第33話 二人の “首席”
◇◇ “黒獅子の咆哮” 騎士団本部別棟──
「さあ、着きましたよ。セリエ殿はこちらの部屋、フィン殿はその向かいの部屋をお使い下さい」
フィンとセリエは騎士団長副官であるキースに案内され、フィリスに在駐している騎士団 “黒獅子の咆哮” の本部別棟にある客間の一室へと案内されていた。
「ありがとうキース。けれど、大丈夫ですの……? その、私達はまだ団長殿にもご挨拶しておりませんのに……。」
セリエは、キースが自分たちの寝泊まりする場所を手配してくれたことに感謝した。一方で、あの話し合いの後すぐこの部屋まで案内されたため、騎士団長への挨拶がまだ出来ていないことについて心配している。
「ええ、大丈夫です。……というより現在、団長は黒門から離れられない状態ですので……。明日にはここに戻って来ますから、挨拶はそれからで良いでしょう。というより、我々がセリエ殿達にお願いをしている側なのですから、本来ご挨拶は騎士団長の方からすべきことです。先程の軟禁といい、度重なる御無礼をお許しください。」
キースはセリエに向けてそう言うと、改めて深く頭を下げた。
「いいえ、いいんですのよ! もともと其方の予定にない行動をしてしまったのは私達の方ですもの!」
セリエはそう言ってキースに頭を上げさせる。
「ま、今日は色々あったからな。ここは大人しくお言葉に預かろうぜ、セリエ。」
フィンもキースの好意を素直に受け取っておこうとセリエに提案する。
「ええ、フィンがそう言うのでしたら。……ご好意に甘えさせていただきますわ」
その言葉に、セリエも渋々という感じではあったが今日はもう休むことを決める。
「では、食事は後ほどこの部屋に運ばせます。あと宜しければですが、この別棟には大浴場もありますので……。」
「ええっ! 浴場があるんですの!?」
キースの発した “浴場” という言葉に、セリエはものすごい勢いで反応した。
「え、ええ。まあ、騎士団の兵舎にもありますが。この別棟は基本的に高い身分の方が来訪された場合に使用するものですので、こちらのものを使用して頂きます。きっとお気に入りになられると思いますよ。」
キースは微かに笑うと、屋敷の使用人に声をかけてすぐに湯船を用意するよう伝えた。
「まあ、なんてありがたい申し出なのかしら! 是非いただくわね! ……こほん。それじゃ、私は用意がありますのでこれで失礼するわ。ありがとうキース。」
セリエは嬉々としてキースに感謝を述べ、自分の部屋へ入っていった。彼女は大のお風呂好きである。きっとしっかりリフレッシュしてくれるはずなので、明日の彼女はきっと上機嫌だろう。
◇◇◇
彼女の背を見送った後、フィンはキースに向き直って口を開く。
「ねえキースさん、本当に “昆蟲大戦” が起きているとして、蟲型の魔物達がこの城塞都市に押し寄せるのはいつ頃になるか、多少でも予想はついているんですか?」
キースに対する口調は、先程の待合室でのぶっきらぼうなものから多少柔らかいものになっている。
彼の質問に、すぐにキースは応えた。
「はい。先遣中の大隊が、このフィリス領の南側約25kmの地点で大型の蟲の群れを確認しております。奴らは周辺の作物や魔物を根こそぎ喰らいつつ、徐々にフィリスへと迫っているといった状況です。現在の進撃速度から予測するに、城塞都市へ到来するまでには約7日から14日ほど、といったところでしょうか。」
キースの言葉に頷きつつ、フィンは次の質問をする。
「そうなんだ。随分と到着時間に幅があるんだね。じゃあそれより到来が早まる可能性も?」
「正直言ってわかりません。奴らはかなり飢えているようですから。街へと近づいて耕作地がまばらになってくれば、更にペースが上がるという可能性は捨てきれませんね。」
フィンの問いにキースは、少し暗い顔をしつつもそう応えた。
「そうですか、ありがとうございました。」
