第35話 作戦会議
◇◇◇ “黒獅子の咆哮” 騎士団本部──
フィンとセリエが城塞都市フィリスへと到着してから約3日後、先遣大隊からの報告を受けて第二回目(フィンとセリエにとっては初めてだが。)の “フィリス防衛作戦会議” が開かれた。第一回目の作戦会議は、既に団内の上級指揮官のみで行われたそうだ。
この会議の主催者は “黒獅子の咆哮” 騎士団長であるガレフ=マルゼンシュタイン。司会進行は副官のキース。参加者は、黒獅子の咆哮から各大隊長、フィリスの街の冒険者組合からギルドマスター、そしてこの街を拠点に活動するいくつかの冒険者クランの代表達、最後にフィンとセリエである。
会議の顔ぶれを見たフィンは、ある事が心配になり辺りを見回すが、そこには彼が気になっているモノは現れない。
(ふーん……。多少の覚悟をキメては来たんだが、これほどの実力を持つメンバーが集まっても “災厄” の出現条件は満たさなかったみたいだ。それにしても……。)
フィンがそんな事を考えていた時、会議の参加者が概ね出揃ったと判断してキースが声を上げる。
「皆さん、我々騎士団の協力要請を受けてよく集まって下さいました。それではまず、団長よりご挨拶いただきます──。」
総勢20名ほどが集まった中で、会議は始まった。
「──皆、まずは我らの協力要請に応じてもらい感謝する。知っての通りだが、現在この街は蟲の脅威に晒されている。先遣大隊の報告では、あと7日程で奴らはここ城塞都市へと到着する。もう僅かな時間しか残されていないが、現状我々が対処できない規模の群れではないと見ている。
我ら “黒獅子の咆哮” は、この街の防衛に全力を尽くすつもりだ。今日は我々の作戦の概要と、各参加者に求める協力内容について伝えることが目的だ。その上で疑問があれば何でも言ってくれ、以上。」
ガレフの短い挨拶が終わる。
「ではこれより、第二回フィリス防衛作戦会議を始めさせていただきます。」
司会のキースがそう告げると、早速ある冒険者クランの代表者が一人、声をあげて立ち上がる。
「おうおうおう! こんなに日がもうなくなっちまってから作戦会議を始める……だ? ぁあん!? ちょっとばかし動くのが遅えんじゃねえか、騎士団さんよ?」
この男は先の “大広場” の一件で、セリエにこっ酷くダメ出しを受けた冒険者だ。
彼は “鉄板のダン” という二つ名を持つ金級冒険者で、この街の冒険者組合では上位ランカーと言ってもいいくらいの序列にいる。荒事にも強く、何かあればコイツに任せておけばいいと言われるほど、彼の評判は良かった。
彼は今回、これまでの騎士団の箝口令による情報封鎖に大変腹を立てていた。広場での一件は、彼なりにこの街の為を思っての行動だった。しかし結果としてあの農民はあっという間に勇気ある正直者として持ち上げられ、一方の自分は悪人扱い。
酒場で聞いた吟遊詩人の唄の中にも彼は、人を見る目も人情もない身体の大きな冒険者として登場させられる始末……。
正直言って、踏んだり蹴ったりだった。
多少は彼自身の思い込みによるところはあったものの、事前に蟲の情報を知ってさえいればあんな態度をとることもなかったのだ。現在彼が不名誉な扱いを受けていることの責任の大部分は騎士団の失策にある。彼は今日、その文句を言う為会議に参加したのである。
ダンの言葉を受け、会議の資料を手にしたキースが、冷たい目を向けながら彼に口を開いた。
「……その件については、既に回答をいたした筈ですが? 住民達の混乱を避ける為、情報は敢えて機密にしておりました。あの時点では調査結果もまだ出ておらず、誤報の可能性すらあり得る状況でした。イタズラに住民の不安を煽ることで街の治安が悪化すれば、我々騎士団は街の内側と外側、つまり二正面での対応を取らざるを得なくなります。街の安全を守るのが、我々騎士団の任務です。我々が得た情報をどう運用するのかも、当然我々に決定権があります。」
キースは淡々と事実を告げる。
「だとしてもだ! 実際に騎士団は単独での蟲討伐を諦めたわけだろう? ぁあん!? だから、俺たちを呼んだんだろうが!?」
ダンは大声で騎士団の失策を責め立てた。
「それとも……。俺たち冒険者には戦いの準備なんて必要ねぇってことか? まずは情報提供が遅れた事に対して謝罪するのが筋ってもんだろうが!!」
そこまで言い終えて中央の円卓を蹴り飛ばすと、彼はその言葉の勢いのまま騎士団長の方を睨みつけた。
その時、またもキースがやれやれというように首を振りつつ、ダンに対して口を開く。
「……少し語弊が有るのかも知れませんが、 “黒獅子の咆哮” は単独での蟲の討伐を諦めてはおりませんよ?」
その言葉に、その場に居た “黒獅子の咆哮” 以外の者たち全員がキースの方を向いた。
