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第46話 最初の晩餐

 

 ◇◇◇


 ──ズドォォォォン……。


 戦況を確認するため陣地の前縁まで出ていた第二大隊長のラッシュは、後方で轟いた爆発音に振り返る。見れば陣地からは土煙が上り、続いて土石混じりの熱風が彼の元を吹き抜けた。


(ッくそ!! 後方だと!?)


 熱風から頭を庇うように腕を上げ、彼は陣地へと駆け戻る。整然と並んでいた防護柵は根こそぎ倒れ、数日を費やして強化を重ねた陣地は、既に見る影も無くなっていた。


 地割れから噴き出した蒸気が霧に変わり視界を遮っているため、被害の全容は確認できない。しかし、恐らくはかなりの数の団員達が被害を受けたはずだ。


「霧が晴れるまで無闇な攻撃は控えるのだ!! 総員持ち場にて防御を固め、次の攻撃に備えよ!!」


 彼は即座に部下達へ指示を出す。敵の姿が見えないこの様な状況においては、同士討ちによる被害こそ最も避けなければならないと考えたからだ。


 だが、その声に応える部下の声は一つとしてない。


 異様な雰囲気を察したラッシュが視力を強化して辺りを見れば、悲惨な光景が目に飛び込んできた。


 爆発の衝撃によって地面に叩きつけられ、四肢があらぬ方向へと折れ曲がっている者がいれば、地面から抜けた杭や瓦礫に、魔導鎧ごと身体を抉り取られた者もいる。


 直接的な爆発の被害を免れた者も、噴き出した高温の熱風に身を焼かれ、部隊の大半の者は既に戦闘不能に陥っていた。


(……くッ、密集陣形が裏目に出たか、まずは態勢を立て直さねば。)


『キース、こちらラッシュだ。先程の爆発により第二大隊の大半が戦闘続行不能、撤収も厳しい状況になった。至急救援を求む。』


 …………


『キース……。聞こえないのか!?』


 ラッシュは念話でキースに呼びかけるが、応答はない。


(っく……この霧、阻害効果(ジャミング)か……)


 本隊との連絡を絶たれたことを悟ったラッシュは、ひとまず生存者を募って態勢を整えることに決め、直参の3人の部下達に指示を与える。


「パースとヴィムは傷の浅い者を集めよ。傷の深い者には、このまましばらく霧に身を隠して体力を温存するようにとだけ伝えろ。ロイは霧の外に出て本隊に救援要請だ、では行け。」


「「「っは!!」」」


 指示を聞いた部下達は即座に行動を開始した。


 彼等が立った後、ラッシュは身を隠しつつ、爆発の中心地に向かって足を進める。


 ……


(いったい何が起きた? 大規模魔法でも直撃したのか?)


 ……


 しばらく進むが、未だ爆心地は見えない。


 ……


 そうしているうち、とうとう彼は城壁の真下までたどり着いてしまった。爆発は第二大隊陣地の最後方、城壁との境で起きていた。


 爆心地周辺は何もかもが吹き飛び、地面には大きな穴が開いている。

 ラッシュはその大穴を覗き込むが、どうやら壁は健在である。爆発は城壁の表面を少し焦がしてはいたものの、壁自体を崩すことは出来なかったようだ。


 恐ろしいほどに堅固な城壁が頼もしくもあったが、それと同時に違和感も覚えた。


(何故これほどの爆発で壁に傷一つないのだ……?)


 ラッシュが考えを巡らせていると、聞き馴染んだ声が聞こえてくる。


「第二大隊ぃぃ〜〜!! 誰でもよい聞こえんのか!? 聞こえたら応答せんか〜〜!!」


 ゴルドーの声である。彼は城壁の上で声を張り上げ、生存者を探している様だ。先程まで死にかけていたのを忘れてしまうほどの大声に苦笑しながらも、ラッシュは返事をした。


「ゴルドー殿!! こちらラッシュ!! 第二大隊は壊滅状態、至急救援を頼みたい!!」


「ラッシュ!? 生きてるなら何で念話に応答せんのじゃ!! いまミルダが第三大隊を率いてそっちへ向かっとる!! 女王が突っ込んできたようじゃ!! この霧では何処にヤツが潜んでおるかわからぬ!! くれぐれも気を抜くでないぞ!!」


 ゴルドーは盟友であるラッシュの無事を知って安心しつつも、未だ判然としない敵の居所を警戒している。


「御忠告感謝致す!! どうやらこの霧が念話を阻害しているものと思われる!! 早めに風魔法で飛ばしてくれるとありがたい!!」


「心得た!! しばらく待っておれ!! それまで()られるでないぞ!!」


 ──ヒュン


 わかった──そう応えようとした矢先、ラッシュの首元目掛け背後から鋭い影が伸びる。


「ラッシュ! 後ろじゃ!」


「……ちッ」


 ラッシュは間一髪で前方に跳び込むと、敵の一撃に合わせて岩石弾を放ち攻撃を相殺した。

 続けて魔導鎧を増幅(ブースト)させた彼は、背後の影に向けてお返しとばかりに一回り大きな岩石弾を撃ち出す。


 ──ズドン


 重たい音が響く。闇雲に放った一撃ではあったが、どうやら直撃したようだ。


 しかし、影の主が前進を止めることはない。


 ザリザリザリザリ……


 固くて重い何かを引き摺るような音が、ラッシュの方へと真っ直ぐに近づいてくる。影が近づいてくるにつれ、ラッシュはその大きさを認識した。それと同時に、その影が呻き声のようなものをあげていることも。


