七年後
七年後。学院を卒業したマリーの姿は、まだ王都にあった。一つの家から出て来たマリーは、その家の前に看板を立てる。そこには、マリーの魔道具店という文字が書かれていた。
「ふぅ……徹夜しちゃったから、眠いなぁ」
そう言いながら、マリーは、扉の郵便受けに挟まっている手紙を引き抜いて、ポケットにしまう。当然ながら、あの頃よりも身体が成長していた。ただ一部は除いて。
「何度も同じ事してるんだから、いい加減学びなよ」
背後から声を掛けられて、マリーが振り向く。そこには、腰に刀を差した美人な女性と涼しげな好青年が立っていた。
「あっ、コハク、リンくん。これから仕事?」
コハクは、現在ギルドに所属してモンスター退治と素材採取を仕事にしている。マリーやカーリーと暮らしていたという事もあり、素材の扱いが良く、仕事の入りが良かった。そのため、かなり儲かっている。マリーと違い、コハクは全体的に成長していた。
リンは、コハクと違い、騎士団に入っている。その仕事の中で、モンスター退治を担っており、ギルドと協力する事になっていた。そのため、何度もコハクと同じ仕事を受けている。今日も同じ仕事を受けるために、一緒に行動していた。
「まぁね。必要な素材があるなら、ついでに採ってくるけど」
「じゃあ、ドラゴンの心臓」
「無理に決まってるでしょ」
「七年前のあれで、かなり数が減ったからね。人を襲ってでもいない限り、難しいかな」
「冗談だよ。鉱石系を適当にかな」
「了解。それじゃあ、いってきます」
「うん。いってらっしゃい。気を付けてね」
コハクとリンを見送ったマリーの背中に、誰かがぶつかる。
「やっほ~、マリー、おはよう!」
「セレナ。おはよう。朝から元気だね」
「元気がないと先生なんてやってられないよ」
セレナは、卒業後に学院で教師をやっている。カレナの担当するクラスの副担として、教師としての経験を積んでいる最中だった。セレナはマリーと同じような成長度合いだった。そういう部分では、マリーとは馬が合う。
「時間は大丈夫なの? 結構ギリギリじゃない?」
「あっ! そうだった! マリーを見つけたから、思わず絡んじゃった! じゃあ、また今度、ご飯!」
「うん。分かった」
遅刻ギリギリのセレナは、全力疾走で学院まで走っていった。あれから風魔法も熟達しているので、走る速度もかなり上昇していた。
「相変わらず忙しないなぁ」
そんなセレナを見送ったマリーは、店の中に入って、魔道具作りを始めた。店番は、基本的にソフィに任せている。魔道具を売る分には、ソフィ一人でもどうにかなるが、そうもいかない事がある。
『主様。マニカ様がご来店です』
「うん。分かった。通して」
ソフィの案内で作業場に来たのは、マリーが初めて義手を作ったマニカだった。
「マリーちゃん、久しぶり。義手の新調をしたいんだけど」
「えぇ~、去年も新調したのに?」
「まだ身体が成長してるからさ」
「羨ましい事で」
マリーはそう言いながら、マニカの義手を作るべく、生身の方の腕の測定を始める。ソフィでは出来ない仕事というのは、マリーがやっている義肢の製造だった。こればかりは、マリー自身が担当する事になっている。自分でやった方が、どうやって作るかを決めやすいからだ。
「うん。オッケー。今だと、このくらい掛かるけど大丈夫?」
「大丈夫。コハクちゃんには負けるけど、これでも良い仕事を貰えるくらいにはなってるから」
「それじゃあ、一週間後にまた来て」
「は~い。よろしくね」
マニカはそう言いながら、作業場を出て行った。それと入れ替わりに、女性が作業場に入ってくる。
「マリーちゃん、お疲れ様」
「サイラ先輩、お疲れ様です」
作業場に来たのは、マリーの義眼を作って貰ったサイラだった。
「さてと、私も作業しないと」
サイラは、ここでマリーに雇って貰っている。マリーから魔道具作りを習って、カーリーにも一時期師事をし、魔道具職人になっていた。そして、他の店で働いていた時に、マリーが店を出すと聞き、マリーと一緒に働く事にしたのだ。
マリーとしても、職人が一人増えるだけで、自分も自由に出来る時間が出来るので、とても助かっていた。
二人が黙々と作業をしていると、また作業場に女性が入ってくる。
「マリーちゃん、今、大丈夫?」
