第37話 集いし者達
◇◇◇
───コンコン。
先程から、部屋に何度もノックの音が響いている。
「フィン、聞こえてないのかしら? 私、もう怒ってませんでしてよ。もう誤解は解けたのですから、早く支度をして出てくるんですの。」
そして、扉の向こうからはセリエの声が聞こえている。
───コンコンコンコン。
再び扉を叩く音がする。
「フィーン、ミルダさんが待ってましてよ〜。もう、入りますわよ? ……あら、部屋に鍵が……?」
セリエは扉を開けようとするが、扉には鍵が掛けてある。ガチャガチャとノブを回すが、相変わらず中のフィンからは返事がない。
「セリエ殿。どうされたのだ?」
そうしているうち、なかなか待ち合わせ場所に姿を現さない二人を心配してミルダがやって来る。
「あら、ミルダさん。お待たせして申し訳ありませんわ。実は、何度呼びかけてもフィンが部屋から出てこないのです。」
「ふむ。フィン殿に万が一のことがあってはいけない。私が鍵を取ってくるよ。」
「よろしくお願いいたしますわ。」
(まずい……。)
フィンが待ち合わせに来ないことから、どうやらミルダまでもセリエと合流したようである。
(この状況を何と彼女達に説明すれば良いのだろうか……。全く思いつかないし、そもそも、どうしていまこんなことになってるのかなんて、俺にもさっぱりわからない。)
───はぁ。
フィンはため息をついていた。彼の頭の中は現在、絶賛混乱中である。その理由は、彼の目の前、いや、彼の腰の上で気持ち良さそうに目を閉じて眠っている女性が原因だった。
その女性は、黒い布地に金の刺繍、身体のラインがハッキリと浮かぶローブを身につけている。彼女の “不死性” の象徴でもあるその若々しい美貌は、とても千年を生きてきたとは思えぬほどの瑞々しさであり、彼女の持つ全魔力を常時延々と消費し続ける “呪い” でもある。
フィンのため息が聞こえたのか、その女性は薄っすらと目を開けて長いまつ毛をぱちぱちと瞬かせると、彼に向かって気怠そうに微笑みかけた。
「あらあら……、なんだか外がとっても騒がしいわねぇ。おはよう、ダーリン?」
もうお分かりだろう。そう、ミレッタである。
「あの、ミレッタ? お前もとっくに気がついているとは思うが俺は……。」
フィンが言いかけた言葉を遮る様に、ミレッタはその両腕をするりと彼の首の後ろへと回すと、抱きつく様な姿勢になりながら彼の耳元で囁く。
「もう、やっと再開できたっていうのに……、そんなつれないコトは言わなくてもいいわ。」
「え、ちょ……むぐっ!?」
それでも言葉を続けようとしたフィンの口を、彼女は自身の柔らかいもので塞いだ。
────ガチャ。
「ちょっとフィ…………ン?」
扉を開けたセリエの目に飛び込んできたもの。
それは────。
ベッドの上で見知らぬ女性に抱きしめられる、自らの|パートナー《フィン⦆の姿だった。
「……え?」
セリエは一瞬、目の前に広がる光景が理解できずに固まってしまった。
そうしていると、その見知らぬ女はセリエの方を振り返り、こう言った。
「あら、また別の娘を連れているの? ダーリンったら、いつの間にか随分とモテる様になっちゃったのねぇ。そんな風にされたら私だって、少しは嫉妬しちゃうわよ?」
その言葉を聞いてセリエは正気を取り戻したのか、フィンに向かって声を上げた。
「ちょっとフィン!? これはッ……、いったいどういう事なんですの!?」
セリエの大声に、部屋の外で二人が出てくるのを待っていたミルダも部屋に入って来る。
「どうされましたかセリエ殿!! ……っひゃ!?」
ミルダは部屋に入るなり、フィンに抱きつく女性を見て可愛らしい声を上げた。
「はぁい、ミルダじゃない。お久しぶりね、元気にしてたかしら? 魔法の練習は上手くいっているの?」
固まるミルダを見て、馴染みの友人にでも語りかける様な、どこか軽い口調でミレッタが口を開く。
「お……お師匠様!? ご、ごご無沙汰しております!!」
「……ッえ!? お、──お師匠様!?」
ミルダの言葉に、セリエは今度は彼女の方へと振り返って目を丸くしている。
「(そうなんだ、あのね。ミレッタはミルダの魔法のお師匠様で、俺達は何にも怪しい関係じゃないよ?)」
フィンは耳から聞こえる音を頼りに状況を察して声をあげようとするが、その言葉はミレッタのおっぱいで押しつぶされ、フガフガという音を立てるだけに留まった。
「ちょっと、とにかく貴女! 私のフィンをお離しなさい!! 苦しそうじゃありませんか!!」
「あら、彼。喜んでるわよ?」
「そうなのフィン!? 許しませんわ!!」
(……あかん。修羅場じゃ。)
フィンは事態の収束を諦め、ついにこの状況をいったん整理するため、これまで避けてきたステータスにある “サポート” に意識を向けた。
その瞬間、周囲の時の流れが次第に緩やかなものになっていく。
(ふーん。こっちではこんな風になっているのか……。)
“シミュラクル” に転生して以降、初めて生きたまま “彼” と話すことを決めたフィンは、 “サポート” の仕様に驚いていた。
何倍にも引き伸ばされた時の中にあって、フィンの思考の早さは全く変わっていない。まるで彼の意識だけが世界から離れていく様な感覚を覚えながら、フィンは徐々に “彼” と意識が繋がっていくのを感じていた────。
◇◇◇




