第16話 1000年の武技
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フィンは手近なところにあった石を拾うと、怪物目掛けて真っ直ぐに駆け出し、怪物の上半身目掛けてそれを放り投げる。
ギャオ! という声を上げながら、怪物は石を片手で払い退けた。
ふむ。とフィンはつぶやいて、今度もまた同じくらいの大きさの石をいくつか手に取り、それらを再び怪物へと投げつけながら近づいていく。
怪物は、得体の知れないフィンの攻撃を警戒したのか、今度は上体を逸らしてそれらを避けると、そのまま四肢を使い滑るようにフィンの後方へと回り込む。
怪物の身の丈はフィンのそれより倍以上に大きいが、動きはそれを全く感じさせないほど速い。
「──ほぅ。」
フィンは怪物の速さを測るようにして目で追いつつ、ゆらりと重心を変えながら構えを取った。
刹那、怪物の大きく開けられた顎が、フィンの上方から左肩目掛けて一瞬で振り下ろされると、そのままバグンッという音をたてて一気に閉じられる。
フィンは、ふぅっと息を吐きつつ体を入れ変えてそれを躱すと、そのまま怪物の首元へと回し蹴りを放つ。
──ズドンッ
轟音と共に、一瞬地面が震えるほどの衝撃がフィンの蹴りによって生じた。しかし、彼の身体の軸は全くブレていない。
怪物は、自分の攻撃に合わせたフィンの一撃を受けてグギィッ──と一瞬声を上げるも、すぐさま体勢を起こしてフィンのいる場所に向けその鉤爪を横薙ぎに振るう。
だがこれもフィンは、重心を落としてするりと躱した。そして、振るわれた腕を巻き込むようにしながら怪物の横面まで跳ね上がると、その目に向けて貫手を放つ
──ドシュン。という音を立てて、怪物の右目にフィンの手首までが一気に突き込まれた。
──ンギャゥオォオオオ!!!
たまらず叫び声をあげながら怪物は首を振り回し、その勢いでフィンを吹き飛ばす。フィンの腕が抜けたその右目は潰れ、夥しい量の血がそこからボタボタと流れ出ている。
フィンは、飛ばされながらも体勢を立て直し、少し離れた場所へ着地すると、よし、と満足気に呟いて怪物を見据えた。
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フィンの戦闘スタイルは、基本的に⦅体術⦆による打撃を主軸としている。何故か、それは最小限の所持金で満足のいく装備を揃えるためだ。
──つまり、高速周回に取り憑かれた彼が、何度もRTAした結果導いた最適解が “体術特化型” という答えである。
だが、 “シミュラクル” において、無手は決して剣や魔法に劣るものではない。
自らの身体を完全に制御することで、あらゆる攻撃を往なし、逸らし、躱し、敵の攻撃の勢いを、或いは動かぬ地面さえ、
──自身の武器へと変えるのである。
圧倒的それを可能とするのは、彼のセンス……というよりは、彼が約2年間── 否、ゲーム内時間で言い換えれば、約1000年という長き年月の大半を、ひたすら体術のみに捧げてきた、まさしく地道な修練の賜物であった。
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ふう、感覚的に、レベル20とのステータスのズレによる違和感は殆どないな。フィンはそう独言する。
だが、どうやら怪物も本気らしい。右目を失った怪物は、残された左目をギラリと光らせ、牙を剥き出しにしてフィンを睨みつけている。
“手負いの獣は万全な状態のそれよりもむしろ危険である" と多くの先人達が語っているように、怪物が放つ殺気も一段と濃くなったように感じられた。
──では、俺もあれを使うか。
フィンは、自らの内面へと意識を向けると、ユニークスキル⦅駿脚⦆を発動させる。
⦅駿脚⦆は、SPを消費して使用できるユニークスキルである。発動間は自身の敏捷を1.5倍まで増幅することができる。
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──グギャオオオオオオ!!
怪物は猛々しい咆哮をあげて一気にフィンへと走り迫ったかと思うと、両手の鉤爪を何度も袈裟薙ぎに振り下ろす。しかし、その凄まじい連撃にもかかわらず、フィンには全く掠る気配もない。⦅駿脚⦆で敏捷を上げたフィンにとって、怒りに任せた怪物の直線的な攻撃は、その速ささえ増せど寧ろ見切ることは容易であった。
フィンは、それらの連撃を難なく避けていく。怪物の攻撃のタイミングを測った的確な反撃は、確実に怪物の身体にダメージを蓄積していた。
──いける。この時フィンは災厄への勝利を確信した。
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「まぁまぁ、なんて……、なんて素晴らしいのかしら、フィン。惚れ惚れしちゃう。」
ミレッタは、傍らで彼の戦いを見守りながら恍惚とした表情でほぅと吐息する。
「だけど……。」
ほんの一瞬、ミレッタは悲しそうに眉を寄せたかと思えば──
「この勝負、どうやら貴方の負けみたいねぇ……。」
満面の笑みを浮かべてそうつぶやいた。
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ここまで読んでくれてありがとうございます♪
── 2022.3.2 読みやすさ改善のため改稿しました( ᐢ˙꒳ ˙ᐢ )




