第5話 農耕都市⦅カナン⦆
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……徐々に視界が明るくなっていく──
「おお〜い」
……聴き慣れた声がした。
「お〜い、フィーンー? お〜いってばー!」
フィンが薄く目を開くと、そこには見慣れた顔がある。
「あ、やっと起きたね! もう少しで、蹴るとこだったよ! ここ、何処だろうね?」
オレンジの髪に、アーモンド型の目をした人虎の少女、ラミーだ。
「ん……ああ。それ結構痛かったよ。」
フィンは少し呆れたように笑い、彼女の言葉に応える。
「ぇえ!? 蹴ってないから! あたし、蹴ってないよ!?」
ラミーは不本意そうである。だが彼女に蹴られたことだって、決して嘘ではない。ただそのやり取りで、自分を蹴ったラミーが、目の前にいる少女ではないことを改めて認識し、フィンは少しの寂しさも感じた。
辺りを見回すと、どうやら此処は先程の転移先とは別の場所らしい。世界座標から察するに、ここは中央大陸西方に位置する穀倉地域のどこかのようだ。
小麦のような作物を育てている畑が一面にあり、近くに川も流れていた。
「なーんか、すごい牧歌的なところだねぇ。」
ラミーはフニャフニャと尻尾を振りながら目を細めている。
(こいつ……完全に猫してやがるぜッ)
「ああ、そうだな。」
周辺の景色から、学園都市のダンジョンにある転移門の行き先は同じ⦅パートナー⦆を選んだとしても固定ではないのだとフィンには直ぐにわかった。そしてこれは、ゲーム時代のシミュラクルの仕様と全く同じである。
前回の転生では世界座標とワールドクロックは確認できなかったため、始まりの災厄がいつ何処に出現するのか、フィンには全く検討がつかなかった。
「う〜ん…… 先ずは何からはじめよう……」
フィンが思案を始めようとしたその時、ぐぅ。という腹の音がどこからともなく聞こえてくる。
横を見れば、ラミーがやや顔を赤らめて空を見ていた。
「ラミー、とりあえず近場の街を探してメシにしようか」
「それな! あたしもそうしたいって思ってたとこ!」
フィンの提案に、ラミーは満面の笑みでそう返す。
「んじゃ、とりあえず近くの農民を見つけて聞き込みでもするか」
これだけの畑があるということは、近くには農家があるだろう。そして当然、収穫した作物を集めて消費する街も、そこまで遠くはないはずだ。
そう考えたフィンが辺りを見回すと、すぐに白い煙が立ち上る屋根が見えた。
「あの白い煙を見てくれ。どうやら、家があるみたいだな。」
「おお〜、幸先いいね!こりゃ美味しいお昼ご飯にありつくまで、あと少しってところですな〜」
そう言って、ラミーは軽く尻尾を振りながら歩き始める。
鼻歌混じりに前を行くその背は、まるで周囲を警戒していないようにも見えた。
その姿を目で追いつつ、フィンはつぶやく。
(……本当に、何も覚えてないんだな。)
転生直後に殺された前回の経験から、フィンは無意識に周囲を警していた。しかし、よくよく考えてみれば、災厄の出現要領が前回と同じであるなら、災厄の出現時には黒い霧が現れ、続いてアナウンスが流れるはずである。
全く無警戒というわけには行かないが、少しくらい緩めても問題は無いだろうとフィンは結論した。
「な〜に難しい顔してんの〜?」
振り返ったラミーが尋ねる。
「いや、なんでもないさ。あんま飛び跳ねんなよ。腹減るぞ」
視界が開けたこの場所では、周囲を警戒する必要も薄いだろう。そう考えたフィンは、抱えていた不安を一旦は胸にしまっておくことにしてラミーの後を追った。
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──約4時間後
「ま、まだ着かないの〜? こんなに遠いなんて。聞いてないよぉ。」
案の定というか、ラミーは出発から1時間ほどしてヘバって動けなくなっていた。そもそも俺たちはここに転送される前、学園ダンジョンを踏破してきており、そうなるだけの疲労はしっかりと身体に蓄積されていたのである。
「おぶってもらっておきながら、その言い草は無いんじゃないか?」
現在ラミーは、フィンに背負われる形で運ばれている。
「だって、あの農夫のオジさんが道なりに進んだら割と近くに大きな街が──って言うから……」
「あの農夫の感覚と俺たちの感覚が少しズレていたとしても、それを詳しく確かめなかったのは俺たちの責任だ。まあ、最悪今日は野宿になるから、夜飯は乾パンになるな」
「ええ〜〜! 野宿やだぁ!」
「じゃあ自分で歩くんだな。ペースをあげないといつ町に着くかわからんぞ?」
「ふぇぇ〜〜」
そんなやり取りをしていた時だった。
──ゴーン…… ゴーン……
遠くで響く鐘の音が、ふいに二人の耳に届く。
「あ、あれ! あれがたぶんさっき聞いた⦅カナン⦆って街じゃない?」
ラミーの指差す方にフィンが目をやると、確かにその方向に塔のような高い建物が見える。
「おそらくそうだろう。確か、時計塔という建物があるとか……」
「へぇ、トケイ糖かぁ! なんだろうね!なんだかお腹が空いてきたよ!」
「ん。いや、ラミー……建物だ。食べ物じゃない。決まった時間になると尖塔の上でああして鐘を鳴らしてるのさ。この辺りの住民はその音を頼りに一日の時間を知り、それに従って生活しているんだ」
「ふーん。フィンは物知りだなぁ。学園の成績は、そこそこだったのにね! ──ぐぅ。なんでもいいけどお腹がペコペコだよぅ。」
「子供かお前。よし、とりあえずあとちょっとだ。もうゴールは見えてるんだから、自分で歩けよ。」
「はぁーい♪」
ラミーはフィンの背からシュタッと音を立てて飛び降りると、軽い足取りで駆けていった。
「おおーい、はやくーー」
直ぐに点ほどの大きさになったラミーが、振り返ってフィンを呼ぶ。
「やれやれ」
こうして二人は、学園都市を出発して初めての街、⦅カナン⦆へと無事に辿り着いたのだった
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2022.2.22 読みやすさ改善のため改稿しました( ᐢ˙꒳ ˙ᐢ )