第57話 リセット
◇◇◇
セリエの亡骸を抱えたまま、フィンは暫く呆然と座り込んでいた。
「俺は、大丈夫なのに。死んだって何とも……、ないのによ……。」
最初から死を覚悟した転生だった。セリエだって、今生の別れとはいえ、また別の世界で会える。これでさよならでは無いのだ。
だが、フィンは知っている。またどこかで出会う彼女が、彼女であって彼女ではないことを。
「なんで……セリエ、お前が死んでんだよ!!」
フィンが “死” を逃れたいのは、可能な限りのスキルを集めて次の周回に繋げる為、つまり、死を恐れていなかった。というより、死を死として認識出来ていなかった。現在この瞬間までは。
「愛して……いる。」
ただセリエの最後の言葉だけが、フィンの脳内を埋め尽くしていた。
ぽたりと、フィンの目から涙が落ちる。
思えば、誰かに愛を告げられたことも。それを拒むこともフィンにとっては初めての経験だった。
それがこんなに苦しいなんて、考えもしなかった。転生直後から、フィンは現在の彼自身の存在について、いつか本命に出会い、彼女を救う為の仮初の命を与えられた存在だと考えていた。だから、今世で自身が幸せになる事なんて、メアリ以外の誰かを愛し、愛されることなんて考えもしていなかったのである。
(この世界でパートナーとして過ごしたから?)
(魂の一部を共有しているから?)
(それとも……)
転生直後から彼の記憶は彼自身の肉体が持っていたものと融合している。記憶の中のセリエはいつも胸を張って憎まれ口を叩いていたが、いつからかその表情にはどこかこちらを伺うような、不安と呼べるようなものが浮かんでいた。
(あの表情は、いったいどういう意味だったのだろう?)
正直に言って、フィンは当初セリエのことがそれ程好きではなかったし、むしろ面倒くさい相手だとさえ思っていた。だから、彼女の表情一つ一つ、言葉の一つ一つに対して深く考えようとしたことなどなかった。
目の前に横たわる少女は、彼の描いたプランに都合良くハマる、彼にとってはただ利用価値のある相手に過ぎないはずだった。
しかしこの2週間共に旅をする中で、彼女に対する彼の感情は不思議と和らいでいた。大袈裟なほどあからさまに彼女から向けられていた好意が、彼女の嘘偽りない気持ちであったことにも気がついていた。だが彼は、いまの今までその答えを先延ばしにしてきたのだ。
そんな彼女に、苦しみながら最後の力を振り絞って自分に想いを告げてくれた “彼女” に、彼は残酷な答えを返してしまった。それはまた、彼自身をも酷く傷つけた。
俺も “愛している” 。そう、声を返すべきだったのだろうか。彼女の想いに、応えてやるべきだったのだろうか。想い人の存在しないこれから先の世界で、いったい自分はどう生きるべきなのだろう。
フィンにはまだ、その答えを導く術がない。
「セリエ……。すまない。」
静かに横たわるセリエの耳に、フィンの謝罪が届くことはなかった。
◇◇◇
ざっざっと、誰かが砂利を踏み締めて近づく足音が聞こえる。いつの間にか剣戟の音は止んでいた。
「キース……か。」
フィンにとって、彼等の戦いの勝敗はもうどちらでも良かった。
「ええ。ガレフは死にました。」
キースの静かな声が返ってきた。
「そうか……。終わったのか。」
フィンは振り向かず、小さくそう応える。
「ええ。これで、終わりです。」
キースがそう言った瞬間、それを上書きするようにミレッタの声が聞こえた。
「フィンッ! 逃げてッ!」
一瞬ヒュンと、風の通り抜ける音がした。
次の瞬間、フィンの視界に入ったのは空だった。
視界の端で、騎士鎧を着た獣人がニヤリと笑う。
「感謝する。お前達のお陰で、最高の “身体” が手に入ったぞ。」
その手にはキースの騎士剣が握られており、それは血で真っ赤に染まっていた。どうやら、キースの “策” は失敗したらしい。
(ち……。まあいいか、もうどうでも。)
フィンの視界が暗くなり、ミレッタの絶叫が徐々に小さくなっていく。
(いまはゆっくり、眠りたい……。)
そんな思考を最期に、フィンは意識を手放した。
◇◇◇




