第50話 報酬と代償
◇◇◇
グギャァァァアアア!!!!
ベルゼビュートの絶叫が周囲に鳴り響き、彼女はその場に這いつくばって吐血した。
「やっ! やりましたわ!」
それを見たセリエが思わず歓喜の声を上げる。
「いや、ここからだセリエ! 俺たちも出るぞ!」
フィンはそれを手で制すると、爆発魔法を付与した札を構えつつセリエにも “強化魔法” をかける。
「あ、はい! 行きますわ!」
まだ闘いは終わっていない。蟲殲滅戦で痛い目を見た以上、確実にトドメを刺すまでは安心してはいけないとフィンは直感で知っていた。
その言葉に応じるようにキースとミルダも一段と攻勢を強め、四人による集中攻撃が始まる。
「おのれ……おのれぇぇええ!」
ベルゼビュートは脇腹を抑えながら大鎌を振るうが、それはもはや先程までの動きとは別物である。
「貴様ッ……いったいこの私に、何をしたぁ!」
しかしその表情は鬼気迫り、フィンだけは道連れにしてやろうと彼を執拗に追いかけてくる。
「させませんわっ!」
だが大楯を構えたセリエが上手く位置取りをしてその行く手を阻んだ。
「ふんっ!」
「ぐはぁっ!」
斧槍の横薙ぎでベルゼビュートは吹き飛び、その先でまたミルダの戦鎚を受けて肉がえぐれる。傷の再生も、もう殆ど機能していない。
「誰が教えるか。さっさと万魔殿に帰れよ。」
フィンはそう言うと手に持った札を数枚投げ付ける。ドンという轟音と共にベルゼビュートは爆発し、焼け焦げた身体から淡い光が漂い始める。
「っ……ぢっぐしょう。……覚えたわ、貴方。楽に死ねるとは思わないことね。次こそは必ず……。」
「はっ! アンタはここで仕舞いだよ!!」
雄叫びを上げたミルダの戦鎚がその頭部に振り下ろされると、ベルゼビュートは最早喋る術を失い完全に沈黙する。彼女は一度ビクンと跳ねたのを最後に、光の粒子を伴って消えていった。
◇◇◇
光が消え去るのを待ってから、一同はやっと息を吸い込んだ。
「お……終わりましたの?」
セリエがそう声を上げた直後、天の声が響く。
──ワールドクエスト終了
勝利条件を達成しました。
貢献度上位者は以下の通りです。
1位: ミルダ
2位: フィン
3位: キース
4位: セリエ
5位: ゴルドー
6位: ラッシュ
7位: ギュスタフ
8位: セルゲイ
9位: コーダ
10位: ダン
ワールドクエストにて貢献度2位を獲得しました。
以下から報酬を選択して下さい
●ユニークスキル⦅暴食⦆の獲得
●スキル⦅鎌術8⦆、⦅体術8⦆の獲得
●スキル⦅怪力⦆×2の獲得
●スキル⦅強靭⦆×2の獲得
●スキル⦅軽技⦆×2の獲得
●スキル⦅隠身⦆×2の獲得
●スキル⦅自動HP回復:中⦆、⦅自動MP回復:中⦆
●スキル⦅体力増大:中⦆、⦅魔力増大:中⦆の獲得
●耐性⦅痛覚5⦆⦅熱5⦆⦅冷気5⦆の獲得
●耐性⦅痛覚5⦆の獲得
既に獲得済みのスキル・耐性は関連既存スキルと統合されます。
⦅暴食⦆…空腹を感じていない間、⦅体力増大:大⦆、⦅魔力増大:大⦆⦅自動HP回復:大⦆、⦅自動MP回復:大⦆と同様の効果。
⦅怪力⦆⦅強靭⦆⦅軽技⦆⦅隠身⦆…攻撃、防御、技力、隠密を一時的に1.5倍にする
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◇◇◇
目の前に、前回と似通ったメッセージウィンドウが表示される。
(おお、2位なのに前回の報酬より凄いぞ?)
フィンはそれを一つ一つ確認しながら取得すべきスキルを吟味した。
(ユニークスキルはやっぱり破格だな。けど、空腹を感じていない間っていう条件が怖い。それに《暴食》だぞ? こんなの獲得したら食費が馬鹿にならなくなるんじゃ……。)
フィンがそんな事を考えていた時だった。
「……これはいったい、どういうことです?」
そう呟いたキースは呆然として剣を落とす。
理由は目の前に浮かぶ名簿らしきものに、本来なら真っ先に載るべきである人物の名がなかったからだ。
「……父上。」
そして、震える彼の目線の先にあるもの──。
それは “黒門” だった。
「いったいどうしたってんだいキース……?」
不穏な様子の彼に気がついたミルダが声をかけながら近づこうとした瞬間──。
「避けろミルダッ!」
キースが叫ぶ。
その時フィンの目には、何か黒い影が彼女のいた場所を通り過ぎたようにだけ見えた。
それは一瞬の出来事で、いったい何が起きたのか、その場にいた誰もが咄嗟には理解できなかった。
◇◇◇
「……あ、あれ? え? え?」
ミルダが掠れた声を出すと、その口から血が溢れる。彼女は何かに胴体を咥えられたまま宙にぶら下がっていた。
「ちょっと、なんだよこ……。」
それが最期の言葉だった。
バツンという嫌な音だけを残して、その視界が赤く染まる。真っ赤な血飛沫と共に胴体は二つに千切れ、彼女は地面に落下した。
「ミルダァァアッ!!」
キースが絶叫しながら駆け寄ってその名を呼ぶが、ミルダの眼からは既に生命の灯が失われていた。
(なんだよこれッ!)
混乱するフィンの頭を誰かが抱える。ふわりとしたいい匂いが彼を包んだ。
「フィン、逃げるわよ。」
ミレッタの声だった。だが、その直後──
──させぬ。
別の誰かの声と共に、強烈なノイズがその場にいた全員の頭の中を埋め尽くす。
「ッ!!」
転移を発動させかけていたミレッタは、そのあまりの不快感に目を瞑り、咄嗟に自分の頭を押さえた。
◇◇◇
……ェ! おい!
……っかりしろ!
……死ぬな!
頭を埋め尽くしていた異音が徐々に小さくなり、代わりに慣れ親しんだその人の声がはっきり聞こえるようになってから、ようやくミレッタはゆっくりとその目を開いた。
彼女自身はほんの数秒で我に返ったつもりだったが、実際には違っていたのかもしれない。そう思えるほど、目の前の光景は変わり果てていた。
彼女の眼に飛び込んで来たのは血の海──そして、セリエを抱いて泣き叫ぶフィンの姿だった。
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