第26話 怖いです、お嬢様
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現在、フィン達は “飛空艇” の発着場のあるバルトリア帝国の西部の城塞都市 “フィリス” を目的地として歩みを進めている。
フィン達が在籍した学園都市の講義では勿論、各大陸の大まかな地理なども教わることになっていた。フィリスは東西に長く広がる帝国領土の中央よりやや西側に位置する都市で、軍事大国の帝国において西の護りを担う重要拠点である。フィンが地理的な情報から先程見た飛空艇の発着場はおそらくフィリスであると告げれば、セリエも概ねその推測を肯定した。それだけ、フィリスという街はある “特徴” を備えた街なのだ。
フィンは前回の転生時も穀倉地帯に飛ばされているので錯覚しそうになるが、土地、気候などの条件が重なる必要性から、本来大規模に農業を行える土地というものはそう多くはない。そして、大量の荷物を長距離輸送する手段には、通常海路か陸路を使用する。 “飛空艇” は、重いものを運ぼうとすると大きな魔力を必要とするため、基本的に高価なものか、時期的な緊急性を要するものの輸送にのみ使用されるのが一般的なのだ。
ではなぜフィリスが飛空艇の発着場になっているかといえば、それはこの街がバルトリア帝国、エレノア王国、フォーリナー神聖国という3つの国のちょうど境にあり、軍事拠点として帝国から重要視されているからに他ならない。 “穀倉地帯” と “飛空艇” という二つの特徴を同時に備えた街は、中央大陸広しと言えどフィリスしか存在しないのである。
そして幸いなことに、現在この三国は戦争中ではないので、フィリスからはエレノアにもフォーリナーにも便が出ているだろう。つまり、エレノア王国まで移動するために、フィリスという街は非常に都合が良かった。
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「じゃあ、おさらいだ。まず俺たちは “フィリス” に行き、そこで次の “レーヴェン” 行きの飛空艇に乗る。駆け出し冒険者の俺たちにとって飛空艇の運賃は痛い出費だが、まずはセリエの父親に卒業の報告をしに行き、そのままレーヴェンを拠点に活動する。あそこは大都市と言っていいほど発展しているので、今回の出費を補填するだけのクエストはゴロゴロあるはずだ。」
フィンは、これまでの道中でセリエと話し合った今後の方針について再確認する。
「ええ。それで問題ありませんわ。……あと、忘れているわけではないと思いますけど、カナンの収穫祭には必ず行きますからね? 移動には我が家の馬車を出させますから心配ご無用でしてよ!」
「……わかった。」
ぐいぐい来るセリエの勢いに押されながらも、フィンはセリエの提案に同意する。収穫祭の見学、というより “カナン” にいるマリエラをパーティに加入させることはフィンにとっても今回の周回を効率よく進めるための手札の一つなのだ。これを機にうまく戦力を整えていきたい。
そしてこの時フィンは、今回の周回ではマリエラをどのように仲間にするかを考えていた。よくよく考えれば、あんな公の場でマリエラを “豊胸の女神” に仕立て上げなくても、他によい方法があるはずなのだ。今回は “エデンの果実” を大衆の目に晒させるような下手は打ちたくない。さて、どうしたものか。いっそ、夜半に教会へ忍び込んで盗み出すか? などと不穏なこまで考えはじめている。
「それでフィン……、さっきのアレはどういうことなんですの? ちゃんと説明してもらえるんですわよね?」
フィンがマリエラの加入方法について思考を巡らせていると、セリエは思い出した様にフィンに先程の魔物との闘いについての説明を求めた。
「ええと……、アレとは?」
「あら惚けるおつもりですの? 私は先程貴方が見せた大活躍について、なんであんなことができたのか、聞かせてもらえないかしらと言っておりますの。」
セリエはそこまで言ってから自身の髪をかきあげた。ちらりと見える彼女の耳の先はやや尖っているようにも見える。
そして、彼女はこう続けた。
「確かに学園で貴方は “首席” で、その実力は疑うべくもないものでしたわ。ですが、あくまでもそれは総合力での話。あれほどの⦅体術⦆の腕前を持っていただなんて、私これまで知りませんでしたわよ?」
誤魔化そうとするフィンに対し、セリエは先程彼が見せた凄まじいまでの強さの正体について尋ねる。
つまり、何故槍で身体を貫かれて倒れていたはずのフィンが短時間の間に復活をし、 “付与術師” という前衛に向かない職業にも関わらず無手でリザードマンを撃破できたのか、ということについてである。
「ええと……。アレは強化魔法を自分に重ね掛けして自己治癒力と敏捷を飛躍的に上げたからできたことでして、最初の発動は重ね掛けが間に合わずにセリエ様を突き飛ばすことしかできませんでしたが……。」
