声でアルフレッドが先を促した。先程の商談の成功が嬉しいのだろう、久々に見る明るい笑顔だった。
「私、海岸の砂浜を歩きたいです!」
キーランは海に面していないので、実は船を見たのも、海を見たのも初めてだった。
子供じみた発言に自分でも頬が赤らむ自覚があったけれど、アルフレッドはそんな私を一瞬目を開いて見た後、とろけるように目を細め分かったと微笑んだ。
そして、私は
今、海に来てる!!
(あぁ、ニーナにも見せてあげたい)
「アルフレッド様、海ですよ!」
「そうだな」
「波がバシャバシャしています!!」
「あぁ」
「砂浜に落ちている貝殻、持って帰っていいですか!?」
やばい、テンションが上がりすぎている。
明らかに引いているだろうと、アルフレッドを振り返ると、なんだか楽しそうににこにこ笑っている。そして、その顔を見ていると私の胸にも温かいものが広がっていく。
ループ前のアルフレッド様と、今の彼は別人のようだ。その理由は今でも分からない。
でも、私が今生きているのは二度目の人生だ。だから、この人生で出会った彼と――私とキーランを守ると言ってくれた彼と――きちんと向き合うべきなのではないかと思った。
馬車から降りてから、アルフレッド様はいつでも私を大切にしてくれ優しくしてくれた。クローディアにもきっぱりと結婚しないと言ってくれた。それに今日、大切なこの場に私を連れてきた。異国の人の前で私を婚約者として紹介してくれた意味は大きい。
「何をしているんだ?」
突然、靴を脱ぎ歩き出した私の腕をアルフレッドが掴んだ。
「素足で砂の上を歩いて見たかったのです」
一歩踏み出すごとに、足の指が砂に沈みすくわれていく。その感触を確認するようにゆっくり歩いて波打ち際まで向かうと、波が打ち寄せてきた。冷たい水の感触が冷やりとして、寄せては返す波の泡と舞う砂が足に絡みつきくすぐったい。
「アルフレッド様もやってみませんか? なんだかくすぐったいです」
「知っている」
「……やってみませんか!?」
両腕をアルフレッド様の方に伸ばし首を傾げて悪戯っぽく微笑む私を、一瞬意外そうに見た後、いそいそと靴を脱ぎ隣にやってきた。
真っ直ぐ前を向くと、広がるのは遥か彼方にある水平線だけで、両手をあげて思いっきり伸びをすると、心まで伸びたような気分になった。スカートの裾が少し濡れているけれど、城に戻る頃には乾くでしょう。
「アルフレッド様って意外とよく笑いますよね」
「そうか? 自分ではよく分からん」
「よく拗ねますよね」
「それはない」
「結構、子供っぽいですよね」
「………」
そうやって不貞腐れるところが子供っぽいというのだけれど。
「いろんな表情が見られて嬉しいです」
あのまま死んでいたら、知ることは出来なかった。
素直に認めよう、私は以前よりずっとこの人に惹かれている。
「俺は……」
言うべき言葉を探すように目が宙を彷徨っている彼に、水平線を見ながら語りかける。
「今日、私が会った方々は商人ではありませんよね?」
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