第56話 告白
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「セリエ! おい、セリエ! しっかりしろ、死ぬな!」
フィンは必死に声をかけつつ、セリエの砕けた鎧を脱がせた。その腹部は血で塗れ、折れた肋骨が内臓を傷つけたのか、口から血も流れている。フィンは先程から治癒魔法をかけ続けているが、セリエの顔色は一向に良くならない。
「くそっ、まだ逝くなセリエ! 戻ってこい!」
(怪我がひど過ぎる…。出血による体力喪失が止まらない……!)
フィンの治癒魔法は別ルートから継承したものであるため、学園都市攻略時点のレベルとしては最高点と言ってもいい。だがそれでも、今にも死にかけている仲間を救えるほどのものでは無かった。
(何でだよっ! ゲームなら……シミュラクルなら、こんな事……ッ!)
ゲーム時代のシミュラクルなら、傷つく痛みすら感じなかった。疲労や体力のゲージは、0にさえならなければ初級の治癒魔法でさえ重ね掛けすれば全快できた。しかし、そんな彼がやり込んだゲームの知識をいくら手繰り寄せても、いま目の前で苦しんでいるパートナーを救うための術は何一つ思い浮かばない。
「くそっ! くそっくそっ! 止まれよこの、止まれ! このままじゃ……。」
フィンは歯噛みしながらも何とか傷を塞ぐことに集中する。もう彼にはキースとガレフの闘いの結末などどうでも良かった。ただ今はセリエの死を回避しなければならない、何としても。
「フ……ィン……?」
その時、セリエが薄く目を開いた。
「……わ………うっ……。」
セリエは何とか問いかけようとするが、セリエの口からはヒューヒューという音が漏れるだけで、フィンには彼女が何を話したいのか上手く聞き取れない。
「黙ってろセリエッ! 必ず俺が助けるから!」
フィンは治癒魔法を重ね掛けするも、効果は変わらない。どんどんセリエの命の灯が小さくなっていくのを感じる。
「何だよっ! 何でだよっ!」
思わずフィンは地面を叩きつけた。
『もう、いいんですの。フィン。』
セリエの声が聞こえる。念話だった。
「セ……いや、ダメだ! 諦めるな、セリエ!」
フィンは必死に励ますが、彼の魔力量も連戦に次ぐ連戦で既に底が見えかけている。
「あと少しなんだ……、あと少しで出血が止まるのに。」
魔力枯渇しかかっているためか、頭痛がひどい。それでも、フィンは回復の手を緩めない。
『フィン、ごめんなさい。私、ずっと貴方に嫉妬していたわ。』
セリエはゆっくりと語った。
『知っているでしょう? 私が “首席” に憧れて、学園に入学したこと。私、やれる事は全てやりましたわ。座学も、実技も、予習も復習も完璧に。時には気に入らない教師にだって頭を下げました。でも、いつも貴方は私の前にいた。その場所に、いつも。興味なさげに。』
そこまで話すと、腹の傷が痛んだのかセリエは苦しそうに眉を寄せる。
「だ、ダメだセリエ無茶するな! いいから今は休め、後で幾らでも聞いてやる。」
『いいえ、今話したいんですの。二人っきりで旅立ったはずなのに、これまで賑やかが過ぎましたわ。何だか、やっと静かになったような気がしますの。』
後ろではまだガレフとキースの戦闘が続いている。幾つもの剣戟と怒号が飛び交っているが、もうどれもセリエの耳には届いていない。
『……実は私、妾の子ですの。母親の出自も知れぬ卑しい子なのですわ。どうしたって自分の存在を認めさせたかった。だから、私がどれだけの覚悟でその場所に、“首席” に立つことを望んだか……自分の全存在を掛けていたんですの。それを、貴方は私から奪おうとした。飄々と、無気力に、無遠慮に……とっても、悔しかったですわ。』
フィンはセリエの出自をよく知らなかった。ただ高飛車で面倒くさい貴族のお嬢様だとしか思っていなかった。
「……すまない。」
フィンの口から自然と謝罪の言葉が出る。
『いいんですの。私の出自など、貴方には関係のないことですもの。知る術もありませんわ。だからこれは私の、ただの嫉妬でしてよ。』
『……でもね。あの時、卒業式で首席の名前が読み上げられる時、私の頭にあった事は首席になる事じゃなかった。ただ貴方の、横に立ちたい。貴方の “パートナー” になりたい……。それだけでしたの……。』
セリエが一瞬の躊躇いを置いて続ける。
『好きよ……フィン。』
そう言うと、セリエの頬を涙が伝った。
『最初は嫉妬だった。次に、憧れになった。だけど……だけど何故か、いつの間にか、好きになっていましたのよ。どうしようもなく、貴方を。あんなに嫌っていたはずの……貴方を。』
セリエの感情が、フィンの中に雪崩れ込んでくる。悔しい。愛しい。悲しい。切ない。わからない。ごちゃ混ぜになった何かが頭を埋め尽くし、フィンの心を締め付ける。フィンはギュッと目を瞑り、しばらくその感情の大波を受け続けた。
思わず、俺も同じ気持ちだと返しそうになった。いっそその手を握りしめ、彼女の想いに全力で応えてやりたいという気持ちすらあった。
しかし、決して流されてはいけない、忘れることのできない感情が、譲れない想いが、フィンの心にはあった。
フィンは静かに目を開く。
「……すまない、セリエ。」
そして、そう返した。
『あーあ、振られちゃいましたわ。私、初恋でしたのよ? やっぱり貴方のことはよくわかりませんわ。』
セリエはどこか吹っ切れた様な顔で、ほうと息を吐いた。
『でもこの旅で、新しくわかった事もありますの。』
そしてゆっくりとフィンを見つめた。
『貴方でも、そんなに一生懸命な顔をするのね。また少し、好きになりましてよ。』
そう言って、セリエは悲しそうな顔で、でも確かに微笑んだ。
『ああ、カナンのお祭りに行きたかったですわ。私とフィンが手を繋いで、それで、カップルと誤解されたりして、貴方が私の手を引いて言うの。いいから早く、行くぞって。』
「ああ、ああ。連れてってやる。だから、だから……」
『ふふ、嬉しい。フィン……』
『愛していますわ。』
それが、セリエの最期の言葉だった。
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