16.婚約の理由
◾️◾️◾️◾️ アルフレッド目線
○○○○ シャルロット目線
◾️◾️◾️◾️
「お待ちください。国王にあまり進言されては、いくらアルフレッド様とはいえ反感を買うやもしれません」
「だからなんだと言うんだ」
苛立ちを隠すこともせず、足音を立てて長い廊下を歩き、部屋の扉を勢いよく開ける。あまりに勢いが強かったのか、机の上の書類が数枚風に舞ったかのように飛び床に落ちた。
それらを拾うザイルを横目に長椅子にどさっと腰を下ろし足を組む。
「お前はおかしいとは思わないのか? どうして金が密輸などされるのだ。それに、なぜ犯人が捕まらない」
シャルロットの話では、酒場の厨房で話されていたのは何かの密輸の話だったらしい。朝から船着場と街の周辺を探させると金塊と、怪しい舟がすぐに見つかった。しかし、あれから半月も経つのに、未だに犯人が見つからない。
「お気持ちは分かります。ですが、アルフレッド様自らが探されるのは……どうか警邏の者に任せてください。近衛大将のルーベル様もご尽力頂けるようですし」
「……もういい。一人になりたいから出て行け」
八つ当たりなのは分かっているが、苛立ち混じりの怒声をあげてザイルを追い出し深いため息をつく。
シャルロットには黙っているが、ガンダリアでは最近になって金山が見つかった。そしてその山はキーランとの国境にまたがるようしてそびえたっていた。
ガンダリアはその南にあるブグドアとの間にも鉱山を持っており、毎年採掘する石炭の量について協定書を結んでいるのだが、独占出来なかった事に不満を持つ重鎮達が少なからず存在する。
今回、彼らが金山の独占を強く主張した。金を売り軍事力をあげて、金山だけでなく肥沃な土地を持つキーランそのものを手に入れようと画策し始めた。
シャルロットとの婚約は、相手を油断させ、軍の準備が整うまでの時間稼ぎを目的としていた。戦争が始まったらシャルロットは人質として幽閉されることが決まっている。それだけはどうしても避けたい。
俺は金山の存在を明らかにして、シャルロットを守る。そのためには重鎮を説得しなくてはいけないし、説得するだけの材料が必要になる。
そして、苛ついている原因は一つではない。祭りの次の日、この部屋の机にいつものように座って書類に手を伸ばそうとして気づいた。
(誰かが書類に触れている)
一見無動作に置かれたように見える書類だが、置く場所は机の両端から指何本分か、その角度、枚数すべて確認してから部屋を出るようにしている。それが僅かだがずれていたのだ。部屋には鍵をかけており、勿論窓も開いていない。
(目的は何だ?)
それにしても、前回になかったことばかり、なぜこうも起きるのだろう。シャルロットの自分に対する態度も傷も密輸も、もういい加減にしてもらいたい。
いや、自分の行動が変わったから、周りも変わってきているのか?
もし、そうだとしてもシャルロットを守る事だけは必ずやりとげなくてはいけない。
○○○○
あれから、アルフレッド様は少なくとも日に二回部屋を訪れるようになった。一度目は朝食を食べに、二度目は回復魔法を受けるために。
傷の色は日に日に薄くなっているけれど、衣服にすれると痛いらしい。部屋には湯に浸かってから来てもらい、手当が終えたら新しい包帯に替えることにしている。
傷を負った日は必死だったけれど、改めて湯上がりの肌に手をあてるのは何度やっても恥ずかしい。当の本人は気にすることなく上着を脱いで背を向けるけれど、こちらとしては早鐘のように打つ胸の音を聞かれないかと、ヒヤヒヤしてしまう。
長椅子に並ぶように座り、意識を指先に集中すると手が熱くなっていく。もう何度も繰り返すうちにコツも掴めてきた。
包帯を巻く時、温かな皮膚の感触が伝わって、また胸の鼓動が早くなる。
「シャルロットは手際が良いな。誰に教わったんだ」
「乳母が医療の心得のある人だったんです。身近にいつも包帯や薬があって、乳母の身体を借りて、服の上からぐるぐるに包帯を巻いたりして医師の真似事をして遊んでいたのです」
「それは……変わった遊びだな……。ところで、どうしていつも手当を……その、寝室でするんだ?」
「ニーナには、まだ私が回復魔法を使えるようになった事を伝えていないのです。それに、アルフレッド様が傷を内緒にしておきたいとのことでしたので、そのことをニーナに言うと、念の為奥の部屋を使ってはと教えてくれましたから」
