13.いざ城外へ 3
ドレスと宝石の注文を終え、満足気な様子のアルフレッド様とまた馬車に乗り、今度こそ広場に向かい始めた。
「アルフレッド様、行きとは違う景色を見たいのですがよろしいでしょうか。出来れば街中以外も見てみたいです」
「分かった。それなら川を遡るようにして南に向かおう。ガンダリアでは数少ない平地で小麦畑が広がる長閑な場所だ」
笑顔で承諾して、御者に指示しているアルフレッド様に、これまた罪悪感を感じる。本音は城の外に出る機会はそうそうないので、できるだけ沢山の道を覚えておきたい、なのだけれどもちろん言えるはずがない。
……先程は、思わず紫色の宝石を選んでしまった。前回の人生の事を思うと複雑な気持ちは十分にあったけれども、手が、口が勝手に動いてしまっていた。どうしてそんな事をしてしまったのか自分でもよく分からない。
胸の中の複雑な気持ちに蓋をするように、目の前の景色に集中する。川沿いには穀物畑が広がり、まばらに民家が立っている。大きな店はもちろん、小さな商店もない人通りが少ない道だ。夜なら真っ暗になるだろうから闇夜に隠れて移動できるな、と考えながら眺めていると、馬が数頭見えてきた。
「アルフレッド様、あれは牧場ですか? 少し狭いように思うのでですが」
「あぁ、あれは宿駅だ。旅人に馬や馬車、御者を貸していて、後にある大きな建物が宿で周りには食い物屋や酒場がある」
馬を借りて逃げる事も出来ると、とりあえず記憶に留めておこう。剣は振れないけれど私もニーナも乗馬は得意だ。
川沿いの宿駅を右に曲がると急に賑やかな大通りに出て、そこで馬車は止められた。想像していた以上に人も露店も多く活気がある。街も綺麗で人々も清潔な衣服を纏っているので、国が十分に潤っているのがよく分かる。
「俺の名は知られているから、今からはアルと呼んでくれ。敬称もなしで話し方も砕けたものでよい」
「分かりました、アル」
「あぁ、それで良い」
何やら満足気に微笑むアルフレッド様の後をついて、露店を覗きながら歩いていると、ニーナが喜びそうなスカーフを見つけた。思わず手に取ってみるとなかなか良い生地を使っていて、他にも金や銀のアクセサリーも所狭しと並んでいる。勿論、先程見た宝石商の物より質は落ちるけれど、細かな細工からこの国の職人の腕の良さが窺われた。
「ガンダリアでは鉱物が採れると聞いていましたが、金も採れるのですか?」
何気なく聞いた私の質問に、一瞬言葉に詰まったあと、どうしてそう思うのか、と何やら訝しげに問いかけてくる。
「このような露店にも多くの金細工が出ています。混ざり物も入っているようですが、細かな細工からこの国の職人の腕の良さが窺われます。これだけの量と品質が揃っているのは国内に金が多いからではないでしょうか」
「……そうだな。貿易を主として成り立っているので、他国よりは金は多いだろうが、……あいにく金山はまだ見つかっていない」
確かに、ガンダリアから金が出たと言う話は聞いたことはないけれど、アルフレッド様の表情に何かが引っかかるような気がした。
露店は多く種類も豊富だった。異国の可愛い髪飾りや靴、それに化粧品。他にもアンティークな骨董品や本を売っている店もある。でも一番多いのは食べ物を売っている店だった。色鮮やかなジュースやソーセージ。小さくカットしたみずみずしい果物は串にささって売られていた。
食べたい。
そう思いながら、横目で見て通り過ぎる。
キーランでも時折お祭りに行ったことはある。でも、歩きながら食べてはいけません、と言われて屋台の食べ物を口にしたことはない。同じ王族であるアルフレッド様もきっとそうだろうと、ここは我慢をすることにした。