 ──ォォォォ……


 それは何重にも()り合わせた呪言(じゅごん)のようにも聞こえる。


(ッなんだこれは……凄まじく気味が悪いな。)


 ラッシュは身震いするが、直ぐに意識を視界に戻す。


 ──ザリザリザリザリザリ……


 …………


 次第に大きくなっていた影と音が、ある時を境にピタリと止まった。それに代わり、カツカツという高い足音が近づいてくる。


 直後、霧の中から姿を現した存在(ソレ)は、女性の姿をしていた。


 ◇◇◇


 霧から姿を現したのは、赤褐色の全身鎧(フルプレートアーマー)を身に纏う短髪の女戦士だった。


 右手には、血で真っ赤に染まった大鎌を握っている。左手も同じく真っ赤に染まっていたが、恐らく彼女のものではないだろう。誰の血か想像するまでもなかった。腰から突き出た釣り針の様な金具に、黒い塊が3つぶら下がっている。


 彼女はラッシュを見つけると、ペロリと唇を舐めて歪んだ口を開いた。


「あらあらあらあら?? 殺すつもりで振ったんだけどお?? なかなか楽しませてくれそうなのが居ると思ったら、あんただったとはね〜〜。」


 くすくすという声を上げながら、女はひどく残酷な笑みを浮かべてラッシュを眺めている。


「……貴様、何者だ?」


 ラッシュは一分の隙もなく構え、女に問いかける。


「何者だ……、ですって??」


 女はコテンと首を傾げて少しの間ラッシュを見つめていたが、彼の言葉の意味を理解すると声を上げて笑い始めた。


「ッあっはは!! おっかしい!! そっか〜、解らないよねぇ? あんた達には? そぉっかあ! “初めて” 会ったんだもんねぇ、 “あたし達” は?? ッあっははははははは!!」


 何がそんなに面白かったのだろうか、女は狂ったように笑い転げている。


 暫く笑って満足したのか、女は腰にぶら下げていたモノを放り投げてラッシュに言った。


「あー面白かった。ありがとう知らないオジサン。 “それ” 、つまらないモノだけど楽しませてくれたお礼よ。喜んでくれたら嬉しいわ〜〜。」


 放たれた3つの塊が鈍い音を立てて地面に落ち、ゴロゴロとラッシュの足元に転がってくる。


 その正体がわかった瞬間、ラッシュは目を見開いた。それらは、彼が最も信頼した三忠臣の頭部であったからだ。ラッシュと別れた後ほんの僅かな時間の内に、三人は物言わぬ骸へと変えられていた


「……ッ!! まさか……パース、ヴィム、ロイ…………。」


 相手がどんな強敵であろうと、手練れの彼等がこうも簡単に殺られてしまうなんてラッシュは予想もできなかった。圧倒的な力量、そして、騎士団に対する明確な敵意。間違いなく、目の前の女性はこの街の人間ではない。


 彼は怒りで震える声を押し殺し、女を睨みつけて問いかける。


「そうか貴様が……貴様が “蟻の女王(レジーナアント)” なのだな……。」


 女はまた眉根を寄せ、怪訝そうな顔を浮かべながら答えた。


蟻の女王(レジーナアント)ぉ?? あはッ、あの使えない()()のこと? あんなのと一緒にしないでもらえるかしら? あれは用済みだったから、もう()()()()()()わ。私はねぇ……。」


 ──ブォォーーーーーン。


 その時、平原一帯に角笛の音が響く。霧を払うための風魔法の準備が整ったのだ。集団詠唱により生み出された突風は瞬く間にも周囲の霧を吹き飛ばしていく。視界が晴れていくにつれ、キース達騎士団からの念話がラッシュにも届くようになった。


『ラッシュさん、応答して下さい!!』とキースの声。


『ラッシュ!! いま向かってるから踏ん張りな!!』とミルダの声。二人は既にラッシュが交戦中であることを、ゴルドーから報されている。


 しかし、彼等の声はラッシュの頭に全く入って来ない。何故なら彼は、目の前の光景に全ての意識を奪われていたからだ。


 先程から聴こえていた、ザリザリと何かを引き摺る様な音。


 呪言のように聴こえていた呻き声。


 女の後ろを進んでいた大きな影の正体、それは──第二大隊の団員たちを無数に取り込んだ巨大な粘性生物(スライム)のものだった。


 ……ぅ……ぁ…………。


 たす……け……。


 …たいちょ……にげ……。


 まだ生きている団員達は、苦しみながらもがいている。それを見たラッシュは、とうとう怒りを爆発させた。


「ッおのれ!! この外道がぁ!!!!」


 ラッシュの得意属性は土魔法、魔道鎧は岩石の射出に特化した近・中距離型である。彼は両腕に仕込まれたガトリング砲に魔力を集中させ、女に向けてありったけの岩石弾を打ち放した。ガンガンという轟音とともに高速の岩石が女に迫る。


