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閑話 とある魔女の過去


 今は遠い昔の話──。


 とある国の辺境に、父と2人で暮らす少女がいた。


 少女には幼くして魔法の才能があった。3歳の時に初めて初級魔法を発動させたかと思えば、5歳になるころには全ての属性の初級魔法が使えるようになっていた。父は、その才能を大変喜んだ。


 少女の父親は、若い頃は国の誰もが知る(ほど)名の知れた冒険者であった。しかし、少女が生まれて間もない頃に彼女の母親が亡くなったため、多くの人に惜しまれながらも引退し、現在(いま)では辺境にある村一つの管理を任されていた。


 少女から見た父の印象は、優しく微笑む身体の大きい人というだけで、かつて勇ましい冒険者として名を馳せた人物だと聞いても全然想像がつかなかった。


 このため、かつての父の勇姿を少女が想像する唯一の術は、ただ家の壁に飾られた⦅宝剣⦆を眺めることのみであった。


 かつての功績を頼んで、冒険者組合から直接少女の父宛ての依頼が届くことはよくあった。しかし、既に引退した身であるとして、(ちち)はいつもそれを固辞した。


 それでも、どうしても断りきれない依頼が中にはあるようで、父が渋い顔をしながら首を縦に振ることも時折あった。だから、少女は父が長期間家を空けることを決して珍しいことだとは思っていなかった。


 それに、少女の父は長い旅から戻る時には決まって、少女に服や人形などの “ただいまのご褒美” を贈ってくれた。

 少女はそれを楽しみにしていたし、そうした依頼の後に父は決まって長い休みをとり、その間は少女と思いっきり遊んでくれた。だから、どれだけ時間がかかっても父は必ず帰ってくるし、父が帰ってくればきっと “素晴らしいこと” が待っている。

 いつしか少女はそんな風に考えることが当たり前になっていた。


「待っててくれて、ありがとう。偉いね、ミレッタは。」


 そう言って、高く高く自分を抱き上げてくれる父のことが、少女は大好きだった。


 ある日、少女の父は王に呼ばれ、ある特別な部隊の長として、 “東の森” に住む凶悪な魔獣を討伐するよう要請を受けた。


 父は、その依頼が冒険者組合の掲示板に長く貼り付けられていたことを知っていたし、それを受けた者は未だ誰一人として戻ったことはないということも知っていた。しかし彼は、王国内外でも有数の稀有なスキルの保有者であったし、国王国中に触れ回った上で謁見の場を設け、王自ら直々の依頼を行うという方法を取ったため、とうとう彼は首を縦に振らざるを得なかった。


 父は、せめて自らの力が完全に衰える前に、僅かでも帰郷の望みのあるうちにと、暇を取らず、直ちに王の要請に従い旅立ちを決めた。


 ◇◇◇


 父が任務へと旅立つ前夜、少女は父から初めて “行ってきますのご褒美” をもらった。そして、いつもの様に高く高く抱き上げられるのではなく、強く強く抱きしめられもした。


 彼女が贈られたのは一冊の分厚い本だった。


 いつもの通り、帰ってきてから ”ご褒美” をもらえると思っていた少女は、そのことにひどい胸騒ぎを覚えた。


「今度の旅はこれまでよりずっとずっと長い。いいかい、ミレッタ。父さんはきっと、お前が大人の女性になるまでには、必ず帰ってくるからね。だからそれまでは、その “ご褒美” を何度も何度も読んで、父さんを待っていなさい。」


 そう、父は彼女に言った。


「父さんが帰ってきた時には、 “ただいまのご褒美” はないの?」


 少女は父に問いかけた。


「父さんが帰ってきたときには、次の冒険に必ずミレッタを連れて行くって約束するよ。それが、父さんからの “ご褒美” だ。」


 父は、二度と帰れぬかもしれぬ任務に向かう前に、せめて少女がその孤独に堪えられるよう、いつか自分が帰ってくると信じさせることにした。そして、いざという時には自分で自分の身を守れるよう、彼女に “魔法書” を与えたのであった。


 しかし、父の言葉は彼女にとっての “呪い” となった。


 少女の身体が大人の女性へと近づくにつれて、彼女の身体の成長はだんだんと()()()なものとなっていった。

 まるで、自分が大人になるまでに帰ると言った父がその約束を果たせるように、その帰りを待っていられるように──。


 彼女が父と別れてから200年余りの時が流れ、ついに彼女が大人の女性になった時、否、正しくはその直前だったのかもしれない。


 彼女はついに “不老不死” の存在へと至った。


 しかし彼女の身体はその不死性を維持し続けるため、常に無意識に、そして無尽蔵に、彼女自身の魔力を消費し続ける特異な体質へと変貌していた。


 父の言葉を守り続け、魔法の研鑽を重ねた彼女は、その頃既に人が到達し得る限りの魔法使いとしての極みにいた。


 しかし皮肉なことに、その理論こそ()()が彼女の頭の中に修められていたにも関わらず、自らの特異な体質のせいで、彼女はついに()()魔法さえも発動することができなくなっていた。


 この時から彼女は、死ねない呪いを受けただけの、ただの “女” として生きることになった



 ◇◇◇◇◇◇



 更に時が流れ──


 国王が何代も代わり、国の名前すら代わり、辺境が森に呑みこまれても、彼女は一人その場所で父の帰りを待ち続けていた。


 森に隠されるようにして500年ほどが過ぎたころ、彼女の住んでいる場所は、いつからか “()()()” と呼ばれるようになっていた。


 そしてその魔獣は、ある日突然彼女の前に現れた。


 それは、かつて彼女の父が挑み、その命を散らせた “東の森” の魔獣であった。これまで幾人もの勇者が討伐を試みたが、その魔獣は数百年倒れることなく彼等を喰らい続け、年月を重ねたことで今や途轍もなく強大な化け物となっていた。


 彼女が一眼見て “()()” に気がついたのは、魔獣の背に、かつての記憶の通り美しく輝き続ける父の⦅宝剣⦆を見たからだった。


 自らが愛し、自らを愛してくれた人の帰りをただ一人待ち続けた彼女は、その時とてつもなく()()()()()──父が、 “剣” となってついに帰ってきたのだから。


 ああ、愛しているわ。父さん──


 私もだミレッタ、お前を──⦅()()()()()


 その時ミレッタは、父の声を確かに聞いた。


 その瞬間──彼女を束縛していた不死の呪いが解け、それと同時に、彼女の身体に彼女本来の魔力が戻る。


 彼女は、躊躇(ためら)うことなくその超大な⦅魔力⦆を魔獣に向けて解き放った。



 ◇◇◇



 轟音──音が止むと、 “東の森” の魔獣は既にその巨体の半分を失い崩れ落ちていた。そして父の剣も、まるでその役目を果たしたとでも言うかの様に輝きを失い、折れていた。


「お帰り父さん。約束よ。今度は私と一緒に旅に出ましょう。」


 少女は、折れた剣の柄から一つの宝石を取り外すと、胸に押し当ててそう呟いた。


 既にまた、彼女の魔力は枯渇していたが、彼女の顔は晴れ晴れとしていた。


 自己が愛する者からの “愛” の囁きを聞いた時にだけ、 “不死の呪い” と “万年魔力枯渇” から解放される。


 そんな特異な体質を持った大魔女が、この時誕生したのであった。


◇◇◇


ミレッタの生い立ちについて、書かせていただきました。

フィンとの馴れ初めは別の機会にでもかけたらいいなと思います。


ここまで読んでいただき有難う御座いました。


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