「あ、アイリ。大丈夫だよ」
入って来たのは、セレナの双子の妹アイリだった。アイリは、学院にある図書館と書店で働いている。マリーにはないものを持っているために、マリーから羨ましがれている。
「これ新しく入った魔道具についての本」
「わぁ!! 良いの!? ありがとう!!」
マリーは、本を受け取ってから、アイリに抱きつく。魔道具に関する事なので、感極まってしまったのだ。
アイリは、時折こうして新入荷の本をマリーに持ってきてくれていた。アイリからのプレゼントだ。
「うん。喜んでくれて良かった」
「喜ばないわけないじゃん! 本当にありがとうね! また今度ご飯食べに行こう。セレナも誘ってさ」
「うん。じゃあ、休憩時間も終わっちゃうから、もう行くね」
「うん。またね」
アイリは、マリーに手を振って作業場を出て行った。
「今日は、結構人が来る日?」
先程マニカとすれ違ったのもあって、サイラは、マリーへの来客が多い日なのかと気になっていた。
「そうですね。でも、予定しているのは、この後来るリリーくらいですよ」
「そろそろ女王になるかもしれないのに、よく来るよね。勉強が大変だから、お姉ちゃんに甘えたいのかな」
「そうかもしれないです。私が王城に行っても良いんですけど、メイドがいると甘えられないって文句言ってました」
「可愛い妹を持つと幸せだね」
「ふふん!」
リリーを褒められたからかマリーは胸を張って笑っていた。そんな二人の耳にドタドタと音が聞こえてくる。
「お姉様~!!」
作業場に入ってきたリリーは、真っ先にマリーに抱きついた。アイリと同じようにマリーにはないものを持って成長したリリーは、マリーよりも少し背が高い。それらから、どちらかと言うとマリーの方が妹の様にも見えていた。
サイラは、その事を胸の奥に秘めながら、作業をする手を止める。
「今日は、義肢の相談もないみたいだし、先に上に上がったら? 後の作業は、私にも出来るから」
「良いんですか? ありがとうございます。ほら、リリー胸を押し付けてないで、上に行こう」
「はいですわ! サイラ先輩もありがとうございますわ!」
「ううん。ごゆっくり」
リリーと一緒にマリーは店の二階に上がる。この店は、マリーの自宅も兼ねており、上はマリーの部屋となっていた。その中で、マリーは、リリーに抱きしめられていた。
「うぅ……帝王学が面倒くさいですわ!」
「はいはい。でも、王様になるんだから、必要な事でしょ。頑張らなきゃ」
「うぅ……お姉様成分を補給しますわ……」
「全くもう。こんなに甘えん坊で、女王になった時はどうするの?」
マリーは、リリーの頭を撫でながらそう言う。
「いつになっても、お姉様には甘えますわ。他の何よりもお姉様が大好きですもの」
「ありがとう。でも、女王になったら、国民も見ないと駄目だよ?」
「分かってますわ。お姉様の次に見ますの!」
「いけない女王様だなぁ。そういえば、あの人はどうしてる?」
「お母様は、お変わりありませんわ。今度、マリーさんを夕食に誘おうかと言ってましたの」
「そう。前向きに考えとくよ」
「本当ですの!? お母様も喜びになりますわ!」
「考えるだけだって。まだ決めたわけじゃないよ」
マリーと王妃の関係も少しだけ変化していた。リリーの部屋に遊びに行く時に、時折遭遇する事があり、少しずつ会話するようになっていた。そこから、何度かお茶をする事もあった。さすがに、リリー同伴でのお茶会だが、そこでも少しずつ話をしていた。
それらの事もあり、王妃は、マリーを夕食に誘っても良いかと迷っていた。マリーも、少しだけ歩み寄っても良いかと考えるには十分だった。
二人の歩み寄りに嬉しくなったリリーは、マリーの頭に頬擦りする。そんな上機嫌のリリーにこれ以上何か言うわけにもいかず、マリーはされるがままになっていた。
一時間程二人で過ごした後、リリーが帰る時間になったので、店の外まで見送る。
「それじゃあ、また来ますわ」
「うん。いつでもおいで」
リリーは、馬車に乗って王城に帰っていった。
「相変わらず、仲が良いな」
「!!」
後ろから声が聞こえて、マリーの口角が上がる。
「アルくん! おかえり!」
「ああ、ただいま」
黒い鎧を着たアルに、マリーは駆け寄る。
「遠征って、明日までじゃなかった?」
