第32話 騎士団からの要請
◇◇城塞都市フィリス騎士団 “黒獅子の咆哮” 本部──
「まったく……、本当にとんでもないことをしてくれましたね貴方達は。」
獅子の紋章が刻まれた黒色の騎士鎧を纏った男はため息混じりにそう告げる。彼はその男性な顔立ちを苦々しげに歪めて、対面に座す二人の冒険者を見遣る。
◇◇◇
フィリスの大広場での “一件” のあと、フィンとセリエは騒ぎに駆けつけた騎士団によって団本部へと連行されていた。
二人は待合室にて一通りの聞き取りをされた後、しばらく待合室で待機しておくように言われ、扉に鍵をかけられてしまった。──つまり、軟禁されていた。
「予定通り街には入れたっていうのにさ、これで今日の宿は完全に取れなくなっちゃったね? あはっ! いや、もうその必要もないかな?」
「もう、馬鹿ではありませんの!? そんな事を心配している場合ではないでしょう!?」
フィンの皮肉いっぱいの冗談にセリエが非難の声を上げていると、彼等の背後にある扉が開いた。
二人の前に現れたのは、彼等が一度会った事のある男。──街の外で挨拶を交わした巡回の兵士、キースであった。
◇◇◇
街の外で出会った時とは異なり、彼は現在額に皺を寄せつつ、二人と報告書を交互に見ながら語りかける。
「あの農夫には固く口止めをしてあったはずなのですが……。それは、こうした大きな騒動になって民草に無駄な不安が広がるのを避けるためです。それをまあ、まさか街に到着したばかりのフィン殿達がこんな風に焚きつけるなんて、あの時街へ誘った私には想像もつきませんでしたよ。」
キースは報告書に纏められた情報を見つつ、ため息を交えながら二人に語りかける。
「こうなった以上、もう “昆蟲大戦”の予兆を隠しておくことはできません。それに、もうその必要もないでしょう。私達の調査でも既に、昆蟲の大群がこの都市に向かっているという報告が上がってきていますから。」
キースは、トントンと書類の束を揃えて机の脇に避け、フィンの言葉を促すように真っ直ぐ見据える。
「そうかい……。つまり、城塞都市の住人達に “昆蟲大戦” の発生を伝えることは、時間さえ早まれど確定事項だった。ということになるな? では、俺たちがした事は大した事じゃないだろう。さっさと解放してくれ、正直なところ、俺たちは レーヴェン行きの “飛空艇” に用があってこの街に来たんだ。広場で騒ぎを起こしたのはすまなかったが、これ以上この街の事情に巻き込まれたくはないんでね。とっとと退散させてもらうことにするよ。」
フィンは、キースが述べた情報の中から自分達に都合のよい事実を並べ、騎士団本部……否、城塞都市からの早期離脱を宣言する。
「いえ、フィン殿も本当のところはお気づきでしょうが、既にそれは無理なご相談です。」
キースは途中から目を閉じてフィンの言葉を聞いていたが、そう言って再び目を開き、次はセリエの方を見つめ直して口を開く。
「既に、貴方達。──というよりは、セリエさんの方ですが…… “聖女” が現れたという噂は城塞都市全体に広がっています。中には、彼女こそこの “大災厄” を予見した “神” によって遣わされた “女神” だ。などという声もある程です。つまり、貴女達はタイミングが良過ぎた。まるで本当に、この世界の “神” にでも遣わされたかの様にね。」
そこまで言い終えると、キースは立ち上がり、フィンとセリエに向かって頭を下げた。
「いま貴女がたがこの街を離れるという事は、これからの戦いの士気に多いに影響する。いや……最悪、戦いが始まる前に大暴動が起き、多くの死傷者が出る事にもなりかねません。城塞都市フィリス、その騎士団長たる父に代わり、副官のキース=マルゼンシュタインが依頼させて頂きます。お願いですフィン殿、セリエ殿──どうかそのお力を、我等 “黒獅子の咆哮” にお貸し下さい。」
そう言って微動だにしないキースを見ながら、フィンは一人思う。
(ルシフェルのやつ……。まさか、仕組んだのか?)
フィンは、キースの言葉に天使の姿をした男の顔を思い浮かべる。そういえばあの男は時に悪魔の姿をするのだった。彼は改めて “観測者” という存在の力の大きさを思い知る。それと同時に、後で絶対 “直電” で文句を言ってやる。そう心に決めたのであった。
「──フィン……。」
そんな事を考えていると、先程からどこか悲しそうな顔をしつつフィンを見つめていたセリエが口を開いた。
「貴方の気持ちはわかっています。ですが私は、力ある者としての責務を果たしたいですわ。あの農夫も、広場の住人達も、皆私のことを “聖女” などとまで呼んでくださり、協力を誓って下さいました。私は “昆蟲大戦” とやらがどの様なものか存じませんが、力の限り闘う覚悟は既にできていましてよ。」
フィンを見つめる彼女の瞳は、どこか悲しそうなものを写してはいたが、決して弱い光を宿したものでは無かった。
「セリエ……お前……。」
フィンが口を開きかけた時、それをセリエは手で制して言葉を継げる。
「わかっていますわ。フィンが私との “初デート” をどれだけ楽しみにしているかということは。私だって、カナンの “収穫祭” に間に合うかどうか、心配で心配で堪りませんもの。──だけどこれは──。」
(あー、これはアレですねぇ。完ッ全に妄想スイッチ入ってますね。)
「──だから、愛に試練はつきものなのです。これも一つの──。」
その後もセリエの、変にフィンを気遣った長い口上は続いた。
フィンは彼女の言葉を全く否定も肯定もすることなく聞き流しつつ、今日一番の長い長いため息を吐きながら目の前にいるキースに目を遣る。
彼はいつの間にか頭を上げていて、協力要請に “完全同意” しようとしているセリエに目を向けていたが、ふと、フィンに目配せをして片目を閉じた。
──わかっていますよ、貴方も大変ですね。
そんな⦅念話⦆が彼から送られてきた様な気がしたのは、果たしてフィンの気のせいであったろうか。
フィンは瞬きをして再び彼を見るが、そこにはニコニコとセリエを見つめるキースがいるのみなのであった。
◇◇◇
さてさて、良い感じでバグウォーズへと近づいていますね。それにしても、セリエ様は妄想が過ぎますね。
2021.11.9 読みやすさ改善のため改稿しました( ᐢ˙꒳ ˙ᐢ )
下にある評価・ブクマ・感想いただければ、更新の励みになります。また、別途メッセージ、Twitterでの交流も大歓迎です。
これからもシミュラクルをよろしくお願いします(ง ˙˘˙ )ว♬




