第49話 暴力と謀略
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「小癪な……。そんなおもちゃで私と遊ぼうなんて。いいわ、上等よ。あんたは手足を捥いでから、生きたまま腹わたを喰らってあげる!」
二度も不意打ちを喰らわされた形になったベルゼビュートはかなりイラついていた。そう言っている間にも砕けた腕はメキメキと音を立てながら再生していく。
「はっ、確かにすげえ再生力だが、腕力のほうはそうでもないみたいだね。それに……、ここも弱いか?」
ミルダはトントンと指で自分のこめかみを突きながら、ベルゼビュートに向かって武器を構えた。
「……ッ言わせておけば! 調子に乗るんじゃないよこのメスゴリラ!」
今度はベルゼビュートがその挑発に乗って大鎌を振るう。ミルダは縦横に振るわれる大鎌に戦鎚を合わせながら、その攻撃を捌いていった。
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数十回結び合った後に二人は距離を取る。
お互いにまだ決定的な有効打は取れていないが、ミルダの方は少しずつ傷を負うことが増えてきた。
「なるほど、得物の扱いに関しては中々やるようだね。」
ミルダは素直に敵を称賛した。
大鎌や斧のような先端に重量のついた武器は、少し掠らせただけで相手に大きなダメージを与えることができる。しかしその重量故に、攻撃の予備動作として振り出しに僅かな “溜め” を必要とするのが一般的だ。このため他の得物に比べて軌道を見切られやすく、その攻撃を避けることは容易い。だがベルゼビュートはその大鎌を、自身の身体に這わせる様にして自在に振り回していた。この動きは軌道を見切るのが困難な上に技の出も早く、必然的にその手数も多くなる。
一方ミルダの “魔導戦鎚” は投擲に適した作りとなっている為、身体に纏わせるようにして振るうには柄の部分がやや短い。一振りの威力は大きいものの、先の特性故にこうした手数の多い相手とは、特に相性が悪かった。
「あらあら、さっき迄の威勢はどこへいったのかしら? あんたの動きは大体わかってきたわよ。もうそろそろ身体の何処かを斬り飛ばせそうね。ふふっ。痛みに歪む顔が早く見たいわ。」
ベルゼビュートの顔に醜悪な笑みが浮かぶ。
「ミルダ! 無事ですか!」
その時、先ほどまで壁上で指揮をとっていたキース達が合流した。フィンとセリエに、ミレッタも居る。
「ああ、何とかね。だけど、悔しいがこっちの動きはもう見切られかけてる。もうそう長くは相手できないよ。怪我人達はどうなったんだい?」
ミルダは歯噛みしながらも現状を説明し、仲間の安否を問うた。
「お陰様でスライムは大半片付きました。後は一番デカいのを仕留められれば終わりです。第2大隊にはかなりの数の被害が出ましたが、生きてる者も大勢います。」
「そりゃあ良かった。あとは残ったコイツを畳んでしまいって事かい。じゃあここで何とか踏ん張るしかないねぇ!」
「ええ。二人がかりなら何とかなるでしょう。」
ここへきて戦況は少しずつ落ち着いてきている。とはいえベルゼビュートが今回の戦いで最も厄介な相手であることに疑いはない。
二人は武器を構えて最後の強敵と向かい合った。
「へえ、騎士様達ともあろうお方々が、か弱い女性を囲んで叩くのねぇ? 何だかがっかりだわぁ。」
彼等のやり取りを聞いていたベルゼビュートが、大げさに肩を落としながら嘯く。
「黙れ魔族! 貴様の様な者達から弱き者を守るために騎士になったのだ。ここで大人しく死んで貰おう。」
キースが凄むと同時、その魔道鎧から蒸気が噴き上がる。彼は騎士剣を鞘から抜き放つと、その切先をベルゼビュートに向けた。
「はっ! いいわ。かかってらっしゃい。雑魚が何人群れようが同じことよ!」
眼を剥いて吠えたベルゼビュートの身体が一瞬発光し、彼女を赤いオーラが包む。それと同時に、キースとミルダは一気に間合いを詰めた。
