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2.シャルロットの決意

   

 私は一度死んでいる。


 覚えているのは胸に深く刺さった金属と、熱さにもよく似た痛み。それから、私を見下ろす婚約者の神秘的な紫の瞳。


 

 再び目覚めたのは、馬車の中だった。

 

 ガタンという揺れで目を覚ました私の頬には汗が浮かび上がっていた。状況を理解できずに前をみれば、侍女のニーナが俯き気味に船をこいでいる。


 馬車の中?

 どこに向かうの?


 窓には少し乱れた蜂蜜色のブロンドの髪に、涙が溜まっている青い瞳の私の姿が映る。窓の下に手をかけて、勢いよく上に持ち上げると、若葉の匂いが馬車の中に吹き込んできた。馬車から身を乗り出せば、行き先に古びた時計台が見えた。あれは、ガンダリアの郊外にあった物だ。


 身につけているドレスは、初めてアルフレッド様に会う時にと母と一緒に見繕ったもの。だとすれば、この馬車は産まれ故郷のキーランからガンダリアに向かう途中ということになる。


 どうやら私は、ループしたらしい。


 ガタン、もう一度馬車が揺れニーナがその茶色の瞳をあけた。


「シャルロット様?」


 珍しく焦点が合わない目で私を見ると、ハッとした顔をして周りを見渡した。


「まだガンダリアの郊外よ。私も先程目が覚めたの」

「申し訳ありません! 私としたことが」


 狼狽えるニーナに気にしないでと笑いかけながら、ループ前の記憶を探ってみる。

 

 刺された瞬間のことは覚えていないけれど、最後に見た光景は、胸に刺さった剣とアルフレッド様の姿だった。彼の唇が動いていたようだけれど、その言葉を聞き取ることはできなかったみたい。


 何と言っていたのだろうか。

 助けを呼んでくれていたのか、

 それとも愚かな婚約者に対し嘲りと憐れみの入り混じりった言葉を吐いていたのだろうか。


 それ以外に覚えていたのは、この婚約が戦略結婚で彼から婚約者として扱われたことは一度もなかった、という事だった。



 落ち着いて振り返ろう。

 取り繕っても仕方ない。

 一度目の人生ではアルフレッド様の容姿に目を奪われた。


 目に少しかかる漆黒の黒髪は艶やかに輝き、意志の強そうな切れ長の瞳の色は、吸い込まれそうな紫に輝いていた。背が高く、痩身ではあるが鍛えられた身体をしているのが服の上からでも分かる。


 この人が自分の夫になってくれるのかと思うと、嬉しさのあまり目眩を感じ、足が地面に着いていないようにさえ感じていた。


 でも、アルフレッド様は歓迎の言葉も長旅を労う言葉も口にすることはなく、義務的に名前だけ告げると早々に立ち去って行ってしまった。私は愕然としながらその後ろ姿を眺めるしかすべがなかった。


 私を部屋に案内したのは彼の側近のザイルだった。

 私は、どんなに冷遇されても、公務に忙しいだけだと自分に言い聞かせ、他の女の影も見ない振りを通し、ひたすら従順な婚約者を演じていた。


 本当、馬鹿みたい


 理由は分からない。

 でも、もう一度人生をやり直せるチャンスを得られたんだ。今度は自分らしく生き、絶対に生き残ろう!!


 そう拳を握り意気込んでいると、馬車は白亜の城の門を潜りゆっくりと止まった。


 よし、と気合いを入れて立ち上がる私をニーナは不思議そうに見ていたけれど、そこは気にしないことにしよう。


 馬車の扉が開くと、薔薇の香りと一緒に目の前に手を差し出された。その手を辿れば、薔薇の花束を持った黒髪の貴公子がいる。


 あれ、ちょっと待って。

 これ記憶にないのだけれど。


 目をパチパチする私の手を掬い上げると、貴公子はその紫色の瞳を優しく細めた。


「お待ちしておりました。シャルロット嬢」

「…………」


 前回と違う意味で目眩を感じる。地に足がつかない理由も前回とは違う。

 それでも私はキーランの王女、と表情筋に気合いを入れてその瞳を見つめ返した。


 悔しいけれど、やっぱり格好いい。

 いや、今回はその見た目に惑わされないと決めているのだ。頑張れ、冷静沈着な私。

 

「ありがとうございます」


 カーテシーで挨拶をする私を優しく見下ろす視線を感じる。前回との違いに頭は混乱し、妙な汗が額に浮かぶ。


「長旅でお疲れでしょう。夕方には貴女をお披露目するパーティーがありますが、それまではゆっくり休んでください。部屋に案内いたしましょう」


 薔薇の花束を渡され、立ち尽くす私の前にアルフレッド様は、腕を突きだしてくれた。おずおずとその腕に手をかけると、私を気遣う早さでゆっくりと部屋までエスコートしてくれた。


 ……以前は公務があるって言っていませんでしたか?


