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10.庭 3


 散らかった道具を箱に詰め直すと、カインは梯子も使わずにそれを軽々と棚の上に持ち上げた。身長はニメートル近くあり、とても体格にも恵まれている。


「あの、ところでどうしてこんな場所にいたのですか?」


 ……その疑問、忘れて欲しかった。


「アルフレッド様と庭を散歩していたのですが、お仕事があるとかで途中でお城に戻られたのです。ですから、一人で歩いていたのですが、こちらに迷い込んでしまって」


 うん、だいたい本当の事だ。

 にこりと、淑女の笑みを浮かべるそれ以上追求されることはない。


「そうだったのですか。でしたら私がお城まで送り届けます」

「……大丈夫です。道のあるところまで送っていただければ。もう少し見て周りたいですし」

「分かりました。ではそこまで」


 せっかくなので、まだお庭を見たい。送り届けて貰うわけにはいかないので、ひとまず庭の中央あたりに連れて行って貰うことにした。


 カインは、私をお城が見える場所にまで連れて行くと、丁寧に礼をして立ち去って行った。私はその大きな背中を見送ってから、くるりと一周見わたす。


 塀はこまめに修復されているようで、凹凸やひび割れ一つなかった。すべてを見たわけではないけれど、おそらく塀を超えるのは無理だな、と諦める。


 そうなると、次に思い浮かぶのは抜け穴だ。昔、子供の頃に読んだ小さな冒険者が主人公の本。あの本の中で、主人公は宝を探しに古城や寺院に忍びこんでいた。大抵、そういう場所には抜け穴がある。

 これは物語の話だけでなく、キーランの城にも裏の教会へと繋がる秘密の通路はある。だからきっと、このお城にもあるはず。


 怪しいのは、古井戸の中とか、建物の裏とか、大木の根本とか。とりあえず人があまり立ち寄りそうもないところをしらみ潰しに探していこう。 


 私はまたも道を外れ、庭の隅へと向かって行った。




 お城の庭は広い。木が立ち並ぶ林のような場所もあれば、兵舎の近くには井戸もある。枯葉を踏み分け、時には井戸に落っこちそうになりながら探してみた。でも見つからない。


 そもそも庭が広すぎるから一日で探そうと思う方が無理だと思った時には、もうとっくにお昼を過ぎていた。


 すぐ目の前にベンチがあったので、とりあえずそこに腰掛ける。薄っすら額に滲んだ汗をもう一枚のハンカチで拭った後、自分の手を見つめる。


 どうして回復魔法が使えるのだろう。


 できればもう一度使ってみたいけれど、そのためには怪我人を探さなくてはいけない。回復魔法はかけている本人には効かないので、ナイフで腕を切って確かめる、なんてこともできない。


 どうしようかと悩んでいたら、視界の端に赤いひらひらが見えてきた。


 いやな予感しかしない。

 どうしてあの人はいつも同じ色のドレスを着ているのだろう。


「シャルロット様、こちらにいらしたのですか? ずっとお一人で」

「……はい」


 面倒だからそういうことにしておこう。


「何か御用ですか?」

「いえ、お一人でお可哀そうなので私でよければ話し相手にと」


 勝手に隣に腰をかけてくる。


「私、小さい時からアルフレッド様と一緒に過ごしてきましたから、彼のことなら何でも知っているんです」


 勝ち誇ったような笑顔で、これまた勝手に子供の頃の話をあれこれと話し始めたので、庭の景色を見ながらふわっと聞き流すことにする。


(お腹すいたなぁ)


「……そうですねぇ、あれは七歳の時かしら、アルフレッド様が机の角で頭をぶつけられて血が出たことがあったのですが、私が回復魔法で……」


 回復魔法!


 その言葉に耳がピクリと動く。


 そうだ、クローディアは回復魔法が使えるんだ! これはいい機会ではないだろうか。


「……シャルロット様? 聞いていますか?」

「ごめんなさい、ちょっと聞いていませんでした」

「はっ?」

「それより……」

「それよりって、あなたねぇ……」


 身体ごとクローディアを向いて身を乗り出す。


「回復魔法について教えて頂けませんか?」


 私の質問に、緑の瞳をパチクリとさせた後、こんなにおかしいことはないと笑い始めた。


「シャルロット様、回復魔法は生まれ持ってのもの。教えられてできる訳ではありません。そんなにしてまでアルフレッド様の婚約者でいたいなんて、本当お可哀想……」

「違う違う、そうじゃなくて」

「違うんですか?」

「回復魔法を使う時って手が光るじゃないですか? あの時、どんな感じがするんですか?」


 クローディアはなんでそんな質問をするのだと言わんばかりに眉間に皺をよせ怪訝な顔をしたけれども、すぐに自慢気に饒舌に話し始めた。


「指先の体温が少し上がり、そのうち手のひら全体が暖かくなります」

「熱くなったりは?」

「いいえ、暖かいぐらいです」


 この辺りの感覚は人それぞれなのかも知れない。

 それなら、


「例えば、肩から腕にかけて、長さ二十センチ、深さ五センチぐらいの傷があったとして」

「随分具体的ですね」

「……例えばですよ。治すのにどれぐらい時間がかかりますか?」


「そうね、……五分ぐらいかしら」


 さばを読んでいるとして十分といったところだろうか。


「それは、普通の方よりは……」

「勿論早いわ。通常なら二十分はかかるんじゃない?」


 横顔がとても得意気だ。そして、これでもかというぐらい憐れみの表情を浮かべ私を見てきた。


「アルフレッド様が貴女を気遣われているのは婚約者だからであって、愛しているわけではないのですよ。せめて私のように回復魔法が使えればよろしいのでしょうが」


 セリフのあとに、お可哀そうに、という言葉が聞こえてくる。そして、さすがにここまで露骨な態度をとられれば嫌でもわかってしまう。


 私は冷遇されて殺された。ではそのあとは? 


 多分クローディアがアルフレッド様の婚約者になるのだろう。全ては初めから計画されていた。


 ガンダリア国王が私とアルフレッド様を婚約させたのは何のために? どうして私は冷遇されたの? どうして殺されたの?


 そして、謎はもう一つ増えた。どうして私は再びこの場所に戻ってきたのだろう。しかも、回復魔法まで使えるようになって。


 このループの本当の意味。何のために私は戻ってきたの?


 急に黙り込んだ私の姿を落ち込んだからだと思ったようだ。クローディアは満足気な表情を浮かべて立ち去っていった。


 残された私は、雲一つない空を見ながらため息をついた。

 

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[一言] ありゃ…規格外ですね(笑)
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