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閑話 “魔導戦士” とその “師匠”

星読みの章に入るまでの閑話です。

 ◇◇◇


 ミルダは、近接に特化した “魔導戦士” だ。学園都市を首席で卒業したキースのパートナーとしてこの城塞都市を訪れ、今では若くして大隊長を任されている。とはいえ、彼女の半生は決して順風満帆と呼べるものでは無かった。


“魔導戦士” と呼ばれる者達は、本来は近接もできる “魔法使い” である。彼女も、とある魔法使いの一族の娘として産まれた。


 幼い頃に初めてその資質を測られた時──彼女の両親は大変驚いた。というのも、彼女の魔力総量は大人の魔法使いのそれの2倍近くあったからである。


 当然、両親はその才能に期待し、ありとあらゆる属性の魔法を彼女に教えようとした。しかし、彼女はその何一つとして習得することはできなかった。


 何故か? それは生まれながらにして、彼女には魔力の放出系回路が備わっていなかったからである。


 つまり、魔力総量が人並み外れて多いのも、結局は彼女自身が魔力(それ)を溜め込むことしか出来ない、ただの魔力電池だったからだ。己の内側から溢れ出る魔力を、自身をその器として成長させる事でしか受け止めきれなかったのである。しかし彼女も彼女の両親も、一族の誰もが、その真実に辿り着くことが出来なかった。魔法が使える者には、使えない者が “何故そうなのか” を研究するような変わり者は居なかったのだ。


“無能者” ──いつしか、一族の心無い者は彼女のことを陰でそう蔑んだ。両親はそれでもミルダを心から愛してくれたが、彼女のことで涙を流す両親の背を見るたびに、ミルダの心は深く傷ついていった。


 この世には、一口齧ればどんな “願い” も叶えてくれるという “黄金の林檎” がある。とある一族が隠しているという伝説の果実について彼女が知ったのは、彼女が14歳になったころであった。


 もしそれが本当なら、自らにかけられたこの “呪い” とも呼べる異常な体質を変えられるかもしれない。


 彼女は書き置きを残し、家族の元から一人旅立った。まだ誰も会った事のないという、エルフの一族と出会うために。


 彼女が初めてその “師匠” に出逢ったのは、その旅の途中である。自らを “大魔女” と称するその女性は嘘か本当かは知らないが、なんと1000年も生きているらしい。


「エルフの里を探してんだ。あんたはその場所を知らないかい?」


 ミルダは尋ねたが、女は柔らかく微笑むだけで答えを教えてはくれなかった。


「あらあら、可愛らしい “魔女” さんね。貴女ほどの高い魔力を持った女の子を、私以外で初めて見たわ。」


 代わりに(ミレッタ)はそう言った。


 その時、ミルダはとても “魔女” とわかる様な出立ちをしていなかった。戦鎚を携えて革鎧に身を包んだ彼女のことを、 “戦士” と呼ぶ者はいても “魔女” と呼んだ者はこれまでいなかった。例えそれがどれだけ名の知れた魔法使いであっても。


「あたしをアンタの弟子にしてくれ! あたしは、自分の身体を治したいんだ!」


 気がつけば、ミルダは女に懇願していた。


「いいわ。ちょうど、私も困っていたの。もしかすると、貴女の身体には私を治すヒントがあるかも知れない。」


 その日から、ミルダは彼女の “弟子” になった。毎日毎日身体の隅々まで観察され、様々な実験に付き合わされる事になった。季節が一巡する頃、師匠はついにその言葉を口にした。


「どうやら貴女には、魔力の放出系回路が無いみたいね。じゃあ、これならどうかしら?」


 ミルダは師匠の手を取ると、教わった魔法を唱えてみせる。刹那 ──、師匠の掌から大きな雷が解き放たれた。


「その体質は、今では滅んだ古い一族が持っていたものだそうよ。 “覚醒遺伝” というものかも知れないわね。私の古い知り合いになら、貴女の進むべき道を教えてもらえるかもしれない。」