「ああ、思ったよりも好調に進んで、一日繰り上がったんだ」
「そうなんだ。せっかく、明日、門で待ってようと思ったのになぁ」
「手間が省けたな」
「全然手間じゃないよ。そうだ! 今日の夜は暇? ご飯食べに行こうよ」
「ああ。なら、また夜にな。迎えに来る」
「うん!」
家に帰っていくアルを見送ってから、マリーは作業場に戻る。
「アルくんと会ったの?」
作業場に戻った途端、サリアがそう言った。
「はい。よく分かりましたね?」
「だって、マリーちゃんが上機嫌だから」
そう言われて、マリーの顔が赤く染まる。
「そ、そんなに分かりやすかったですか……?」
「まぁ、すぐに分かるくらいにはね。夕食の約束でもした?」
「何で、そんなに全部見抜けるんですか!?」
「マリーちゃんの事なら、何でもお見通し。マリーちゃんがいい目を作ってくれたからかな」
「絶対目だけじゃないと思います」
「全くもう……可愛い子だなぁ」
サリアは、マリーをぎゅっと抱きしめる。
「私もミリスとローナを誘ってご飯に行こうかな」
「先輩達も仲が良いですよね?」
「あの戦場があったからかな。二人とは親友になれたし、マリーちゃんを愛でる事も出来るしね」
「私、もう二十超えてるんですけど……」
「何歳になっても、マリーちゃんを愛でるのは止められないと思うかな」
サイラとわいわい話ながら作業を進め、夜がやってくる。
『主様。アル様がお越しです』
「うん。ありがとう」
「それじゃあ、閉店作業は、私達に任せて、いってらっしゃい」
「ありがとうございます! いってきます!」
サリア達閉店作業を任せて、一度上で着替えをしてからアルの元に向かう。
「お待たせ!」
「態々着替えてきたのか」
「だって、作業で汚れてたんだもん。私だって、そのくらい気にするよ」
「成長したな」
「ふふん!」
あまり褒められてはいないのだが、マリーは自慢げに胸を張っていた。
「取り敢えず、店に行くか。いつものところを予約しておいた」
「やった! あの店好き!」
「だろうな。いつも言っているから知ってる」
「そうだっけ?」
そんな事を話ながら歩いていると、目の前から見知った二人が歩いてきた。
「マリーさん、アルゲートくん。こんばんは」
「先生! ネルロさん! こんばんは!」
マリーは、犬のように二人に駆け寄る。そうして駆け寄ってきたマリーの頭をカレナが撫でる。
「あら、デートかしら?」
「夕食を食べに行くところです」
ネルロのからかいを、アルはさらっと受け流した。ネルロは、面白くなさそうに肩を下げる。
「先生達は、これからどこかに行くんですか?」
「ネルロの家でご飯を食べるの」
「そうなんですね。私も、また先生達とご飯食べに行きたいです!」
「良いよ。また今度ね。ネルロも良いでしょ?」
「ええ、マリーちゃんとなら拒む理由なんて無いわ」
「やった! それじゃあ、また連絡しますね!」
「うん。それじゃあね」
「楽しんで」
マリーは大きく手を振って、二人と別れた。
「本当に先生達と仲が良いな」
「先生達の事好きだもん」
「そうか。そういえば、カーリー殿は健在か?」
「そりゃあね。グランハーバーで、腕を振ってるよ。この前なんて、採りすぎたからって、色々な素材を置いていったんだ。もう若くないのにね」
「相変わらずなようだな」
カーリーは、王都からグランハーバーに戻って、自分の店を営業していた。素材取りなども、まだ自分でやっており、その時採れた素材をマリーにも分けていた。余ったからと言っているが、その実、ただ単にマリーに会いたいから来ているだけだったりする。
「うん。それにしても、何も大きな事件がないと、すっごく平和で良いねぇ」
「あの一年が、濃厚すぎただけだ。このくらいが当たり前だ」
「まぁ、王都に来るまでは、確かに当たり前だったかも。でも、あの頃よりも、今が楽しいかな」
「そうなのか?」
「うん! 沢山の親友が出来たし、可愛い妹とも会えたし、こうしてアルくんとも会えたしね」
「そうか。俺も、マリーに会えた事は良いことだったな」
「本当!? それなら、私も嬉しいな!」
マリーの満面の笑みに、アルも頬を綻ばせる。マリーとアルは、二人並んで街を歩く。その二人の距離は、学生時代よりも格段に近付いていた。




