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第53話 のど飴みたいなもの


 ◇◇◇


 フィンは即座に崩れた城壁の上に登り、声の上がった方角を見る。まだ煙幕の効果は切れて居なかったが、視覚を強化すれば数百メートルほど向こうで残った兵士をかき集め、指揮を取ろうとしているセリエを確認できた。


「まだ立ち上がれる者はこちらへ! 私が撤退を援護します! 出来るだけ固まって、陣形を崩さぬように!」


 キースと違い、セリエは騎士団全体に念話を飛ばせるようなスキルを持たない。それでも声を張り上げながら、生き残った者を懸命に守ろうとしている。


(あいつ……いまの状況分かってんのか!?)


 ──ぎゃあああ!


 セリエのいる場所とは別の方角から、また誰かの悲鳴が聞こえる。恐らくガレフが誰彼構わず騎士団の人間を捕食し始めたのだろう。このままでは、セリエの一団と遭遇するのも時間の問題である。


「くそッ!!」


 咄嗟にフィンが駆け出そうとしたその時、キースが叫んだ。


「待って下さいフィン君! ()があるんです!」 


(…… “策” ?)


 その言葉に、フィンは一瞬で足に溜めた力を抜く。

 振り向けば、キースは覚悟を決めた眼差しでこちらを見据えていた。確かに、例えフィンがセリエ達と合流したとしても、一度ガレフに見つかってしまえば終わりである。


 ガレフを倒す、或いは逃げることすらも、その動きを封じるか、若しくは弱体化させる手段が必要になるのは間違いない。


(……ちっ。結局こうなるのかよ。)


 フィンは何とか身を隠しつつセリエとミレッタを回収してこの場を切り抜ける算段であったが、この状況でそれはもう難しいことを悟った。

 ふうとため息をついた後、フィンはもう一度キースに近づいて《治癒(ヒール)》を唱える。彼は聖職者では無いので初級程度の回復量しかない。


「すまんな。気休め程度にしかならないだろうが、のど飴を舐めたくらいには、気分が楽になったろう?」


 その言葉に、キースは喉をさすりながら笑みを返す。


「ええ、それでも大分楽になりました。ありがとうございます。」


 掠れた喉が癒えたからか、その声色は先程までより少し明るい。フィンも笑みを返してから、もうどうにでもなれという思いで気持ちを切り替えた。


「分かった、協力しよう。でも、あまり期待はするなよ? 俺は手数は多いが、実力じゃあんた達よりも数段劣るぞ?」


 いま言える精一杯の冗談の様に聞こえるが、実際には紛れもない事実である。


「ええ。それでも、この戦いで見せてくれた数々の()()()()の手腕は信頼に値します。貴方は()を読むのが上手い。」


 そう言うとキースは、自分の胸元から紫水晶をあしらえた銀の首飾りを取り出し、フィンへと差し出す。


「私が剣で押さえている間に、隙を見てこれを奴の首に掛けて下さい。本来これは獣化の呪いを抑えるための “補助具” ですが、今の父が使えば流れ込んだ獣の力を抑える効果が期待できるはずです。」


 首飾りを受け取ったフィンは、一つの疑問を口にした。


「そしたら、今度はキースが獣になるのか?」


 キースは苦笑いしつつ首を振る。


「いえ、それは無いと思います。元々これは私が学園都市に向けてこの都市を離れる際に父から譲り受けたもの。城塞都市の近くで行動する分には、封印の力が働いているので不要なはずです。」


「ふーん。じゃあ効果の程は?」


「恐れながら、試したことは無いのでこればかりはやってみないとわかりません。」


 キースは申し訳ないと言った様子で少し目を伏せる。しかしフィンは、やれやれと言う様な表情をしながらその肩に手を置き告げた。


「気にするなキース。まあ、 “のど飴” みたいなもんだろ? それでも正直、ないより随分とありがたいぜ。」


 軽口を叩いて笑みを見せたフィンを見て、キースは思わず馬鹿らしくて笑ってしまった。決死の作戦に臨むというのに、少し肩の力が抜けた様な気がした。


「ええまあ、そんなものです。」


 キースが軽く返すと、二人は笑みを抑えてもう一度小さく目を瞑る。


「じゃ、いくか。」


「はい。」

 

 足を踏み出す二人の目には、確かな覚悟の光が宿っていた。


 ◇◇◇


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