第25話 “主人” と “従者”
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「じゃ……、なかった。セリエ……様?」
セリエが瞬きもせずに自分を見つめ続けるものだから、フィンはてっきり敬語を使わなかったことが気に入らなかったのかとセリエに声をかけた。
「すみません。敬語を使うの忘れてしまって、馴れ馴れしかったですかね?」
再びフィンはセリエに対して問いかけた。
「違いますわ! いま、私が言いたいのはそういうことではありません!」
セリエは涙を浮かべつつフィンの言葉を即座に否定する。その美しい雫は今にも目から溢れ落ちそうなほどであり、フィンはその涙を見て悟る。
「……あ。そうか……そうでした。」
そして、セリエの目を静かに見つめ返した後、ペコと頭を下げてこう告げた。
「先程はすみませんでしたセリエ様。貴女に先程お話したことは全部俺の思い違いです。ふと思い出してしまったんです、昔見た── “夢” のことを。あれは俺の夢の中の出来事で、実際には誰かと……。女性とお祭りに行ったことはありません。」
フィンはセリエに向けて謝罪と、先程の発言の訂正を行う。その際、彼は前回の転生を “夢” と表現して彼女へ伝えた。
「………」
セリエは彼の言葉を聞き、静かに瞬きした。長い睫毛の先から、溜めていた涙がついに頬を流れ落ちる。
「………だからもう、それも違いますわ! わたくしがいま心配していることは、そうじゃない……。もうそのことではなくて!」
「っええ!? これも違うんですか!? 正直何で泣いているのか全くわかりませんよ!? はっきり言って下さいよ!」
フィンは思いつくことは全て謝ったので、もう降参だと手の平を上に向けてセリエに問いかけた。
セリエはフィンに涙を見せたくなかったため、下を向く。その目に再び涙が溜まっていく。
「貴方のことよ。フィン、あんなに血が流れていたのに……。 」
「謝って欲しいんじゃないの、だって無事だったんですもの……、良かった。わたくし、貴方がもう……助からな……ぃかと……。ぐす……。」
何とか絞り出すようにそう口にすると、そのままセリエは俯いてしまった。
フィンはどうすればいいかわからずリザードマンに目をやるが、舌を出してノビている蜥蜴は何も答えてはくれない。
……それに、よく見るとすごくグロテスクだ。あれに手を突っ込んだのか、早く洗いたい。そんなことをフィンは思っていた。
そうこうしているうち、やっとセリエが顔をあげた。
ようやく気分が落ち着いたのか? そう思ってフィンは笑顔で彼女を見やる。──が、そこには何故か、今度は顔を真っ赤にして怒るセリエがいた。
「……え?」
「え? じゃないですわ! あなたなんでそんなに元気なんですの!? 謝りなさい、謝罪よ! 貴方に謝罪を要求いたします!」
セリエは、ガシャガシャと鎧を鳴らしながらフィンに詰め寄る。
「っうええ!? さっきは要らないって言ってたのに!?」
フィンはセリエに襟を掴まれながらも彼女の発言の矛盾を指摘する。
「さっきはさっき、いまはいまですわ!」
だが、セリエはそんなことお構いなしだ。彼女の盾職としての力量か、それとも貴族子女のもつ独特のオーラのためなのか、フィンはとんでもない威圧を感じて即座に謝ることを決める。だが、それが何に対する謝罪なのかはわからなかった。
「……すみませんでした。あの、こんなに元気で……?」
(理不尽だ……!!)
フィン達はしばらくじっと至近距離で見つめ合っていた。しかし、セリエは何かに気がついたような表情をしたあと更に顔を赤らめると、フィンの襟を掴んでいた手をさっと引いて後ろに下がった。
まだ、相当怒っているんだろう。耳まで真っ赤だ。
「……! ……ふん、わ、わかれば良いのですわ!」
セリエはフィンにそう告げて顔を背ける。
「いや、顔が赤いぞ? ……ですよ。まだ、怒ってますよね?」
フィンは、面倒事はその場で解決しておきたいタイプだ。特に、セリエのような面倒な性格の人間には特に注意しておかないと、後で蒸し返されたりしてヒドい目に合わされる。
つい今しがた自分に起こったことを思い出しながら、フィンはそんなことを考えていた。
「べ、別に怒ってなんかいませんわ! そ、それにさっきのお祭りの事も、別にもう怒ってないですの!」
「そうですか? ……なら、いいんですけど。」
フィンは、まだ信じられないというようにセリエをじっと見ている。
セリエは、しばらくそのままフィンと目を合わせてくれなかったが、少しした後何かを思い付いたように両手同士を打ち合わせると彼にこう告げた。
「そうよ、フィン! では、これからは私に敬語を使うのを辞めて、元の話し方に戻しなさい。いつだったか “従者” にしてあげるだなんて言ったけれど、貴方から “様” 付けや敬語で話しかけられるのはやっぱりなんだかしっくりこないわ!」
「ええ、俺はいいですけど。それだと周りから “主人” とその “従者” だとは見てもらえなくなると思いますよ?」
「……っ! い、いいのよ! 私は気になりませんわ!」
セリエはフィンには聞こえない程の小声で、むしろそれが狙いですわ……。と呟いていた。
そう、セリエは周囲に自分とフィンを “恋人” だと思わせることで、鈍い彼に自分を意識してもらうための援護射撃をしてもらう。そんな戦略を立てたのだ。
これで彼女はフィンと回る収穫祭の行く先々で、「お嬢ちゃん可愛いねぇ……お! そっちのヒョロっちいのは、まさか彼氏かい? こんな美人がもったいねぇなぁ!」的な発言を連発されることになるに違いない……。セリエの恋心はいつも彼女の妄想を都合よく膨らませるのであった。
「ふん、次席は “伊達” じゃないのよ!」
もしこれがゲームなら、おそらくはそんなテロップがついている事だろう。
尤もここは既にゲームではないため、彼女の思いをフィンが汲み取ることはできなかったが。
「ふぅ、よしわかった。じゃあこれからまたセリエと呼ぶ事にするし、敬語もなしだ。これでいいか?」
実際、フィンにとってもこちらの方が話しやすいし、彼はセリエの忠実な従者なぞになりたいわけでもないので ──つまりは二人の意思は全く別の方向を向いていたが── 快くセリエの提案に同意した。
「これからもよろしく、セリエ。」
「ええ、フィン。勿論ですわ。」
二人は未だすれ違いの種を抱えながらも、ひとまず互いの手を取って今後のことを話し合うのであった。
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