 そうとだけ述べた師匠に連れられて転移した先は、まさしく “秘境” であった。長い蔦が巻き付いた太い木々に囲まれたそこは、光と水と風に溢れ、生命に溢れているのに何故か不思議な静寂があった。


 “エルフの里” ──人々はその場所をそう呼んでいたが、ミルダにはそこが何処なのかわからなかった。


「師匠、ここは……。」


「 “私の答え” はここにはなかったわ。だけど、 “貴女の答え” はどうかしら?」


 不意に、師匠の手が伸びる。その指差す先には、黄金の果実が無数に実る大樹があった。


「“黄金の林檎” ……。」


 ミルダが呟く。そこに実っているものこそ、いつか聞いた伝説の果実そのものであると、彼女は確信したからだ。


「なんじゃ、ミレッタか。」


 思わず駆け寄りたいという衝動が沸き起こった瞬間、若い女の声が聞こえてミルダは立ち止まる。

 よく見ればその大樹の根元には、ぶかぶかのローブを纏った一人の少女がいる。じっとしてピクリとも動かないその少女の手には、その “黄金の林檎” が握られていた。


「それにしても久しぶりじゃのう。して、そちらは誰じゃ?」


 ミルダ達が近づけば、少女は師匠に向けて尋ねる。


「私のたった一人の弟子よ。この子に予言を授けてあげてくれないかしら?」


「ううむ。お主はいつも単刀直入じゃな。もうちょっと、会話というものを楽しむことはできんのか?」


 少女は渋々という風で片目を瞑り、ミルダの額の前に差し出した。


「……見える。これは……、高い壁。黒き獅子……。そして……。いや、これはダメじゃ。されど……。うむ。」


 そこまで言うと少女は暫く黙り込み、今度は反対の目を瞑ってまた同じことをする。


「……。ううむ。其方……。いや、“此度” はこちらではないようだの。」


 そう言って、少女は片手に掴んでいた林檎をそっとそのローブの袖にしまい込んだ。


「聞け。中央大陸の南側に、“学園都市” と呼ばれる街がある。其方はそこである “男” と出会い、自身の “運命” を掴むであろう。しかし……。」


 そこまで言って、彼女は言葉を切った。


「しかし、何だよ。」


 ミルダが続きを促すが、少女は答えづらそうにその目を逸らした。


「 “運命” は確かにお主の “願い” を叶えるだろう。しかし、そうじゃな……。わしからお主に言えることは、決断の刻は待ってはくれぬし、それを決断だとお主が気づくことが出来るとも限らん……。と言うことだけじゃ。」


 少女は再びミレッタを見やり、こう告げた。


「お主らが出逢ったのもまた、“運命” なのじゃろう。しかして、わからないものよの。誰もが望む “永遠” を手に入れたというのに、わざわざそれを手放したいと思うお主の “待ち人” が、この娘の輪の中にもおったわ。」


「うふふ……そう。この子のところにも “彼” が来るのね。」


 そう聞いて、ミレッタは嬉しそうに笑う。"彼” という者の事をミルダは師匠から聞かされていなかったが、その表情は今まで見たことがないほど喜びに満ち溢れていた。


「ありがとう。長耳の予言者さん。じゃあ、私達もう行くわ。」


「あ! おい、まだ続きが……。」


 ミレッタは少女にそうとだけ告げると、ミルダの手を引いて何処へ飛び去った。


「ははは、あの女はいつも自由じゃの。まるで、宵空を翔ける “流星” じゃ。何時来て何処へ行くのかわしにも読めん。そう言えばわしらエルフの民も、いつかは “自由の民” などと、そう呼ばれておったの。」


