1.アルフレッドの決意
「アルフレッド様、ご婚約おめでとうございます」
朝からもう何十回目かになる言葉をかけられ、その度に笑顔で返す。今日は、この国ガンダリアに隣国から婚約者であるシャルロットが来る日だった。これが双方の国の利になる政略結婚だと信じて。
そして、俺が彼女を迎えるのはこれで二度目だ。
彼女は一度俺の腕の中で死んだ。
今朝、全身に汗を掻きながら飛び起き、さらに混乱した。俺は胸に剣が刺さったシャルロットを抱き抱えていたはず。それなのに、なぜ寝室にいる?
慌てて寝着で部屋から飛び出そうとしたら侍女に引き止められた。その侍女から聞き出したところによると、どうやら俺はシャルロットが城に来た日に舞い戻ってきたようだ。
痛む頭を抱えながら、記憶を手繰り寄せる。
覚えているのはシャルロットの死ぬ間際の記憶だ。
シャルロットは胸から血を流し、ぐったりとしていた。胸には短刀がささり、いつも薔薇色のような頬は白く、唇の端から一筋血を流していた。俺は涙で霞む視界の中、今まで触れたくても触れられなかった頬に触れた。彼女は薄っすらと目を開けたが、俺の姿が見えているか分からなかった。
「すまない。守ってやれなかった」
その言葉に彼女が僅かに反応した。それが最後だった。
もう動かなくなった彼女の身体を抱き締め、激しく後悔した。例え、王の命令だったとしても、自分の気持ちを抑え、彼女を冷遇してきたことを。
「目を開けてくれ」
「俺はまだ何も伝えられていない」
そう嗚咽混じりに叫んだ時、突然霧に覆われ、気づいた時には今朝に戻っていた。
何がどうなったか分からない。
それでも俺は決めた。
彼女の命を守ること
彼女を愛すること
目の前に止まった馬車を見ながら、俺はそれを再び決意した。
馬車から降りてきたシャルロットが、あまりにも記憶の中と一緒だったので、思わず頬が緩む。
透き通るような白い肌に、大きく形の良い瞳は深い海のような青色をしていて、聡明な思慮深さを感じさせる。金色の髪は緩く巻かれ光に輝いて、白い肌に所々影を落としていた。
年は一つ下の十七歳と聞いているが、知的な目と凛とした佇まいは、こちらを気後れさせる程の美しさを漂わせていた。
一度目と同じように、思わずその美しさに気圧され息が止まる。分からぬよう静かに瞼を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして、平静な顔を作り彼女の前に出ると、小柄な彼女がこちらを見上げてきた。
「お待ちしておりました。シャルロット嬢」
「…………」
そう言って微笑みかけたのだが、明らかに様子がおかしい。一瞬だが眉に皺を寄せ怪訝な表情をした。しかし、すぐに唇の端をあげると
「ありがとうございます」
カーテシーで丁寧な挨拶してくれた。
先程の表情は何だったんだ?
俺の見間違いか?
「長旅でお疲れでしょう。夕方には貴女をお披露目するパーティーがありますが、それまではゆっくり休んでください。部屋に案内いたしましょう」
俺が腕を差し出すと、おずおずとその細い指を腕に乗せた。羽のような軽さに思わず不安になる。
俺の渡した薔薇の花束に少し頬を緩ませたのを見て、ゆっくりと部屋までエスコートした。
思えば、前回は挨拶もそうそうに、仕事があるからと言って立ち去った。シャルロットの心細そうな目に気づいてはいたが、王から必要以上に情をかけるなと強く言われていたので、それに従ったのだ。
いずれは婚約破棄をする。情をかけるなという父の言葉に納得しながらも、気持ちはシャルロットに惹かれていた。
少し潤んだ青い瞳は見ているだけで吸い込まれそうになるほど美しい。話す声は鈴のようで、僅かな仕草にさえ目を奪われた。
一緒にいる時間が長くなればなる程、愛おしさが募るのが自分でも分かっていたから敢えて遠ざけ距離をおき、冷たく接した。
でも今は違う。王は間違っている。政治についても、シャルロットへの対応についても。今まで父の顔を伺ってばかりいたが、もうそれは辞めると決めた。この国とシャルロットのために。
俺は決意を固めながら、彼女を部屋までエスコートした。
一人になったのを見計らったようにザイルが近づいてきた。
「アルフレッド様、お分かりかと思いますが、戦いが始まればシャルロット様は幽閉されます。必要以上の情けは無用かと」
「分かっている。だがそれまでは彼女は俺の正式な婚約者として扱うからお前もそのつもりでいろ」
「しかし、それでは国王が……」
「親父は俺に無関心だ。適当に言っておけ」
それだけ言い放つとその場を立ち去った。
国王の思惑通りに動く駒には、もう二度となるつもりはない。