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第51話 黒獅子


 ◇◇◇


「フィン、逃げるわよ。」


 ──させぬ。


 ミレッタに声をかけられた直後、別の誰かの声が聞こえ、フィンの頭は強烈なノイズによって埋め尽くされた。


 どうやら仲間達にも同様のことが起きているようで、ミレッタは頭を抱えてよろめいたままその場に蹲っている。激しい頭痛と格闘しながらも、フィンはなんとか目を開けて周囲を見渡した。


「いったい……。何がどうなって……。」


 バキバキと、何かを噛み砕くような嫌な音がした。


 音の方に目を遣ると、ミルダに覆い被さる大きな黒い影が見える。影はどうやら彼女を喰らっているようで、先程の異音は彼女が鎧もろとも咀嚼される音だった。


 果たしてそれを幸いと呼ぶべきか、彼女は既に事切れていたため痛みを感じることもなく、静かにその身を貪られていた。


「……ひっ」


 あまりに凄惨な光景を前にして、フィンは小さな悲鳴をあげる。

 その音が耳に届いたのか、影はゆっくりと立ち上がると、彼の方へと向き直った。

 

 それは巨大な獣── 黒い獅子の姿をした獣人であった。

 頭から身体、脚、尻尾の先に至るまでの全身が濁りのない漆黒。その黒の中で、獰猛に見開かれた目だけが紅く輝いている。首周りは逆立つ炎のような(たてがみ)で覆われており、たとえ長槍で突いたとしてもその身にまでは届きそうにない。人の胴体ほどある逞しい四肢は、一度振り下ろされれば並の鎧など簡単に押し潰されてしまうだろう。


 獅子の獣人はフィンに視線をよこすと、血に塗れた牙を剥き低い声で唸る。


 ──貴様か? 我の獲物を奪ったのは?


 獣人はひどく怒っている様である。しかしフィンにはその理由も、問いの意味もよくわからなかった。

 何か答えようとしたが、その強大な圧に呑まれて喉か上手く開かない。


「ぅ……ぁ……。」


 フィンは声にならない声を上げ、自分ではないとただ首を振ることしかできなかった。自分も喰われる。彼が諦めかけたその時、誰かが彼の横に歩み出し声を上げる。


 それはキースだった。


「やめてください父上!」


 彼は獅子の獣人を父と呼んだ。


 ◇◇◇


「……ッ!!」


(まさか……これが、ガレフさん!?)


 姿形、声、雰囲気。全てがフィンの知るガレフではない。血走った目で唸り声を上げるその獣人が、騎士団長であるガレフだとは彼には想像もできなかった。

 フィンは思わずキースを見るが、彼の目は真剣そのものである。


 キースがその獅子を父と呼んだのは彼の気が触れたからではない。確信があったからだ。


()()に……、ッ呑まれましたか。」


 キースは一人小さく呟く。

 黒門の発動を見た時からずっと感じていた不安が、ついに彼の前に実体化した。


 黒門は呪われている。その事を誰よりも理解しているからこそ、この現実を受け止めることができた。否、受け入れるしかなかった。


 “黒獅子の咆哮” の団長の座は、騎士団が創設されて以来途切れることなくキースの一族──マルゼンシュタイン家が世襲してきた。そして彼らの一族には長子のみに語られ、受け継がれてきた伝承がある。それは黒門と一族の使命に関わるものだ。


 幾度となく聞かされた伝承が、ふいにキースの頭をよぎる。


 ◇◇◇◇◇


 ────古き時代、この地に大いなる災いがあった。


 災いは黒い獣の姿で現れ、見境なく街を襲っては多くの生命を奪い、喰らい、暴れ回った。その惨状を嘆いた時の王は、一人娘である姫を差し出す代わりにこの地を離れるよう、その獣に懇願した。

 だが獣はそれを拒み王女を喰い殺すと、今度はこの地の全て喰らい尽くすと吠えた。そして、獣が王目掛けて飛び掛かったその時、一人の青年が身を挺して王を庇った。

 その青年こそ、我ら一族の古き英雄──ローランだ。


 獣がローランの肩に喰らい付いたその瞬間、天から光の柱が降り、彼等に向かって光が降り注いだ。一連の出来事を見ていたとある女神が心を痛め、人に助力したのである。


 光を浴びた獣は瞬く間に石になり、ついには動かぬ像へと姿を変えた。青年の傷は忽ち癒えたが、肩には獅子の紋様をしたアザが残った。


 ◇◇◇


 女神は言った。この獣は強大で、長い時をかけて弱らせなければ完全に討つことはできないと。

 またそのアザは呪いであり、獅子の力の一部が青年の血に流れ込んでしまったため、その血が薄まるまでこの地を離れてはならないと。

 一度その力に飲み込まれてしまえば、獣の力に己が魂を喰らい尽くされることになると。


 王は、獣の像を地下深くに封じた。そしてその上に要塞を築いて獣の像を見張る事にした。青年の一族は、代々その要塞の番人となって、いつかこの獣を倒せる時が来るまで、その力が弱まるのを監視し続けることを誓った。自らを蝕む呪いに怯えながら。


 黒門は、獣を封じる檻である。

 

 そして、我等はその番人である。


 力を使え、そして獣を弱らせよ。清き血と交われ、そして血を薄めよ。呪いを恐れよ、決して闇に呑まれるな────。

 

 ◇◇◇◇◇


 

「キースッ! どういうことだ、本当に……アレがガレフさんなのか!?」


 いつの間にか過去の伝承に心を奪われていたキースは、フィンの声でその意識を眼前に戻した。


「……事実です。アレは我が一族が背負うた業が……呪いの片鱗が具現化したものです。」


 フィンの問いにキースは簡潔に答える。


「……くッ! なら! 正気に戻せるか!?」


 フィンはすがる思いで口にしたが、キースから返ってきた答えは残酷なものだった。


()()です。呪いに飲まれた者はもう戻りません……。前例が……ないんです。」


 そしてキースは苦々しい顔で獣人を睨みつけながら言った。


「だから! 息子として貴方を止める! 止めてみせる!」


 騎士剣を構え、猛々しく叫ぶとキースは最愛の父──獣人(ガレフ)に向かって突撃した。


 ◇◇◇

 

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