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第1話 始まりの災厄


 ◇◇◇◇◇◇


「おお〜い。」


 何処からか、誰かの間延びした声が聞こえる。


「ん……んん〜〜。」


 何故だかわからないがとてつもなく眠い。


 薄く目を開けるが……辺りはまだ薄暗い。システムメンテナンスは確か夕方頃までかかると告知されていたので、ゲームにログインするにはまだかなり早い時間のはずだ。


 ◇◇◇


「お〜い、ファースト〜? お〜いってば!!」


「んん〜あと5分……」


「んもう! さっさと起きろこのーー!」


 ──ズドン!!


「ぐぇっ! 何すんだよ!」


 脇腹への強い衝撃を受け、堪らず俺は上体を起こし目を開ける。まず飛び込んできたのは、オレンジの髪をした少女。そして、背後に広がる鬱蒼とした木々だった。


 いま俺は何故か()()()にいるらしい。


(おい……、何処だよここは? どうなってるんだ? 俺は確かに自室で眠ってたはずなんだが……)


 混乱している俺を他所に、先程俺の腹を蹴り飛ばした女──人虎(ワータイガー)の少女は、ご機嫌そうに尻尾を揺らして声をかけてくる。


「やっと起きた? 転移門を潜った後、なんかあたし等長いこと眠ってたみたい。ここって、いったい何処なんだろうね〜?」


 コテンと首を傾げたまま、人虎(ワータイガー)の少女は全く見知らぬ景色に少し戸惑っているようだ。


 一方で、その表情は少しワクワクしているようにも見えた。


「……ラミー、何処ってそりゃあ “シミュラクル” の6大陸のどっかだろうよ──っていうか、もっと優しく起こせなかったのか? お前と違ってこっちはそんなに頑丈じゃないんだ。なんせ……。」


 なんせ…………… 。


 ………あれ?


「──え?」


「ん? 何?」


 ◇◇◇


「──えぇええええええ!???? なんで!? なんでラミーがいるんだ!?  “パートナー” はメアリのはずなのに!?」


(メアリは!? メアリは何処へ行った!? そんでもって、いつログインしたんだよ!? メンテがあるからって一眠りしたはずだろ!?)


「ちょっ、急にデカい声出さないでよバカッ!! あとメアリって誰よ! アンタの “パートナー” は、あたし! ラ・ミ・イちゃんでしょ!! も〜、転移酔い……ってやつ? それとも、趣味の悪い冗談のつもり!?」


 あまりの展開に俺は目を白黒させるばかり。ラミーはそんな俺をジト目で睨んでいる。

 その股下では縞模様の尻尾が何度も地面に叩きつけられており、それは彼女の不機嫌を存分にアピールしていた。


しばらく彼女はそのまま俺を見ていたが、やがて観念したように一息いれたかと思えば、矢継ぎ早に語り出す。


「しっかりしてよファースト! アタシ等は、チェイズ学園記念すべき第100期の卒業生! そんで成績ワンツーフィニッシュ決めて……まあ、下からだけどね(小声)。それでもなんとか二人で学園都市のダンジョンを突破して、()()()()()、あんたが私を “パートナー” に選んだんでしょーが!」


 ラミーは怒りが収まらないようで、更に言葉を続ける。


「いくら()()()()が激しいって言ったって、たった()()()前の記憶を全部すっ飛ばすなんて、しかも……、しかもコレって一生モノの思い出じゃん!? 割と真面目に辛いんですけど……!?」


 そう言ってわなわなと両手を震わせていたラミーだったが、やがて何かに気がついたのかハッとした顔でこちらを見つめて言った。


「──ッだいたいさ! そもそもメアリなんて娘は100期生には()()()()()よね? ちょっとその娘のこと詳しく教えてもらいたいんですけど!?」


 ◇◇◇


 彼女の言葉を聞いて、思い出した──


 そう、ラミーは俺が初めてシミュラクルをプレイした時 “パートナー” になってくれたNPCだ。

 絆が一定値を超えると習得できるユニークスキルがかなり優秀なため、学園都市でラミーと同じクラスになれた時には、狙ってよくパートナーになっていた。彼女のことはよく知っている。

 66人いる女性NPCの中では割と人気のあるキャラで、リリース1周年を記念して実施されたファンアンケート「あなたが選ぶ! 好きな “パートナー” 総選挙!」では7位を獲得していた。

 明るくて親しみやすい性格が特徴の脳筋人虎(ワータイガー)である。ステータスはスピード寄りの近距離特化型で、シーフ系のビルドと格闘系のビルドが定番の育成スタイルだ。ちなみに俺はシーフ系ビルド派である。


 彼女が俺のことを「()()()()()」と呼んだことから予想できる事は、現在俺はどういうわけか “シミュラクル” を最初にプレイした時のアカウントで作成したアバターである “ファースト” でログインしているようだ。


 ◇◇◇


(もう2年前に放棄したアバターだぞ? こんなことって、あるか?)


