第55話 決死の作戦
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作戦開始の合図と同時に、騎士達はそれぞれ別方向に進んだ。先程から再び戦場には不気味な静寂が降りている。フィン達3人は、まず先程別れたミレッタとの合流を目指すことにした。転移を使うことが可能になれば、不意打ちの成功率はぐっと上がるからだ。
「そろそろでしょうか? 戦場がぐちゃぐちゃになっていて地形がよくわかりませんね。」
キースは小さく不満を漏らす。
「ああ、こっちで間違っていない。ミレッタの居場所はもうすぐそこだ。」
「本当ですの? 地面はこんなに穴ぼこだらけで、さらにはこの白煙。私には街の方角すらよくわかりませんわ。」
フィンは肯定するが、セリエもキースも半信半疑といった様子だ。
だが、フィン達は確実にミレッタの居場所へと近づいていた。それもそのはずである。何故ならフィンにはステータス画面をはじめゲーム時代の仕様が残っているため、パーティメンバーの位置情報をマップで確認することができるからだ。更にフィンは先程別れた団員達を一時的にフォロアー登録したため、今や戦場のかなり広い範囲を掌握することができている。
(こんなことになるんなら、面倒でも最初からレイド仕様にしとくんだった……)
フィンは戦闘が始まる前に準備しておけばよかったと少し後悔した。フォロアーに登録したメンバーはマップに位置が表示されるほか、残り体力なども確認することができる。
シミュラクルは大規模なPvPや、大型ボスとのレイド戦闘も楽しめるゲームだ。このため、プレイヤーには最大100人までのフォロワー設定が許されているのだ。
蟲の襲来に備えて何度か演習をしたこの辺りの地形は、フィンの脳内マップにもしっかりと記憶されていた。但し激しい戦いの跡で地形が変わってしまったので、今も移動するたびマップが更新され続けている。
そして今のところ、フォロアー登録した騎士団のメンバーは誰も死亡していない。
(順調過ぎるくらいだ……。でもどうせなら、このまま全部上手く行ってくれよ……。)
そうこうしているうちに、地面に倒れ伏したミレッタが見えた。近くにガレフの姿は見えないが、慎重に近づいていくに越した事は無いだろう。
「見つけました。」
セリエがフィンに念話で報告を入れてくる。
「ああ、此方からも見えている。セリエとキースで回収に向かってくれ。今のところガレフは見えないが、俺は引き続き警戒に──」
セリエ達に指示を出そうとしたその時、マップの端の方でフォロアーの表示が一つ、二つと消えた。直ぐにその近くを動いていた別のフォロワーの表示が音もなく消える。
(おいおい……。)
そして、またその隣が消えた。
(おいおいおいおい……。)
フィンは思わず少し離れた別のフォロワーの表示に目を移す。すると、その表示もあっという間に消えた。彼らの居た場所からここまではまだ少し距離があるが、この速度だと間もなく会敵する。
「キース、セリエ。回収は一旦中止だ! ガレフが直ぐそこまで近づいてる。」
「そんなッ!? でも何も聴こえませんでしたわよ!? 皆さんまだ誰も声を上げておりません!」
セリエの言う通り、戦場からは何の声も聞こえない。
「皆んな一瞬で殺されてる! 声を上げる間もなく──。」
(先程までガレフはこれ見よがしに悲鳴を上げさせてから獲物を殺していた。それが今や、猛烈な勢いで音もなく騎士団を殺して回っている。何故だ? 声を上げさせる必要が無くなった? つまり……。)
フィンの背筋にゾワリとしたものが走る。
「俺達を見つけ──。」
「フィン!」
その時、フィンの視界では急に世界がスローモーションに映った。
(セリエが此方を見て叫んでいる。いや、違う。正確には、俺の後ろを見て。)
それに気づいた瞬間、フィンは自ら爆烈符を発動させて前方に吹っ飛んだ。刹那、猛烈な風圧と同時に背中を何かが通り過ぎる音。同時に、先程までいた所の地面が捲れ上がり、吹き飛ばされた大小の岩石が幾つも背にぶつかる。
フィンは数度地面にぶつかりながらしばらくゴロゴロと転がって止まった。背中に強い衝撃を受けたせいか、ヒュッヒュッという細い音が喉から漏れるだけで、うまく呼吸ができない。