ニーナはアルフレッド様の傷を単なる火傷と思っていて、今は入り口に近い部屋で、急な客人が来た時の為に待機している。
でも、こんな時間に誰も来ないと思うのだけど。
しかも、いつもにこりと微笑みながらパタンと扉を閉めていく。
なんなら、その唇が「ごゆっくり」と動いているようにさえ見える。
「どうしてザイルに内緒にするのですか?」
普通の人の目には火傷に見えるので、そう言えばよいと思うのだけれど……
「心配するだろう?」
「お忍びの外出を禁止されるからではなくて?」
「うっ……まあ、……いろいろ面倒だという事だな」
いつもは背を向けたまま、こちらを見ずに黙っているのに今日は珍しく話しかけてきた。何気なくその顔を後ろから覗き込むようにを見上げると……
「……あの、お顔が赤いのですが、風邪を引かれていませんか?」
アルフレッド様の身体に水をかけたのはもう半月も前で、今更その事が原因とは考えられないけれど、ガンダリアの夏の夜はキーランより冷える。
火傷をさせた上に、この上風邪までひかれてはと、先程よりずいっと顔を近づけて見上げると、みるみる間に……
「どんどん赤くなっていますよ! 大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、大丈夫だ。大丈夫だから少し離れてくれないか?」
言われた通りに離れて見るけれど、長椅子に座っていたのでは離れても高が知れている。もう一脚椅子を持ってこようかと考えていると、片手で頬と口を押さえたアルフレッド様と目が合った。
「……どうしていつも、そのような服装なのだ」
「どうしてと言われましても……」
突然何を言い出すのかと、首を傾げる。
アルフレッド様は、いつも夜遅くまで仕事をしていて、薬を塗る前に湯も浴びてくるので、部屋を訪ねてきた時には深夜になっている事も少なくない。
当然、迎えるこちらとしても治療を終えたらさっさと寝たいので、湯を浴びてナイトドレスに着替えて待つ事になる。
「アルフレッド様がお帰りになったら、私もすぐに寝ますし……」
「普段の服と随分雰囲気が違わないか?」
それは私も気になっていた。
昼間着ている服は、自分で選んだものだけれど、今着ているのは選んだ覚えがない。よく分からないけれど、いつの間にかクローゼットにあってニーナに手渡されたので着ているのだけれど、
「やっぱり、そう思いますよね」
キーランでは、胸の膨らみをあえて抑えるような下着をつけた後、襟元が詰まったドレスを着るのに対し、ガンダリアでは胸を持ち上げるようにコルセットをつけ、大きく胸元や時には肩まで出すようなドレスが流行っている。ナイトドレスはコルセットこそ付けないけれど、ガンダリアのデザインのように見える。
生地は柔らかく薄い上質シルク。さらりと身体に馴染み肌触りがよい。シルクは綿と違って身体のラインを拾いやすいのが少し恥ずかしいけれど、風通しがよくて涼しい。
夏のナイトドレスだからだろうか、首周りは大きく開き、ノースリーブの袖口には可愛らしいフリルが付いている。胸元から裾にかけて貝殻でできたボタンが付いているので脱ぎ着も楽ちんだ。
「この国の流行りかと思ったのですが、似合いませんか?」
胸元についたリボンに手を掛けながら上目遣いで聞いてみた。初めて着るデザインだけれど涼しくて気に入っている。だから似合わないと言われたら少し悲しい。
「い、いや、……似合っていると思う。多分……」
「多分、ですか……って、こちらを見てないですよね? ちゃんと見てください」
「えっ、いや、見なくてもわかる。似合っている」
見なければ分からないだろうと、疑わし気な目で、その横顔をじろりと睨むけれど、こちらを見ないので気づきそうにない。
窓の外を見るアルフレッド様の顔は先程より赤く薄っすらと額に汗をかいてる。心配になって指先で頬に触れると体温も上がっている気がするの。
やっぱり風邪かもしれない。
「やはり体調が優れないのではないですか? 急いで手当を終えます」
「……そういう訳ではないのだが、うん、そうだな。急いで貰った方が双方のためかも知れない」
……双方のため?
よく分からない。
とりあえず、できるだけ手早く包帯を巻こう。
早く帰って貰った方がいいみたいだ。
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