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第41話 昆蟲大戦(その1)


 ◇◇ 城塞都市フィリス 城壁 ──


 慌ただしく城壁の上を駆け回る騎士達の喧騒の中、遠見台から南西の方角を静かに見つめているのは騎士団長副官のキースである。


 その双眸(そうぼう)は青く光り、眉間には彼らしくもなく深い皺を刻んでいた。眼に映る蟲の大群は、耕作地を遥か向こうまで埋め尽くし、木々を薙ぎ倒しながら城塞都市(このまち)へと迫っている。


「ゴルドーさん……頼みますよ。」

 

 群れ先端の前方約200m程の地点を、50騎程の騎馬隊が駆けていた。ゴルドー隊長率いる第一大隊の精鋭である。


 “陽動作戦” は現在のところ上手くいっている。騎馬隊は蟲に追われながらも耕作地の合間を抜けるように群れを誘い、進行方向を的確に黒門の方に向けていた。


 耕作地の水を抜かなかったことが幸いして蟲は泥に脚を取られている。大群が通り過ぎた後には、後続に踏み潰された蟲の死骸が無数に転がっていた。しかしそれも、群れ全体から見ればたったの一握りでしかなかったが。


 地形を利用した巧みな陽動により、群れの速度は十分に抑えられている。このままいけば駿馬を揃えた精鋭部隊が追いつかれることはない。だがもし誤って馬の脚を “泥” に取られてしまえば、あっという間に群れに呑み込まれることになるだろう。そうなれば、例え騎士団の歴戦の猛者とて生きて再び壁の中へ戻ることは不可能だ。数の暴力とは、それ程までに凄まじい。


 蟲の一群はそれぞれが独立した個体でありながら、まるで一つの生き物のように統制された動きで騎馬隊を追いかけている。


 耕作地を抜けた騎馬隊は程なく合流し、城壁へ向かって速度を上げた。この先は平地が続くため、下手に機動を変えればいつ追いつかれるかもしれないのだ。


 最後の仕上げと言わんばかりに、速度を落とした一騎が群れに向けて炎の矢を放つ。大隊長のゴルドーである。


 掌から伸びた赤い光が真っ直ぐに群れへと着弾すると、数十体の蟲が炎に包まれて炭になり、一瞬で後続に呑み込まれていった。その一撃に呼応するように、群れはその進行方向をゆっくりと変えていく。


 その先にあるのはもちろん── “黒門” だ。


 瞬間、群れ全体を舐めるように見ていたキースの眼が、ある一点へと吸い寄せられた。


「いた…………ついに見つけましたよ。」


 彼が探していたのは、群れの中に生じる僅かな “歪み” 、一糸乱れぬ統制された動きの中にあってほんの一瞬だけ他より “早く” 動き出す、群れの意志の中心。


 死への恐怖など感じない蟲の群れの中で唯一、命の危険に対して身構える個体 ──蟻の女王(レジーナアント)を、彼は見つけた。


「特徴は覚えました。なるほど、わかりやすいお友達に囲まれていますね。」


 キースは発動させていた《遠目》を解くと遠見台から飛び降りる。全身に纏う魔導鎧の重さにも関わらず、その着地は綿毛のように軽やかである。


 彼は司令室へと向かいつつ、壁外に整列した第二大隊を見遣る。壁の薄い地点にも土嚢や柵が設置されており、川という天然の障害を十分に利用したこの地形なら容易に抜かれることは無いだろう。


 壁内の大広場には、既に防空を担う第四、第五大隊が整列し、壁上を覆う魔法障壁を張り始めている。


「準備は上々、あとはやってのお楽しみ……ってやつですか。」


 現状は、騎士団が思い描いていた展開のとおりだ。キースの頬が自然と緩んだが、彼は自らの口元へそっと手を伸ばすと、フウと息を吐いて再び表情を引き締める。


「いけませんね、このままだと伝説に残るのはまた “黒門” ばかりだ。 “黒獅子” の名を歴史に刻むためには、完全勝利(パーフェクト・ゲーム)を目指しませんとね。」