何とか四つ這いに起き上がり目を開けるが、その視界は真っ赤に染まっている。ボタボタと、フィンの頭から血が落ちる。
朦朧とした意識の中、誰かが土を踏む音がフィンに近づいて来る。
「そうか小僧、貴様……あの “女神” の仲間か。」
ガレフだ。その声には怒気が混じり、ギリギリと歯噛みする音も聞こえる。だが、女神の仲間という言葉には覚えがない。フィンは何とか治癒魔法を使い、肺を治す。ゴボリと口から血が溢れたが、何とか息を吸う事には成功した。
「な……んのごど……だ?」
荒い呼吸を2回ほどした後に、フィンがやっとそう返す。直後、セリエが一気にガレフに迫り、その背に斧槍を振り下ろした。
「こんのお! よくもフィンを!!」
鬼の形相で咆哮をあげるセリエから繰り出された一撃は、今までフィンが見てきたものより数段キレが増していた。
しかしガレフは難なくそれを躱し、逆にセリエの脇腹に鋭い蹴りを叩き込む。セリエは数歩たたらを踏んだが、何とか体勢を整えて再度吠える。
「ぐぅッ! でも! まだですわ!」
しかし、その目線の先にもうガレフは居ない。
「セリエッ!」
声をかける間もなく、ガレフの拳がセリエの頬に叩き込まれる。セリエは半回転し、ぐるりと目を回した。そしてフィンの横に倒れ込むと、そのまま意識を失った。
「喚くな雌犬! 力も持たぬのに気だけは大きく、聖女などと祭り上げられただけの哀れな女よ。」
ガレフはそう言ってセリエの髪に唾を吐き、その背中に足をかける。
「や……めろ。」
「ふん。じっくり見ているがいい。お前も直ぐに同じところに連れて行ってやる。」
治癒魔法をかけようとフィンはセリエに手を伸ばすが、ガレフはそれに構わず体重を預けた。ミシミシという音と共にセリエの鎧が砕け、痛みでセリエが目を覚ます。
「……ッ!! ぁぁ……がっ。ぁ、ぁぁ。」
「やめろぉおおおお!!」
フィンは堪らずガレフの足に飛びつくが、ガレフはそれに構うことなく力を込め続けた。
セリエは声にならない苦悶の音をあげ、何とか逃げ出そうと手足をバタつかせていたが、やがて痛みに耐えきれず盛大に失禁し、再び意識を失った。
ガレフは心底楽しそうな顔でそれを笑った後、天に向かって吠える。
「どうだ女神よ! 今度は我を止めないのか? ん? それとも、こんな雑魚共がこの我に敵うとでも?」
ガレフの問いかけに、天は何も応えない。ガレフはそのまま暫く空を見上げていたが、やがて諦めたように俺達へと視線を戻した。
「ッち。お前達はもう用済みらしい。」
そう言って、ガレフは足に込める力を増した。セリエの背中から鈍い音が鳴り、その口から血と泡の混じったものが吹き出る。
「セリエェエエ!!」
フィンの叫びと、その声は同時だった。
「貴様ぁあああ!!」
剣を抜き放ち、怒気の籠った声で叫ぶ騎士──キースだった。
「はっ、やっと出てきたか息子よ。女子供の影に隠れてコソコソと、不意打ちを狙っていたか? それとも、ただ怯えて足がすくんでいただけか? いずれにせよ騎士の風上にもおけぬ。父として恥ずかしいわ。」
「知ったふうな口を聞くな。貴方は最早父ではない。獣の病に気が触れた、哀れな亡者だ。」
キースは騎士剣を構え、ゆっくりと俺たちの方へと向かって来る。一瞬、キースの目がフィンを見た。フィンはそれに一度だけ頷いた。
「遅ぇよ、先輩……。」
「すまない、セリエさん。フィン君。そして、我が戦友達……。だが……。」
一度目を閉じ、深く呼吸を吐く。そして、ゆっくりと目を開き、ガレフに告げる。
「仇は取る。」
そして、一直線に駆け出した。
「仇を取る? お前がか? どうやって?」
ガレフが満面の笑みでそれを迎えようと構えを取る。セリエの背中から足を引き抜くと、足に縋りついていたフィン諸共二人を蹴飛ばした。その時、ガレフの視線に銀色の光が飛び込んできた。
「ッ? なんだこれは……!?」
ガレフの足首に、見覚えのある首飾りが括り付けられている。
「あの小僧ッ!!」
ガレフは直ぐそれが何か気がついたが、その時にはキースの剣が直ぐそこまで迫っていた。
「これで終わりです!!」
◇◇◇