「そりゃあ!」
まずミルダが戦鎚を振るう。しかしその大振りな一撃では、やはりベルゼビュートを捉えることはできない。
「ほらほらほらぁ! 無駄なのよ! アンタの動きはもう止まって見えるわぁ!」
ベルゼビュートはミルダの攻撃に合わせるように踏み込んで腹部に膝蹴りをいれる。その速度は、先程までより更にもう一段階上がったように見えた。
縦横無尽に振るわれる大鎌に体術まで組み込んだ彼女の猛攻は恐ろしく速い。
その衝撃に苦悶の声を上げながら、ミルダは一歩後退する。追いかけるようにして振るわれた鎌の切先が彼女を捉えようとした瞬間、キースの剣が間に滑り込んで間一髪でそれを防ぐ。
「させるか!」
大鎌を跳ね除けたキースはそのままお返しとばかりに斬撃を放つが、これもベルゼビュートには当たらない。
「面白くなってきたわね! もっともっともっと楽しませてちょうだい!」
一連の攻防に満足したのか、彼女はその醜悪な笑みをさらに深くし、狂喜に震えながら大きく叫ぶ。
「望むところ、行くぞミルダ!」
「おう!」
二人もそれに応じると、三人の攻防は更に加速していった。
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剣閃が入り乱れ、それぞれの武器が激しくぶつかり合う。
キースとミルダは先程から二人で挟み込むようにしてベルゼビュートを相手しているが、今のところ彼女の “核” には一撃すら届いていない。
もし “核” に一太刀でも攻撃が入れば、現在の形勢は瞬く間に逆転する。ベルゼビュートの動きは格段に落ち、同時に恐ろしいあの再生能力も一時的に失わせることができるだろう。しかし、彼女とて万魔殿で名を馳せた魔王の一柱である。自分の弱点をそうそう簡単に晒してくれるはずがなく、常に左半身を守るようにしながら立ち回っている。
「うう……。何だか、先程からあまり上手くいってないみたいですわ。私達も加勢したほうが良いのではないでしょうか?」
傍らのセリエが不安そうに提案するが、フィンは首を振ってそれに応える。
「ここ数日の特訓の成果が無かったとは言わないけど、今の俺たちじゃあのスピードに着いていくのは難しい。キース達の足手纏いになるだけだよ。」
実際、訓練で手合わせしたどの時より二人の動きは速く、うまく連携も取れている。四人掛りに持ち込んだとしても、付け焼き刃の連携は却って悪い結果を招くことになるだろう。
「じゃあ、今は見ていることしかできませんの?」
「ああ、今まではね。だけどもう……。」
「もう?」
セリエはフィンの言葉に彼の目を見る。
「そろそろ時間だ。」
フィンがベルゼビュートに向けて片腕を伸ばすと、彼女を覆っていた赤いオーラが消失する。
「《減速》。」
赤いオーラが消えたと同時にフィンが詠唱すると、今度は青いオーラがベルゼビュートを包み込んだ。
「っふん! 今頃魔法で支援するのかい? 遅いんだよ!」
フィンの行動に彼女は一瞬フィンを見るが、すぐにキースとミルダに意識を戻す。
「……遅い? いや、 “頃合い” さ。」
フィンにんまりと笑みを浮かべながらキースとミルダに手をかざすと、続け様に詠唱した。
「《加速》!!《治癒》!!」
二人の身体を赤いオーラが包み、ベルゼビュートに負わされた傷がゆっくりと癒えていく。そしてその行動は当然、ベルゼビュートの逆鱗に触れた。
「手前ぇ! さっきから不粋なことばっかりやってくれてんじゃないよ、この雑魚が! まずはアンタから……!」
ベルゼビュートの意識が一瞬だけフィンに向く。
直後──。
「こうも上手くいくとはな。」
キースの声が彼女の耳に届いた。
「なに!!」
それと同時に、ベルゼビュートの左脇腹、否──全身を激痛が駆け巡る。
キースの騎士剣は、彼女の “核” を貫いていた。
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