第39話 この戦いが終わったら……
◇◇◇
────……。
──……ン。
……フィン。
自らを呼ぶ声に目を開くと、目の前にセリエの顔があった。彼女は心配そうにフィンを見つめながら彼の手を握っている。
「フィン、気がつきまして? もう、心配しましたわ。」
「……あれ、俺は……?」
フィンは上体を起こすと、まだ覚醒し切らない意識を呼び覚まそうと小さく頭を振る。
「いけませんわフィン! もう少しであの “痴女” に窒息死させられるところだったんですから、もう少しゆっくり横になっていないとダメですわ。」
セリエはそんなことを言いながら、フィンを無理矢理ベッドへ押し戻す。
彼女曰く、どうやらフィンはミレッタの胸に顔を埋めたまま窒息死しかかっていたらしい。彼自身は時の流れがひどく緩やかになったように感じてはいたが、 “観測者の間” にいるうちにもこの世界の時間はいくらか進んでいた様である。とても安全とは呼ばない様な状態でルシフェルと会話を繋げたのは失敗であった。
(なるほど。下手すればあのままルシフェルから「お帰り。」と告げられていた可能性もあったのか……。あいつめ、もしそうなっていたらきっと大笑いで俺のことを出迎えたろう。危なかったぜ。)
今後はルシフェルに会話を繋ぐ時は安全を確保してからにしよう。そうフィンは肝に銘じるのであった。
「そうか……すまない、心配をかけて。それで、あの2人はどこへ行ったんだ?」
フィンは先程から見えないミレッタとミルダの所在をセリエに尋ねる。
「ああ、あのミレッタとかいう女性とミルダさんは “黒門” に向かわれました。なんでも、戦闘が始まる前に確認しておきたいことがあるそうで、ミルダさんは本当はフィンにお願いしようとしていたみたいですけれど、ミレッタさんなら申し分ないとのことでしたわ。」
そこまで言って、少し躊躇うような素振りを見せたあとに、彼女は続けて口を開いた。
「……あの女性、ミレッタさんにはあまり近づかないようにして下さいませんこと? あの女性がどれだけすごい人物なのか私は詳しく存じ上げませんが……、うまく言えないのだけれど、なんだか嫌な胸騒ぎがしますの。」
「ミレッタが? ……確かに、今回は少し危なかったが、これは基本的に俺の不注意が招いた事故のようなものだし……。」
そう言いかけた時、セリエは必死の表情でフィンの言葉を否定した。
「違いますわ! あの女は本気でフィンを殺そうとしていたんですのよ! だって、彼女は……私の “夢” の中で貴方を……。」
セリエの大きな緑色の瞳の淵には、既にいっぱいの涙が溜まっている。その表情と言葉から、セリエが何故こうも必死に釘を刺そうとしているのかをフィンもようやく理解した。
セリエも遂に見たのだ。フィンの “前世の記憶” を、そして、その “最期” を。
「セリエ……。わかった。ミレッタには気をつけるよ。それに、必要以上に近づかないことにする。」
「ええ、そうして下さい。」
フィンの返答に、何とかセリエも頷いた。
「だが、セリエが見たものは所詮は “悪い夢” だ。あまりそのイメージに囚われ過ぎるのは良くないぞ? ちゃんと、お前の目で見たものを信じ、判断しろ。俺は死なないし、ミレッタがどう言おうが俺の “パートナー” はお前だ、セリエ。まずは二人で、この城塞都市に迫る危機を乗り越えることに集中しよう。」
フィンは努めて冷静にセリエに告げる。
彼の言葉にセリエは幾分か不安が和らいだのか、表情を少しだけ柔らかくしてフィンに言葉を返した。
「もう、きっといつかフィンが私に話した “夢” の話が原因ですわ。最近変な夢ばかり見るのです。それこそ、フィンが別の女性と……。」
そこまで口にして、セリエは思い出したようにフィンに告げる。
「そうだ、フィン。私はまだ諦めていませんよ? この戦いが終わったら、必ず “収穫祭” に二人で行きますの。約束ですわよ!」
そう言って笑う少女は、未だに潤んでいる瞳のせいもあって、いつにも増して魅力的に見える。
しかし、これまでこのゲームのあらゆる “フラグ” を回収し続けてきたフィンである。ここまであからさまなものを立てられてしまえば、もう内心苦笑いするしか無かった。
「……そ、そうだな。セリエ、必ず見に行こう。約束だ。」
驚くほど鮮やかにセリエから発された “死亡フラグ” に一瞬言葉を失いそうになったが、なんとか彼女にそう返す。
「ええ、 “絶対” ですわよ。」
戦いの時は迫っている。正直、今回の転生では引き継いだスキルの確認も十分に出来ておらず、身体の動かし方さえまだ順応し切れていないところはある。それでもいまは、ルシフェルが整えてくれた状況と、持てる知識のありったけを駆使してこの “災厄” を乗り越えるより他にないのだ。
この世界は既に作り物ではない。絶対にフラグを叩き折ってやる。そんな決意を新たにするフィンなのであった。
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