細かな刺繍がきれいなハンカチと、レース編みのリボンを買って気が付けば夕方になっていた。
昼間から呑んで騒いでいたのだろうか。かなり酔っている人の姿もあちこちに見える。
ぶつからないように気をつけて広場の中央まで向かうと曲芸が行われていた。大きなボールに乗りながら、手の中から次々と鳩や花が出てくる様子に思わず気を取られて見入ってしまった。
すると、いきなり現れた男に肩を掴まれ、帽子を取られてしまった。パサリと蜂蜜のようなブロンドの髪が肩にかかる。慌てて隣にいたはずのアルフレッド様を探すけれども姿が見えない。どうやらいつの間にか逸れてしまったみたいだった。
「お嬢ちゃん、一人かい? 向こうで俺達と飲まないか?」
「まだまだ酒はあるんだ、さあ行こう」
男がもう一人現れた。後から来た男は私の腰に手を回してくる。その酒と汗の匂いに、背中に寒気がぞぞっと走る。
「いえ、結構ですので離して頂けますか?」
身体を捻り男達の腕から逃れようとするけれど、さらに肩を強く抱かれ余計に身動きができなくなった。腰に触れていた手が下に降りてきているのに気づき、悲鳴をあげようとしたその時、男の手が離れうめき声が聞こえてきた。
「何をやっている」
低い怒声が聞こえたと思ったら、男が返事をする前に殴り飛ばされていた。慌てて振り向くと怒りを露わにしたアルフレッド様が立っていて、その右手に血が滲んでいた。
「大丈夫か?」
「はい、あの、アルフレッド様、手から血が出ています。手を見せてください」
慌てて手を見ようとする私を背に回し、もう一人の男と向かい合うが。でも、その背後から仲間らしき数人がこちらに向かって来るのが見えた。
「アルフ…アル、逃げましょう。騒ぎを起こすわけにはいかないわ」
「いや、こいつはお前に触れていたんだぞ。こいつだけでも殴らなければ気が済まない」
「私はいいですから。早く、人が集まってしまいます」
歯を剥き出しにして、相手の男を睨みつけるアルフレッド様の右腕を掴んで、来る時に見た宿駅の方へ向かって走る。何人かとぶつかり転びそうになった私を、アルフレッド様はいつの間にか庇う様にして走ってくれ、人混みを抜けた所でやっと立ち止まった。
「手を、……手当てさせてください」
「すまない、俺が目を離したばかりに怖い思いをさせた」
「いえ、私が勝手にはぐれたのです。それより他にお怪我はありませんか」
半ば強引にその手を掴み見ると、殴った時に相手の歯で切ったのだろう血が薄っすらとにじんでいた。ハンカチを出してその血を拭ったあと、手にきつく巻いていく。
頭を撫でられる感触に思わず顔を上げると、優しく微笑む紫の瞳と目が合った。
「そんなに気にするな。これぐらい大した事ない」
まるで愛しいものを見つめるようなその顔に、先程までの恐怖が消えていくのを感じ、自分の表情が緩むのが分かった。そのまま手が髪を伝い、頭をそっとその胸元に引き寄せられようとした時、
ぐぅぅーー
まるでタイミングを見計らったようにお腹が鳴った。あまりの恥ずかしさに動けない私から、アルフレッド様の手が離れたので、上目遣いで見てみると、口もとを隠し腹を抱え声を抑えて笑っていた。
「声、出していいですよ……」
「い、いや、……ははっはっ……だ、大丈夫だ。おれも腹が減った。あんな店しかないが、たっ、食べるか」
「……食べます」
半分やけになって答える私を見て、今度は口を開け声をあげて笑い出した。
それは、私の二度目の人生で初めて見た表情の中でも、一番心に残るものだった。
読んで頂きありがとうございます!
ブックマーク、いいね、☆ありがとうございます。励みになります!
城外へ、はもう少し続きます。
少しでも興味持って頂けましたら、ブックマークお願いします!