 なんてもちろん聞ける訳もなく、その横顔に目線だけで問いかけた。


 ――ほんと、あなた誰ですか――




 見慣れた部屋。見慣れたソファに、カーテン。奥の扉を開けば、これまた見知った寝室だ。私は記憶より少しばかり新しいソファにとりあえず腰をおろし、用意されたお茶を口に運んだ。


 お茶を飲んだぐらいで落ち着くような混乱ではないけれど。


 ニーナは用意されていた翡翠の花瓶に、真っ赤な薔薇を飾っている。


「アルフレッド様はゆっくりと仰っていましたが、お披露目パーティーまでそう時間はありません。お茶を飲んだら湯浴みをして用意をいたしましょう」


 優秀な侍女は手際がよい。薔薇を飾ったあとは湯浴みの準備を始めた。


 私は琥珀色の紅茶を見つめながら、前回の人生を思いだそうと頑張ってみる。

 

でも、それらはまだまだ朧げで、少しずつ記憶が戻ってきてはいるけれど、霧の中から時折姿を見せる程度で、なんとも頼りない。


 ため息をひとつ吐き、私はパーティーの支度にとりかかることにした。



 

 このために用意したのはアルフレッド様の瞳の色と同じ紫色のドレス。幾重にも重なったフリルが歩くたびにふわりと揺れる。

 

 そして私を部屋まで迎えに来てくれたアルフレッド様の装いは、私の瞳の色より少し濃い目の覚めるようなブルーの上下に、胸ポケットのチーフは蜂蜜色のポケットチーフ。前回と同じ服装なのに、その上にあるお顔は眩しそうに私を見つめてくる。


 ちなみに、前回は迎えに来てくれず、会場前の扉の前で私を待っていた。


 整ったお顔はやはり眩しい!

 何、そのキラキラした笑顔。

 ……思わず冷ややかな視線を送ってしまう。


 そんな私にニーナが慌てて走り寄ってきた。


「シャルロット様? どうかされたのですか?」

「大丈夫よ。ちょっと疲れてるだけ」


 目頭を押さえた私にニーナは耳元で囁いてきた。


「それなら良いのですが、……あの、シャルロット様先程すごい目でアルフレッド様を見てましたよ」


 うっ、確かに。

 扉前のアルフレッド様の頬がちょっと引き攣っている。これはいけないと、ほっぺをむにむにとマッサージをして、王女の笑みを貼り付けた。


 だって、前回の冷たい態度とか。

 もしかしたら私の命を奪った可能性もある訳でしょう。ついつい、そんな目で見てしまってもそれは仕方ないんじゃない? と声に出さずにぼやく。


 そんな私の背中をニーナが軽く押す。そして、そのまま扉の前にポツンと佇むアルフレッドの前に連れて行かれた。


 私が目の前までくると、アルフレッド様は少し照れ臭そうに視線を泳がせた。そして、微かに頬を赤らめると優しい笑みを浮かべる。

 

「とても似合っている。綺麗だ。」

「……………………はぁ」


 聞き間違いではないですよね。

 私、褒められました。

 いや、当たり前の社交辞令なのだけれど。

 

 前回はそれすらなかったので、一瞬頭が真っ白になって、返答までたっぷり三十秒もかかってしまった。いえ、まともな返答すら出来ていない……気がする。


 信じられないとその顔をまじまじと眺めると、アルフレッド様はまるで見つめられるのが耐え切れないように、ふと視線を逸された。

 その時、黒髪の隙間から耳が真っ赤に見えた気がしたけれども、きっと見間違いだと思う。そう思うことにする。


 アルフレッド様は体裁を整えるようにこほん、と軽く咳払いをすると、気を取り直したようにその右手を私に出してきた。


「では、行こう」


 アルフレッドが出した手に戸惑いながら自分の手を重ねた。


 長い廊下を進む間も、アルフレッドは「気負うことはない」とか「側にいるので安心して欲しい」とか何かと気にかけ優しく接してくれる。


「今夜はシャルロットを知ってもらうためのお披露目パーティーだ。婚約パーティーのような堅苦しいものではないので、気楽にしてくれ」


 正式な婚約パーティーは結局開かれなかった。その前に私は殺されたのだ。


「父は体調が悪く今回は欠席するが、折をみて必ず紹介する」


 国王に会ったのは数回。どれも挨拶を交わしただけで食事を一緒にした事はない。隣国の王女に対して有り得ない対応だけれど、その辺りが私が殺されたことに関係あるかも知れない。


 そんな話をしているうちに、大きな扉の前までやってきた。私は顔に笑顔を貼り付け、気合いをいれてその扉を見上げた。 

 

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