「フィン! 言葉遣いが敬語に戻ってましてよ! 何か後ろめたいことでもあるの? 私相手に隠し事をするなんて……、どういうつもりなのかしら?」
セリエは自身の大楯の底をガンと地面にぶつけると、フィンを威圧するように凄む。……なんというか、ものすごくよく似合っている。いや、似合っていて欲しくはないのだが。
めっちゃ怖いです、お嬢様。
実際、フィンは “嘘” は言っていない。今回の転生での彼の職業は付与術師──強化魔法や弱体化魔法により前衛職を支援するクラスだ。
今回は、彼の言ったようにそのバフを自身にかけた上で、ユニークスキル⦅韋駄天⦆を発動した敏捷値を上乗せした速度の貫手を放っただけに過ぎない。体術をはじめとする武技の一部は “攻撃値” に加えて “敏捷値” によってダメージ補正がかかるため、それをうまく利用したのである。
ただ、セリエの知るフィンはあくまで一般的な付与術師であり、前衛で闘うことの出来るスキル──すなわち⦅体術⦆や、それを活かすためのユニークスキルなどは習得しているはずがないのである。それに、自動HP回復の様なスキルは、ダンジョンのボスを倒した時に稀に習得できるレアスキルなので、まさか学園ダンジョンを踏破したばかりのフィンがこれを持っているとは思えなかったのだ。
「いやいや、隠し事なんて……。」
セリエの言葉に、フィンは言葉を濁す。
フィンは、転生やスキルの継承についてセリエに、そしてこれから自分のパートナーになるであろう仲間達に明かすべきかどうか悩んでいた。
実際、今後も転生を重ねていけばフィンの持つスキルの数は学園都市編終了時点の通常のそれとはかけ離れて充実していくことは間違いない。
そして、その力を隠したまま戦闘をしても最初のうちは負けないだろう。そういうゲームバランスになっているのだから。
だが、いつか全力を出すことを迫られる場面は “必ず” 訪れる……そう、例えば災厄と邂逅した時が目下のところのそれである。
しかし果たして、この世界を現実として生きる彼女達に “転生の事実” を明かすことが必要なのだろうか?
例えば自身の知らない女性の存在を匂わせただけでフィンに嫉妬の感情を向けたセリエに、彼女以外のパートナーの存在を伝えることが必要なのだろうか?
例えば目の前にいる男が幾度もの “敗北” を重ねた魂を宿す、半ば “不死” にも似た存在であると知った時、一度きりの “命” を与えられた彼女達が、フィンの “転生” に付き合う義理を感じるのだろうか?
そしてフィンの旅の “目的” が、ただ一人の女性を救いたい。そんな理由だと知ったら、彼女達は裏切られた気持ちになり協力を拒むのではないだろうか?
フィンは、そうしたこと全てを “夢” で片付けることはできない。そう考えてはいたが、具体的に彼女達にどう伝えればよいかはまでは、まだ結論が出せていなかったのである。
「ごめん……セリエ。いつか、話せる時が来れば話す。だけどまだこの事は、誰にも明かすことはできない。」
ついにフィンは、決意を込めてそうセリエに告げた。
“パートナー” に一度告げた言葉は、これからの転生においても “魂の記憶” として彼女達の中に残る。 “転生” の真実は簡単に告げていい情報ではない、そう彼は判断したのだ。
最悪これで彼女との関係がまた悪化しても仕方がない。そう、フィンが考えていたときであった。
──くすっ。
「やっぱり、貴方は学園にいた頃のままね。」
そう言ってセリエは笑った。
「さっきフィンが今まで見せたことのない体術を私に見せてくれた時……少しだけ嬉しかったんですのよ。今まで貴方が隠していた強さの片鱗を、私だけのために解放したんですもの。」
彼女はそう言って笑みを浮かべたまま続ける。
「学園都市の “首席” たる貴方の正体は、今も昔も変わらず謎のまま。いいじゃないの、私が貴方の パートナーになったからには、いつの日か必ず暴いてみせますわ!」
セリエはビシっとフィンを指差すと、そう宣言した。
そう、彼女にとってフィンは今も昔も謎多き天才であり、例え “パートナー” になったとしても、その実力の秘密を簡単に明かしてもらえるなど元々考えていなかったのである。
先程の威圧はつまり、ダメで元々のハッタリだったのだ。
セリエはフィンにそう告げるや否や口元に手を当て、オーッホッホと見事な高笑いを披露している。
(うわぁ……なにやら盛大に勘違いしているが、これはこれでラッキーだ。)
フィンは、当分の間セリエには転生のことを説明する必要は全くなさそうだ。と一人思うのであった。
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セリエ様がチョロインになってしまっている件について……すみませんお嬢様。