「いえ、我々の作戦にご助力をいただく以上は当然の情報提供です。寧ろ、こちらからお伝えするべき内容でしたね。」
キースは、失礼しましたとフィンに謝罪した。
「いえ、あえて隠しているのかなとも思っていたので、どうやら正直に教えてくれたみたいで嬉しいです。」
そう言ってフィンは、片手に持った護符のようなものに目を遣りながら、キースへそう告げる。その札の表面は、かすかに緑色に光っていた。
「おや……、それは “真贋符” ですね? どうやら私は君に試されていたようだ。」
「俺たちに逃げられると困るでしょ? だから、貴方に嘘をつかれるんじゃないかってね。あと、敬語はよしてくださいよ、先輩。」
フィンのその言葉に、キースは苦笑する
「……へえ。すごいな君は、よく僕を観察しているね。君たちの前では “指輪” は見せていないつもりだったが。どこでそれを?」
「あれ? 本当に学園都市の卒業生だったとは驚きです。何期生ですか?」
キースの問いかけに対してフィンは質問で返す。
「……ちょっと待ってくれるかい? ……、もしかして私は、カマを掛けられたのかな?」
「はい。因みに、この “真贋符” も偽物ですよ? ただの白い紙切れを⦅後光⦆で緑色に光らせて見せただけです。」
フィンはそう言うと、手元に緑色の光を浮かばせながら、キースに向けて笑みを作る。それを見てキースは声を出して笑った。
「はっはっは! 流石、今年の卒業生は優秀だな! ……いや、今年の “首席” は。──と言うべきかな?」
ひとしきり笑ったあと、彼はフィンの目を覗き込むように見ながらそう言った。
「……何故それを?」
「おや? 君も学園都市のダンジョンの転移門の行き先が完全にランダムだと思っている人なのかい? それはそれは、随分と平和的な考え方だね。」
キースは笑いながら続ける。
「あそこの学園長は、帝国の出身者だよ? ダンジョン最奥の転移門は、表向きはランダムな場所へ転移させている様でいて、裏では特に優秀な人材だけは帝国に飛ばされるように仕組まれているのさ。」
キースは、フィンの瞳を真っ直ぐに見つめてそう口にした。
なるほど、そうして考えてみれば近年帝国が力を伸ばし続けている理由にも説明がつく。
ゲーム時代の常識が、現実の “シミュラクル” において逆に自らの思考の幅を狭めてしまう場合もあるのだということを、この時彼は理解した。
彼の言葉を受けて、フィンは一瞬、手元の紙切れに目を遣りそうになったが、キースの視線を意識して思い留まる。
「学園都市の不正を簡単に明かしていいんですか? 俺はまだしも、セリエは完全に王国側の人間ですよ?」
フィンは、キースの失策を指摘する。
「おっと、そうだったね。私はそう思っていると言っただけさ。それに、証拠は何もないよ? これは私なりの意趣返しさ。」
そう言われてしまえば、先程の彼の言葉が真実かどうかはわからない。
だがキースはハハッと笑ってフィンに向けて片目を閉じ、続けてフィンの握りしめている紙切れを目で差して見せた。
フィンが彼の目を追って自らの握っている偽物の “真贋符” に目をやると、それはまだ薄く緑色に光っているのであった。
「……なかなかに、食えない人ですね。まあ、その情報はありがたく受け取っておきましょう。」
「それは、其方も同じことだろう? ああ、頼りにしているよ、フィン君。」
そう言うと、キースは笑いながらフィンに向けて手を差し出す。
「こちらもですよ、先輩。」
フィンはその手を軽く握り返す。
こうして学園都市の二人の “首席” は、来たる昆蟲大戦に向けてひとまず “共闘” の形を取ることになったのであった。
◇◇◇
祝!シミュラクル10万文字達成٩(ˊᗜˋ*)و!!!
これを記念して、次はまさか…お風呂回?になるのかならないのか!?
ここまで読んでくれてありがとうございます♪
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