キースはただ真っ直ぐにダンの方を見つめており、続けて彼の不遜な態度を糾弾する。
「我々の作戦内容を聞こうともせず、自らの不満を並べ立て、ただ悪戯に会議の邪魔をして、なけなしの時間さえ無駄にする。それが冒険者組合の総意ですか?」
キースの言葉は止まらない。ダンはその気迫に押されて、大きな身体を小さくしてしまった。
「まったく、順序も何もありゃしませんね。そんな事だから見る目がないなどと子供達にまで唄われるのですよ? いいですか、鉄板の……」
キースがそう口にしかけた時、騎士団長であるガレフが口を開いた。
「もうよい、キース。彼とてこの街を思うが故の弁だ。それくらいにしておけ。」
その威厳に満ちた声に、会議の参加者全てが今度はガレフの方へと注目する。
「ダン殿の言う通りだ。情報提供が遅くなったこと、誠にすまない。我々にも思うところがあった故のことだ。どうか許して欲しい。だが、まずは我々の作戦について聞いてくれ。君たちに戦う準備が全く必要ないとは言わないが、直接蟲共と戦うのはあくまで我ら騎士団だ。安心してくれてよい。」
団長の発言を受け、ダンとキースはゆっくり椅子に腰を落とす。
キースの表情は満足そうだ。おそらくはダンがこの会議に参加を表明した時点で、こうした流れになる事を予見していたのだろう。
「ではキース、作戦内容を説明しろ。」
「はっ、まずはこの街へ向かう蟲共の勢力ですが────。」
◇◇◇◇
「──以上が “フィリス防衛作戦” と、皆様に依頼する協力内容です。何か質問は?」
キースは作戦の仔細を参加者に説明し終えると、作戦内容に疑義がないか確認した。
多くの参加者が黙り込んでいる中、やがて一人の壮年の男性が真っ直ぐに腕を伸ばす。彼はこの街の冒険者組合のギルドマスターである。
「これは最終確認だが、我々冒険者組合……いや、組合の職員を含めたこの街の全ての冒険者は、街の中で住人の治安維持のみを担当する。そういう “依頼” だと受け取ってよいかな?」
そう口にしてギロリとした目でキースを睨むように見据える彼は、今でこそ一線を退きはしたが、かつてはこの街で唯一の黒鉄級冒険者として名を馳せた男だ。未だ衰えをしらぬ体躯は健在で、今も大人の肩幅程もある大剣を担いでこの会議へと参加している。
「はは、有無を言わせぬその覇気。まだまだ御壮健でいらっしゃいますね、マスター。その通りです。冒険者の方々には、街の中での住民の保護と治安維持をお願いいたします。ただ──、万が一 “黒門” を抜けてくる蟲が居た場合には、それらに対処していただく必要もありますので、その大剣は携行していただければ幸いです。」
ギルドマスターはふんと鼻を鳴らしてキースの言葉に頷いた。
「わかった。では、冒険者達の配置は儂のほうで決めておく。騎士団は蟲共との戦いに集中せい。」
そう言った後彼は冒険者達に対して、異論はないな? と問いかける。
冒険者達の中に、ギルドマスターの言葉に疑義を挟む者は居なかった。
「他に何かありませんか?」
キースが確認するも、他の者達からの質問はもうないようだ。
「では団長──。」
彼が団長に会議の閉会を告げようとした時、不意に声が上がる。
「ちょっと待ってよキースさん。 “聖女” 様の役割について聞いてないんだけど? 俺たちはまだこの街の “冒険者” じゃないぜ?」
声の主はもちろんフィンである。
その言葉に、殆どの参加者達がフィンとセリエの方を見る。ただ、彼等の中にはあまり良い感情に見えない目を向けている者もいれば、逆に興味津々と言う風な目を向ける者もいた。
「ちょっ……、フィン!! それはあとでこっそり聞けばいいんじゃないかしら!?」
フィンの横に座るセリエは彼の行動に驚いた声を上げている。彼女は参加者達の目線に少し怯んでいる様だ。
「ああ、そうでした。フィン殿とセリエ殿には “第三大隊” と一緒に 黒門の上で待機し────、バグを引きつけるための “囮” になっていただきます。」
キースがそう言うと、会議室の円卓から一人の女性が立ち上がる。
「黒獅子の咆哮、第三大隊長のミルダ=ヴァレスだ。貴女達に依頼する協力内容の仔細については私から話そう。後ほど、私の部屋に来てくれ。」
ミルダ=ヴァレス──彼女こそ 黒獅子の咆哮 “唯一” の女性大隊長であり、シミュラクルにおけるメインNPCの一人であった。
彼女がフィン達にそう告げると、キースは改めて会議の参加者に疑問がないか問いかける。
そして、誰も発言の意思がない事を確認した後、キースは団長に向けて合図を送った。
「うむ、ではこれで第二回フィリス防衛作戦会議を終わる。解散してくれ。」
団長の発声を最後に、参加者達はそれぞれの行動に取り掛かるのであった。
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