「ねえ、ファースト──。」


(くそっ! まさかメンテの不具合か? なんて酷いバグだよ。やっと……、やっと念願の神アカを手に入れてリセマラ完了したってのに、こんな……。)


「ねぇってば! ファースト!」


(絶対にアカウント復旧してもらうしかねぇ……。俺の、2年間の、血と汗と涙の結晶に……、こんな形でサヨナラしてたまるかよ!!


 直ぐにログアウトして速攻システムサポートにダイレクトメールでクレームいれてや──。)


「ファーストってば!!」


「──っもう、なんだよ!」


 アカウント復旧のことで必死に頭を巡らせていた俺は、ラミーの再三の呼びかけに少しイラッとしながら彼女を見る。


 ラミーは森の奥に目線を向けたまま、今度は少し怯えたような声で俺に言った。


「あれ、見て。何よアレは? 黒い……、モヤ?」


 ラミーが指差す方を見れば、いくつかの木々を挟んだ向こう側に黒い霧の様なものが浮かんでいる。


 薄暗い朝の森にあって、それでもそこだけが異様な程に暗い。そしてそれは、徐々に()()()()()()()()ような気がした。


「ん〜〜。なんだろうな。ボスモンスターのスポーン地点かなんかじゃねえか? ほら、学園ダンジョンのボス部屋のも()()()()()だった気がしたぞ。」


「……そうね。でも、ねぇ。あれって、なんかかなりやばそうじゃない?」


 神妙な面持ちでラミーはつぶやく。


「おい、どうしてそう思う?」


「……女の子の、勘。」


「なんだそりゃ。」


 俺は思わず吹き出したが、どうやらラミーは冗談を言ったつもりはないようだ。


「早く、一旦ここを離れよう!」


 視線を黒い霧に向けたまま、ラミーは俺の手を引いた。


「って言っても、とりあえずはシステムサポートに連絡入れないと──。」


「なに意味わかんないこと言ってんの! 学園ダンジョンの転移門の行き先は完全にランダムなんだから、サポートなんて期待できるはずないじゃん!」


「いや、そうじゃなくて……。」


 ゴゴゴゴゴ……。


 俺が言葉を継ごうとした時、黒い霧の奥から轟くような異音が聞こえはじめる。


 そして、突然何者かの声が聞こえてきた。


 ────ワールドクエスト、 “始まりの災厄” が発動されました。 “シミュラクル” に生きる全ての生命は、全力で災厄(これ)に抗いなさい。


 クエスト勝利条件は、個体名 “ディノケンタウルフ” の討伐。敗北条件は、全ての生命の “死” 、です。


 クエスト達成報酬は、貢献度上位10名の生存者にのみ内容が通知され、授与されます。以上です。────


 突如として耳に、いや、頭に直接流れ込んできた情報に、俺は思わずラミーを見る。

 その表情を見るに、先程の声はどうやらラミーにも聞こえた様だ。嫌な笑みを浮かべながら、その額には汗が滲んでいる。


「ほらね……、かなりヤバい。ひょっとしてあそこからその── “始まりの災厄(ディノケンタウルフ)” ……ってやつが出てくるんじゃない?」


 ぞわぞわとした悪寒に毛を逆立てながら、ラミーは続けた。


「断定は全くできないけど、あの禍々しい気配……、どう見たって普通のボスモンスターが出てくるような様子じゃないよね……。」


 彼女は変わらず視線を膨張する黒い霧に固定したまま、じわじわと後退していく。


 ◇◇◇


 ────ゴゴゴ……。


 異音は相変わらず止まないが、先程から少しずつ音が小さくなり始めている気がする。


 ………。


 黒い霧が徐々に晴れていく。


 ……。


「ぅ……、ぁ──。」


 そいつを見て、俺は思わず声を漏らした。


 完全に晴れた霧の中から現れたのは、狼の胴体の()()()()にトカゲの上半身を生やした様な、とても歪で醜悪(グロテスク)な魔物だった。


 ディノ(恐竜)ケンタウルフ(ケンタウロスの狼バージョンか?)という、その名づけの意味もなんとなく理解した。



 そいつの身体は辺りの木々と並ぶ程に大きく、体毛には所々に血と油が混ざり合ったような粘液がべったりと付着している。

 ヌラヌラと光るトカゲの頭からは赤黒い眼と、大きく耳まで裂けた口。そこから幾重も乱雑に重なった鋭い歯が覗いている。あれに噛みつかれれば革鎧など何の役にも立たず簡単に肉が抉れるだろう。


 まだ覚醒仕切ってないのか、ヤツは目を細めたままじっとしている。


「げぇ……。」


 途轍もない威圧感、そして生理的不快感。

 見ているだけで胃がムカムカし、食べたものが込み上げてきそうだった。グラフィックの進化は喜ばしいものだが、リアルが過ぎるというのは必ずしも快適なゲーム体験を約束しないと言うことか。


(ワールドクエスト? こいつは()()()()()()()()()()のレイドボスか何かなのか? いや、そんな事よりとっととログアウトしないと。)