 後に残された少女は小さく笑い、ほうと息を吐いた。


「わしの所にも、いずれは……の。」


 その小さな呟きは、彼女自身への予言であったろうか。


 ◇◇◇


「それじゃ、ミルダ。私達はここで別れましょう。」


 師匠に連れられて転移した先は、ミルダが来たこともない街の側の草原だった。


「え……。おい、師匠! そりゃあんまり突然じゃねえか。なんだよ急に、どうしてだよ!? そんでここは何処だよ!? あのよく分からねえ占いに、何か意味があるってのか? それとも、もしかしてあたしの事が邪魔になったってのか?」


 ミルダは師匠の顔を見つめて幾つも問いを重ねるが、彼女は微笑むばかりである。


「私は星を渡り、あの娘は星を読むの。貴女の星が流れる道が、あの娘には見えたのよ。だから、“貴女の答え” はあそこにあったの。」


 そう言って、ミレッタはミルダの手をしっかりと握りしめた。


「いつかまた会えるわ。貴女の行くべき道の先に、“あの人” が居るんだもの。そこには必ず私も居る。」


「意味がわからねえよ! なんだよ。信じてついて来たのに、やっとあたしの身体の謎がわかったってのに、これじゃあ何もかも、振り出しじゃねえか!」


 憤るミルダに、ミレッタは黒い金属の塊を差し出した──それは、古の民族が振るったと言われる古代の武器。使用者の魔力に呼応してその姿を変える、 “魔導武器(マジカルウェポン)” 。


「その金属から伸びている柄を握ってみなさい。」


「な……、なんだよこれ?」


「いいから、ほら早く。」


「お、おう……。」


 ミルダは師匠の言葉どおりにその柄を握る。すると、金属はその形と大きさを変え、やがて巨大な戦鎚となった。


「な……ッ! 何だよこれは!?」


 ミルダは驚きの声を上げるも、不思議とそれは彼女の手にあまりにもよく馴染んだ。


「試しに振ってみるといいわ。」


 ミレッタに促されるように、ミルダはそれを振りかぶる。何故かはわからないが、それをどう扱えば良いのかも、自然と彼女は理解した。


「うぉぉおおおお!?」


 勝手に魔力が吸い出される。戦鎚はその両端から炎を噴き上げて空を舞い、やがて弧を描きながらミルダの手に戻って来た。


「さっきの金属は、“黒鉄鋼(ダマスカス)” 。そしてそれは、かつてドワーフの名工が鍛え上げた “魔導武器(マジカルウェポン)” 。優れた武器には名前をつけてあげないと……。そうね、“魔導戦鎚ミョルニル”──というのは如何(どう)かしら?」


 ミレッタはそう言ってから、さらに言葉を繋げる。


「ねぇミルダ。私は貴女の師匠だけれど、自分の行き先もまだ分からない。貴女を何処へでも連れて行けるけれど、行き先は、貴女自身の選択だわ。そして、あの娘は貴女の探し物が “学園都市(ここ)” にあると言った。私は、それを信じてみてもいいと思う。でも……。」


 ミルダは師匠の言葉を聞き、じっと続きを待った。


「貴女と離れるのは、やっぱり少し寂しいわ。」


 多くの出会いと別れを経験して、ミレッタは生きて来た。1000年もの間、師匠はずっとこれを続けて来たのだ。これ以上深く師匠と過ごすことは、きっといつか彼女を深く深く傷つけることになる。ミルダは無言のうちにそう悟った。


「わかった。いままでありがとう師匠。あたし、此処で探してみるよ。その、なんだ? あたしの “運命” ってやつを。でも、いつかまた会えるんだろう?」


 心に寂しさと不安を宿しながら、それでもそれを極力見せないよう押し殺して、ミルダは師匠を見つめた。


「ええ、いつかまた。“彼” の下でね。」


 こうして二人は別れ、“運命" の導きが再び彼女達を巡り合わせるまで、それぞれの道を歩むのであった。


 ◇◇◇


ミルダとその師匠であるミレッタが出会い、別れるまでのお話でした。まさか、再会が “あんな風” になるなんてこの時は思ってもみなかったでしょうね……。

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