 そう独白し、キースは更に足を早めるのであった。


 ◇◇◇


「状況はどうだ。」


 蟲襲来の報せを聞き壁上へ登った騎士団長(ガレフ)は、既に司令室で待機していた副官(キース)へと告げた。


「蟲の大群は現在、フィリス南西の方角から街に向け接近中。壁外で巡察の任務に就いていた第一大隊が予定通り黒門への陽動を遂行し、先程こちらに戻りました。」


 キースは続けて、現在判明している敵の情報等について報告する。

 

「敵の規模ですが、確認できる限りは飛行型が約五千体、地上型は十万体といったところです。地上型には動きの速い魔物もおりますが、騎馬に追いつくような速度は出せないようです。この辺りは先遣隊が得ていた情報と一致しています。黒門の発動準備及び各大隊の配置も済んでおり、現時点で作戦の変更は必要ないと見積もっております。」


 騎士団長は頷いて続きを促した。


「うむ、では計画通り群れを十分に引きつけてから黒門を発動させる。飛行型の対処も問題なさそうか?」


「飛行型は地上型のような甲殻を持っておらず、腹側は柔らかいのでそう時間をかけずに殲滅できると見ています。ただし、対空火網をすり抜けた個体が高々度からの垂直降下による特攻を仕掛けてきた場合には、市街地への落下も考えられますので、その対応を考える必要があります。」


「わかった。市民は複数箇所に一塊で避難させ、冒険者には撃ち漏らした飛行型の対処を任せよう。」


「はっ、では直ちに冒険者組合に連絡を。」


 団長の指示は事前にキースが予想していた通りであったため、伝令に指示を出して直ぐに組合へと走らせる。


「他にはあるか?」


「はい、群れの後方に “女王” と見られる個体を確認しました。フィン殿が予見していた通り、敵は蟻の女王(レジーナアント)が率いているようです。女王は周辺を通常よりも大型の個体に守らせており、それらは甲殻の色が他と比べて黒いため、大まかな位置の推定は可能です。」


「うむ、やはり “蟻の女王(レジーナアント)” だったか。女王を逃せば被害は帝国どころか大陸中に際限なく広がっていくだろう。ここで何としても仕留める必要がある。それに、我ら帝国の領内で発生したことが列強に知れれば、初動を誤ったとして国家レベルでの責任問題にもなりかねんからな。」


()()が通じない場合には決死隊を向かわせて討伐します。決死隊に組み込む予定の者には既に指示を出しております。」


「うむ。だが……。」


「私も行きます。」


 ガレフが口を開くよりも一瞬早く、キースがその意図を汲んで言葉を切った。


「しかしキース……。」


「現在騎士団の最大戦力は、()とミルダです。我々が勝てないようならそもそも此処で女王を討伐することなど不可能なのですよ。それとも父上は、この帝国より私がの方が大切とでも?」


 キースの言葉にガレフは押し黙る。


「心配御無用ですよ父上、それに万が一、煉獄で仕留め切らなければの話ですから。では、私は第三大隊と共に壁上の防備に回ります。指揮は《拡声(ラウド)》と《念話》で繋ぎますので、父上は黒門の制御に集中して下さい。状況は逐次報告致します故」


 キースはそう告げると、もうこれ以上語ることはないと言うようにガレフに背を向け、司令室を後にした。


 残されたガレフは司令の椅子へ腰を落として深く息を吐くと重い口を開いた。


「煉獄が()()()()場合には……か。お前は伝説を “超えて” いくつもりなのだな、キース……。だが父として、私がそれを許さん。女王はこのガレフが、必ず仕留めて見せようぞ。」


 ギラリと光るガレフの瞳には、キースにも負けぬ程の決意の炎が揺らめいていた。


 ◇◇◇


お待たせしております。衝突まで秒読みです。

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