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15.いざ城外へ 5

暴力表現があります


 小柄な男がいやらしい笑みを浮かべながら扉を開けた瞬間、ガツっという音がして倒れ込んだ。髪を掴まれたまま目だけそちらを向くと、氷のような表情を浮かべたアルフレッド様がいる。先程、広場で見せたような怒りの表情よりも、冷たくぞっとする顔だった。熱い炎は赤ではなく青い色をしている、そんな言葉がなぜか頭をよぎった。


「誰だ? お前」


 腹の出た男が掴みかかろうとするが、その前にアルフレッド様の足が男の腹に入り、ゔっという鈍い言葉と一緒に男が崩れ落ちる。


 髪を離される感覚と一緒に足音が響き、今度は髭面の男がアルフレッド様に殴りかかっていく。その腕を避けながら、アルフレッド様も拳を振るうが、その前に鈍い音がして膝を突いてしまった。男の足が鳩尾に入ったのだ。


 二人はより広い台所の方に転がり込むよう移動して行く。


 アルフレッド様が蹴り上げた足を男がよけ、そのまま顔を殴ろうとする。それをぎりぎりで躱わすと男の腹に拳がめり込んだ。


 強い。でも相手は三人もいる。助けを呼ばなくては、と思い小部屋を出て調理場を抜け廊下に出ようとする。その時、先程殴られた小柄な男が、湯が張られた鍋に懐から出した紫色の玉を入れるのが目の端に映った。

 途端に鍋の中から紫煙が上がり、異臭が鼻をつく。


 先程のは魔具?

 どうして街の人間がそんなものを持っているの?


 魔具は呪詛的な物が込められた道具で、例えば普通の水を劇薬に変えることができ、これによって受けた怪我は回復魔法が効きづらい。作れる人間は極少数で、魔具の製造そのものが禁止されている。


 小柄な男は鍋を両手で抱えると、アルフレッド様めがけて落とそうとする。


「危ない」


 気が付けば身体が動いていた。小柄な男に体当たりすると、バランスを崩したようでよろけ、鍋が転がり落ちた。でも、直撃は避けられたもののアルフレッド様の左肩から腕にかけて鍋の中身がかかってしまった。


「逃げろ!」


 痛みに耐えながらアルフレッド様が叫ぶのを無視して、私は落ちた鍋を拾い上げた。それをシンクに思いっきり打ちつける。激しい音が厨房だけでなく外にまで響き渡ると、こちらに向かってくる人の声と足音が聞こえてきた。


 三人の男はその足音を聞いて慌てて逃げ出していった。


「シャルロット、俺達も行くぞ」


 そう言ってアルフレッド様は私の手を取ってまっすぐ裏口へと向かって行った。


「待って、アルフレッド様、手当をしなきゃ。……あそこ、あそこに井戸があるから」


 おそらく、馬屋の近くだろう。小さな井戸を見つけ、半ば強引にアルフレッド様を連れて行く。何度かつるべを手からすり抜けさせながら、やっとの思いで井戸から水をくみあげると


「水をかけます!」


 少しでも洗い流そうと、桶いっぱいの水を服の上からかけ続ける。つるべを垂らし引き上げるのを数度繰り返したところで手を掴まれた。見れば、苦痛に顔を歪ませながらも、心配そうな眼差しでこちらを見るアルフレッド様の紫の瞳と目が合った。


「シャルロットの手にもかかっている。俺の事はよいから自分の手当をしろ」

「これぐらい大したことありません。それより、服を脱いでください。皮膚の状態を見ます」


「傷痕が残る」

「その言葉、そのままお返しします」


 半ば強引にアルフレッド様の服を脱がしてみると、肩から左肘にかけて紫黒に腫れ上がっていた。


 私に出来るだろか、そんな不安が胸をよぎったけれど、


(やるしかない!)


 両手を傷口にあてて、指先に意識を集中する。微かに暖かみを感じた瞬間、掌全体が熱くなり輝きだした。その光はこの前のものとは比べものにならない程明るく、目を見開きこちらを見ているアルフレッド様の顔を照らしている。


 焼け爛れ、腫れ上がっていた腕の皮膚が少しづつ再生を始めるのを、アルフレッド様と一緒に呆然と見つめる。光は腫れがひいたころからだんだんと弱まり、紫色のあざを残して消えてしまった。


(まだ治っていない! もう少し、お願い光って!!)