「ちょっとファースト、なに惚けてんのよ! あいつ、見たでしょ。アレは今のあたし等が勝てるような相手じゃ絶対にないよ! さっさと退こう!!」


「わ、わかってる。てか、俺一旦落ちるから……」


「は? 何さっきからわけわかんない事言って……、しっかりしてよ! アイツに気づかれちゃう!!」


 何やらラミーがうるさいが、俺は慌てずステータスを開こうとする────


 開こうと……、する。


 開か、ない。


「──え。」


「え。じゃないんだってば! 早く!」


 ラミーはついに痺れを切らして俺の手を引いて走り出す。


「え、え?」


 何故ステータスが開かない? そういえば、いつもは視界の端にあるはずのワールドクロックも、世界座標もない。


「こ、コレは。もしや……。」


「──ひどい……。()()()バグっちまったか。」


 (ステータスも開かないんじゃシステムサポートにも連絡できないし、どうすっかなぁ。もう、しっかりしてよ運営さん。)


 そんなことを考えながらラミーに引っ張られつつ後退するうち、ギョロリと目を開いたディノケンタウルフ(そいつ)と俺はバッチリ目を合わせてしまうのであった。


 ◇◇◇


 ──ギャオオオオオオオオウ!!!


 耳をつんざく雄叫びを上げ、ディノケンタウルフは此方へと駆け出した。


「ひ、ひぇぇえええ!! まずいよまずぃい! 気づかれちゃったじゃん!!」


 ラミーは叫びながらも俺の手を引いている。器用なもので、尻尾と腕を枝に絡めるようにして速度を落とさないように次々と木々の間をすり抜けていく。

 しかし、ヤツとの距離は段々と詰まってきているような気がする。まだ少し距離はあるが、その速度は学園都市随一といわれたラミーの速さと同等か、それ以上ということだろう。


「うぐ……あいつ速い……、もう一段上げるね!」


 ラミーは後ろを振り返ると苦々しい顔をして怪物を睨みつけた。そして俺を引き寄せようと、一瞬グンとその手に力を込める。


 ……ブンッ。


 その瞬間──、俺はその手を振り解いた。


「ラミー……俺の足じゃ、そんで……俺を連れたお前の足じゃ、きっとコイツからは逃げ切れない。お前一人だけで逃げろ。」


 木々を避けつつ同じ方向へと走りながら、俺はラミーへそう告げる。


「何言ってんのよファースト! そんな事できるはずないじゃない! あたし等 “パートナー” だよ!?」


 ラミーは、俺の言葉を即座に否定した。


「これからずっと、一緒に冒険するって約束したじゃん! 早く、手を握って!!」


 彼女は走る速度を俺に合わせて少し落として再び手を伸ばすが、俺はその手を取らない。


「俺にはお前との学園生活で閃いたユニークスキル “タイマン” がある。そいつを使えばちょっとくらいはアイツの足止めができると思う。けど、 “タイマン” は、文字通り1対1の戦闘(タイマン)でしか発動出来ないから……だから、お前と2人じゃ無理なんだ。きっと2人とも此処で死ぬ。」


 俺は、静かにそう告げる。


()()()()()()はもう、わかるな?」


 俺は再度、問いかけた。


「……。」


 しばらくの沈黙を待って、ラミーが口を開いた。


「なんで、なんでよ…… 。何でこんなことに……。」


 俺の “意図” を悟ったラミーの顔は、もう涙でぐちゃぐちゃだ。彼女はじっと足元に目をやったまま、こちらに目を向けようとしなかった。


「お前が逃げる時間は、俺が稼いでやる。なあに、ざっと1時間ってとこか?」


 俺がそういうと、ラミーは俺の方を見る。

 

 彼女を安心させる為、俺はニカっと()()()()()()言った。


「いつかは何処かで果てる命さ、ここで張らなきゃ男が廃るぜ。」


 ちょっとばかしイケメンに盛りすぎたアバターで、精一杯のキメ顔をしてみせた俺に、ラミーは「ほんと馬鹿なんだから……。」とつぶやいた。


「必ず、必ずあたしが助けを連れて戻るよ。それまで、絶対に死なないって約束して。」


 ラミーはギュッと、決意を込めた瞳で睨むように俺を見た。


「……わかった。」


 その言葉に、俺は静かにうなずく。


「本……ッ当だよ? じゃないと、今度は本当に本当に、本気で……もう二度と立ち上がれなくなるくらい。脇腹に蹴り入れて起こしてやるんだから!」


「おいおい、それじゃ結局死んじまうだろうが!?」


 ラミーの言葉に、俺が()()()()作っていた苦笑いは自然なものへと変わる。ラミーは、それを見て微笑んだ。


 こいつは、こんな時でも笑顔を絶やさない。


 きっと()()()見たことになるであろうラミーの顔は、笑顔だった。たったそれだけのことが、なんだか少しだけ嬉しい。


「1時間までに、きっと戻るから!」


 そう言うや否やラミーは一気に加速し、森の中へ消えていった。


「……必ず、戻るからね!」


 遠くから最後に聞こえてきた彼女の声は、どこか泣き出しそうなのを我慢しているようであった──。


 その背を見送ったあと、俺は彼女から遠ざかるように進路を変え、怪物と共に森の中を駆けていく。


 ◇◇◇


2025.5.31 読みやすさ改善のため改稿しました( ᐢ˙꒳ ˙ᐢ )

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