 女はそれらをひらりと舞い上がるように避けると、岩石弾は後ろのスライムへと吸い込まれた。ぐぎゃ。あう。取り込まれていた団員の何人かが、情け無い声を上げて生き絶える。


「ええ〜。せっかく新鮮なまま生かしてるんだから殺さないでよお、あんたのお仲間でしょ〜??」


「黙れ小娘がぁ!!」


 ラッシュは女を追いかけるようにガトリング砲を振り回した。


「そもそも、そんな飛道具(おもちゃ)で私をどうしようっていうのかしら?」


 そう言いながら、女は自身が纏った魔力を赤黒く変容させていく。次いで彼女が大鎌を握る手に力を込めると、大鎌は凄まじい勢いで回転を始める。それに弾かれたラッシュの岩石は、次々に空中で爆散した。


 ◇◇◇


 高速回転する大鎌を盾のようにして構えながら、女は一歩一歩ラッシュへと近づいてくる。


「ほらほら、もうすぐ大鎌(コレ)が届いちゃうわよ? 今度はちゃんと狩り取ってあげるわ。貴方の首を、ちゃあんとね。」


「できるものならやってみよ!」


 女が大鎌を振り上げた瞬間、ラッシュは魔道鎧全身を硬質の岩石でコーティングする。


「あはッ、これじゃあ()()()()()()()わね。じゃあね、おじさん。」


 ──ッザン。


 振り抜かれた大鎌の先が、ラッシュの魔道鎧を捉える。


 その瞬間──。


 ッカ──。


 ラッシュの魔道鎧が “大爆発” した。


 ◇◇◇


「っよし!! 決まった!!」


 城壁の上でその光景を見てガッツポーズするのはフィンである。


 爆炎は城壁とほぼ同じ高さまで舞い上がった。

 災厄が起こした先の爆発と同じか、それ以上と思えるほどの衝撃が辺りに響く。


「えげつない爆発じゃの、小僧。」


 炎魔法の使い手であるゴルドーも感心するほどの爆発である。


「そりゃあ代わりに “爆発符” をあるだけ全部詰め込んでやったからね。ラッシュさんも助かって一石二鳥の作戦さ。ミレッタはシビアなタイミングで転移を成功させてくれた、流石は大魔女だ。」


「何だこれは、どういうことだ!? 誰が手を貸せと言った! ヤツはどうなった!?」


 一瞬のことに理解が追いついていないのはラッシュであった。その横で、ミレッタが微笑みながら口を開く。


「あら……フィン、“愛してる” って言ってくれてもいいのよ? うふふ」


「ああ、()()()()()ミレッタ。」


 フィンは、大鎌がラッシュを両断する直前に鎧の中身を爆発符と()()()()ていた。もっとも、正確にはそう指示したというだけで実行したのはミレッタであったが。


「フィン、とっても卑怯ですわ……。」


 そんなパートナーを横目にしつつ、呆れ果てているのはセリエである。


「そんな事はないぞ? 兵は詭道なりってね。これは集団戦なんだから、単純な力比べだけで相手に勝つ必要はないんだ。」


 そうフィンが得意げに応じた瞬間だった。


 ──あっははははぁ!!


 喜びも束の間、爆炎の中から大きな笑い声が聞こえてくる。


「 ……それに、あいつはまだ生きているみたいだし。」


 フィンは額に滲む汗を感じながら苦笑した。


「ッな!? あれでもまだ仕留め切れませんの!?」


 セリエはまさかと言う表情を浮かべているが、間違いなくヤツは生きている。


『ッああ! なんて楽しませてくれるのかしら外の世界は。 “最初の晩餐” だというのに、初体験がこれじゃあ、しばらく元の生活に戻れそうにないわね!!』


 その時、女の声が直接脳内に響いた。


 …………


 爆発の砂塵が収まり、徐々に女の姿が露わになる。


 身体の正面が大きく焼き焦げ、骨が見えるかというほどに肉が削げ落ちているにも関わらず、そいつはまるで遊園地のアトラクションで水浴びをしているかのように両腕を広げ、恍惚の表情を浮かべていた。


 グジュグジュと傷口が膨らみ塞がって元通りになると、女は再び口を開く。


『ご褒美に教えてあげましょうか、私が名は《美食の女王(ベルゼビュート)》、万魔殿の魔王が一柱であり、この世界を滅ぼす者。やっと外に出られたんですもの。もっともっと、楽しませて頂戴!!』


 その時世界は、強大な悪がこの世に解き放たれたことを知った。


 ◇◇◇


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