 何度も指先に集中して、光を出そうとしている私の手にアルフレッド様の手が重ねられた。


「シャルロットは回復魔法が使えるのか?」


「……分かりません」


 アルフレッド様の顔は青白く、痛みに堪えているのだろう、唇を噛み額に汗を浮かべている。


「………最近使えるようになりました」

「子供の頃からではなくて?」


 小さく頷く私を見たあと、アルフレッド様は私の手に触れた。手の甲には丸い一センチぐらいの大きさの紫色のアザができていた。


「自分では治せないんだよな」

「はい」


 先程より辛そうに眉間に皺を寄せる。


 もとはと言えば、私が逃げるための馬を探しに行ったから。

 それなのに、アルフレッド様は私を助けてくれた。


「申し訳ありません」

「気にするな」

「必ず私が治します」


 顔をあげた私の顔を、アルフレッド様がはっと息を飲んで見返してくる。


「どうかしましたか?」


 そう問いかけた時、自分の頬を伝う涙が指先に落ち、初めて泣いていることに気が付いた。


 長い指が私の頬に伸びて、涙をすくいあげる。そんな事してもらう価値なんて私にはないはずなのに。なんども、なんども、困ったような表情を浮かべて拭ってもすぐに溢れてくる涙を拭い続けてくれた。慈しむように見つめる紫色の瞳は、息が止まるかと思うほど美しかった。


 バン!!


 と突然破裂音がした。ビクッと身体をさせると同時に辺りが明るくなる。


「花火だ」


 その声で見上げると、夜空に大きな華が咲いていた。その華はチリチリとゆっくりと落ち消えていく。するとまた破裂音がして新しい華が夜空を彩った。


「綺麗です」

「あぁ。そうだな」


 私は先程買った刺しゅう入りのハンカチをアルフレッド様に渡した。身体を拭くのにハンカチでは足りないかもしれないけれど、それしかないので仕方ない。アルフレッド様はハンカチで身体を拭くと、上着を羽織った。


 そうしている間にも、花火は次々と打ち上げられていく。


 アルフレッド様の手が私の手に触れた。

 指を絡ませるようにして手が繋がれる。

 繋がれた指先からぬくもりが伝わってくる。


 私達は黙って、井戸の横に座って花火を見上げ続けた。




 花火を最後まで見終えると、その場を離れ大通りにでて馬車を拾ってお城まで帰った。


 アルフレッド様がザイルに傷を負った事を黙っていて欲しいと言うので、とりあえず自室に連れて帰る。ニーナは帰ってきた私達を見て驚いた顔をしたけれど、アルフレッド様の傷跡を見ると、慌てて包帯を用意して私に渡してきた。


(わたくし)は、アルフレッド様の部屋からお着替えを取ってきます。手当をお願いいたします」

「ありがとう。ザイルに見つからないように気をつけてね」

「大丈夫、誰にも見つかりませんから」


 ニーナはそう言うと扉からするりと出て行った。


「申し訳ありません。私があんな場所に出くわしたばかりに」


 夕方の怪我の比ではない傷に、包帯を巻きながら再び謝る。アルフレッド様は、気にするなと言ったあと躊躇いがちに口を開いた。


「回復魔法を使えることを知っている者は他にいるか」

「……いいえ。まだ、使い方もよく分かりませんし、そのうち使えなくなるかも知れませんから」


 カインの事を話すと、物置小屋を漁っていた話もしなくてはいけないので、黙っておこうと思った。


「分かった。では、俺も黙っておこう。それから魔具の件だが……」

「初めて見ました。ガンダリアにあれを作れる人は何人いるのですか?」

「三人だ。三人とも爵位ある者で法を犯して製造するとは考えにくい」


 そんな珍しい物をどうして彼らは持っていたのか、アルフレッド様も気になるようで、顎に指をあて思案している。

 こんな時だけれど、月明かりに照らされた真剣な表情は彫刻のように美しく見えた。


 私も魔具の出どころは気になるけれど、それより肩の傷口の方が今は心配だ。


「傷口が紫に変色していますが、痛みはひきましたでしょうか」


 私の問いかけにアルフレッド様が小首を傾げる。


「紫? 火傷のあとのように赤くなっているだけだが……紫に見えるのか?」


 見える。どう見ても見える。


「……回復魔法の力が強い者は魔具で傷つけられた場所が色で分かると聞いたことがあるが……紫に見えるのか」


 二人して、自然と私の手に視線がいく。


 カインの怪我を数秒で治し、魔具で傷ついたアルフレッド様の肩は完治とまではいかなくても動かせる程度には治している。しかも力はどんどん強くなっていってる――


 私たちは暫く掌を見続けてた。


いざ城外へ、はここまでです。


いつも読んで頂きありがとうございます。

次話が気になった方、少しでも面白いと思ってくださった方、⭐︎、いいね、ブックマークお願いします。

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