第23話 “ゲーム” なんかじゃない
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(ん〜……気まずいなぁ。何て声をかけよう。)
現在フィンは、川のほとりで一人佇むセリエを見つけたところである。
彼は先程 “カナンの収穫祭” の一件でセリエと口論となった後、どの様に彼女に声を掛けようか悩んでいた。
これがゲームの “シミュラクル” で起きるイベントであれば、ある程度の回答は頭の中に自動的にふわりと浮んできたし、その何れかに必ず “最適解” が存在した。
だが現実となったこの世界において、先程のセリエとの喧嘩はイベントでもなければ、彼女に掛けるべき言葉が浮かんでくるわけでもない。
3回目の転生にして、フィンは初めてそんな至極当たり前のことを意識した。それは、何度もパートナーになったことのあるラミーと違い、彼はセリエとパートナーになった経験が極めて少なかったからだ。
つまり、彼はセリエの性格や嗜好についてまだよく理解できていないのである。
その理由は、セリエが “メアリ” のように出現率の低いNPCだったからというわけではない。単に、フィンが “首席” にこだわってプレイした回数が少なかったからだった。
“シミュラクル” の解析ガチ勢は、リリースから割と早い段階で学園の “成績” とメアリの “出現率” には全く相関がないという事を明らかにしていた。
このため、フィンは殆どの周回で “首席” にこだわって学園を卒業することが無かったのだ。
メアリが一年目終了時点で登場しない。……つまり “メアリ以外” のキャラクターがパートナーになる事がほぼ確定した時点でフィンはその周回を効率的に流すプレイスタイルへと移行していた。 “首席” を取る必要性を感じていなかったからだ。
それでも彼が1年目の終了時点でプレイを放棄しないのは、一度見たイベントをスキップできるようにしたり、観賞用にキャラクターの固有グラフィックを集めたりと、学園都市の2年目をプレイすることによるメリットが決して少なくなかったことと、リセマラを継続することのモチベーションをパートナーキャラクターの “コンプリート” という “仮目標” を置くことで維持していたからに他ならない。
また、学園の “首席” をとれば、任意のキャラクターからの好感度を爆上げする事ができるという絆システムの仕様があったので、フィンはメアリが出現した場合に備えて “首席” を取るための分岐や試験問題などは網羅しておきたかったという理由もあった。
◇◇◇
川面はキラキラと朝の光を反射して輝いている。
セリエは、その川面をじっと見つめたまま動かない。
時折、セリエの目元にもキラリとした光が見えた。彼女の目の周りはまだ少し赤く、頬にはかすかに涙の跡がある。
その横顔を見て、フィンは思う。
(そうだよな、彼女にとっては自分が俺の “一番” に……つまりパートナーになったのはついさっきのことなんだもんな。そう考えてみれば、さっきの俺の態度は最悪だった。)
フィンは自分のデリカシーの無さにほとほと嫌気が差していた。結局、生まれ変わりを自分の能力上げのためとしか捉えられていない自分は、世界が現実となってもやり直し前提で生きている……。狭間の空間で「この世界はゲームではない」と、改めてルシフェルに言われたことの意味を、この時彼は少しだけ理解したような気がした。
(俺だけじゃないんだ。NPCだって現実に生きている人間なんだ。だから、この世界にはもうNPCなんていない。)
フィンは、セリエに謝る覚悟を決めて彼女に近づこうとする。───が、その瞬間。
セリエの視線の先にある水面が一気に盛り上がり、槍を携えた蜥蜴型の水棲魔物 “リザードマン” が飛び出した。
リザードマンの表皮は水中に入ると保護色の様に周りの色と同化する。水面に反射する陽光のせいで、セリエはその接近に気がつくことが出来なかったのである。
(───危ないッ!)
リザードマンが水面から飛び出した瞬間、フィンはリザードマンの側面から一撃を入れるつもりで⦅韋駄天⦆を発動させて飛び出していた。
しかし、彼の動きはどう言うわけか前回の周回と全く比べ物にならない程、その速度は緩慢であった。
リザードマンは川面から飛び出した勢いのまま高く跳び上がると、その手に持っていた槍をセリエの胸元目掛けて真っ直ぐに投擲した。
「……ぁ……え?」
セリエは咄嗟のことで自らに迫り来る槍先に対し、全く反応できていない。
(……ッ───! なら……!!)
一瞬で軌道を修正し、フィンはセリエを押し出すような形で彼女の身体とその位置を入れ替える。
──ズンッ─
それとほぼ同時にリザードマンの槍がフィンの身体に深く突き刺さった
「っぐぅ!」
セリエはフィンに突き飛ばされたあとすぐに体勢を整える。彼女は一瞬のことで何が起きたのかわからなかったが、誰が自分を守ってくれたのかだけは真っ先に理解した。
「──フィン!?」
彼女は、先程まで自分がいた場所に蹲る彼の姿を見た。
リザードマンは一突きで獲物を仕留めたことに満足したのか、シュルルルという鳴き声をあげている。フィンの咄嗟の機転により本来の狙いからは槍が外れてしまったが、魔物にとってはそれが誰の肉であったとしても、食べられさえすればそこに何の問題もないのである。あとは、残る金色の髪の獲物も仕留めることができれば言うことはない。
セリエは身体から血を流して倒れている自分の “従者” を庇う様に、フィンとリザードマンとの間に滑り込む。その目は真っ直ぐにリザードマンの方だけに向けられている。
幸いと言うべきか、リザードマンの槍は現在フィンに突き刺さっているためヤツは武器を持っていない。
まずは脅威の排除を優先。つまりこの魔物。──リザードマンを倒す。その後、フィンを安全な所まで連れ退がってから、彼の傷の手当てをする。
この時 “次席” の頭は、驚くほどクールに状況を分析していた。
「フィンごめんなさい。貴方を “守る” のが私の役目のはずですのに……。でも、もうこれ以上はやらせませんわ。」
セリエは、フィンの方を見ないまま手にした “大楯” と “斧槍” を構え直し、リザードマンと対峙する。
「許さない……肉に変わるのはお前の方ですわ! 覚悟なさいこの蜥蜴ヤロウ!」
セリエは咆哮し、その切先をリザードマンへと突き出した。
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この小説、トカゲばっかり出てくるなあと思った方は挙手してください。
はい、ありがとうございます。
では、いま挙手した方は廊下に立ってなさい。




