王妃の気持ち
リリーが立ち上がって、ノックされた扉を開く。すると、そこには、王妃の姿があった。
「お母様。どうぞ」
「ありがとう」
王妃がリリーの部屋に入ってくると、マリーも席を立ち上がった。まっすぐ前を向くマリーに、王妃は近づいていた足を止めた。そして、何度も口を開いては閉じるを繰り返す。今思っている事を言葉に出来なかった。
「えっと、何か御用でしょうか?」
一向に状況が進まないので、マリーの方から声を掛ける。
「あっ……国王陛下が亡くなった後、陛下の日記が見付かったの。そこで、あなたに関しての記述があったわ。マリーナリア……いえ、マリー、本当にごめんなさい」
王妃は、マリーに対して頭を下げた。
「それは……捨てたことですか? それとも、国王が私の暗殺を企てた事ですか?」
「……そのどちらもよ。あなたを森に捨ててから、しばらくして、私は取り返しの付かない事をしてしまったのではと罪悪感が生まれたの。そして、それはリリーを引き取って、どんどんと増していったわ。だから、あなたへ与えるはずだった愛情も含めて、リリーを愛する事を決めたわ」
この言葉を聞いて、リリーの顔が強張る。マリーに与えられるはずだったものを自分が受け取ってしまったという事に負い目を感じてしまったからだ。その事に、マリーはすぐ気付いた。
「リリーが気にする事じゃないよ」
「ですが……」
「リリーのせいじゃないでしょ。これは、私とこの人の問題。リリーは、その結果の影響を受けただけなんだから、気にしない。分かった?」
「はいですわ……」
完全に負い目は消えていないものの、リリーの心は少し軽くなっていた。
「取り敢えず、私は、あなた達に捨てられた事に関して、全く気にしてない。寧ろ、お母さんに拾われて良かったと思ってる。今更、王族として戻ってこようなんて思ってないから」
マリーの言葉に、王妃は顔を伏せる。その動作を、マリーは訝しんだ。
「これで、そっちが懸念している事は何もなくなるはずだけど。まだ、何かあるの?」
マリーがそう言うと、王妃は口を開けてから、何かを飲み込むように閉じた。
「言いたい事があるなら言って欲しいんだけど。これ以上揉め事を残すのは嫌だから」
「……本当に、ここに戻って来る気はないのよね?」
「ない。私にとって、王族である事なんて、どうでも良いから。あなたの娘である事もね」
「分かったわ……それじゃあ、私は、ここで失礼するわ。最後に一つだけ。好きなときに、ここに来て良いわ。リリーの姉としても友人としてもね」
王妃はそう言うと、リリーの部屋を出て行った。
「はぁ……」
マリーは、ため息をつきながら椅子に座る。リリーも同じく椅子に座った。
「大丈夫ですの?」
「大丈夫。結局、本当に謝罪しに来たってだけなの?」
「みたいですわね」
「何か腑に落ちないんだよねぇ……王族である事も全部捨てるって言ってるのに、まだ言いたい事がありそうだったし。王城に戻ってくるつもりもないって言っても、また来て良いって言うし」
マリーは、王妃の言葉に違和感を抱いていた。それでも、これ以上自分に関わりを持たなそうな事にだけは安堵していた。
「もしかしたら、お母様は、お姉様と暮らしたいと考えていたのかもしれません」
「はぁ!? じゃあ、何? もしかして、あの謝罪も本心からの言葉だって言うの!?」
「私は、そう思いますけど……」
マリーは、眉を寄せながら唸りながら、お茶を飲む。
「心変わりしたとでも言うの……全然信じられない……」
「ですが、それなら私を愛してくれる事も説明出来るのでは?」
「実際は、関係ないでしょ。どのみち、リリーの事は愛してくれたと思うよ。私の分の愛なんて大した事もないだろうから」
「そ、そんな事ないと思いますわ。だから、罪悪感を抱いたのでしょうし……」
「罪悪感と愛は関係しないでしょ。自分が産んだ子供を捨てたという行為に抱いたものだよ。取り敢えず、今日のところは帰るよ。ちょっと疲れたし」
「あっ……」
リリーは、何かを言いたげに手を伸ばす。マリーは、その手を一切の迷いなく掴む。
「大丈夫。また来るよ。ここに来たら、可愛い妹に会えるからね」
マリーの言葉に、リリーは顔を綻ばせた。
「はい! あっ、城門までご案内しますわ」
「うん。ありがとう」
リリーに案内されて、マリーは城から出て行く。
「馬車を用意します?」
「あっ、そういえば、必要か……あっ、大丈夫そう」
マリーの視線の先には、城門の近くに立っているアルの姿があった。その傍には、馬車もあった。
「アルくんに頼めば、乗せてくれるでしょ」
「むぅ……そうですわね。では、また今度」
「うん。またね」
マリーは最後にリリーの事を抱きしめてから、アルの元に向かった。それだけで、リリーは上機嫌になり、城へと戻っていった。
「アルくん!」
「まだ帰ってなかったか」
「知ってて待ってくれたんじゃないの?」
「さすがに、そこまで分かっているわけないだろう。未来予知なんて出来ないからな。取り敢えず、乗れ」
「うん」
アルに促されて、マリーは馬車に乗り込む。
「マリーの家まで頼む」
御者にそう言ってから、アルも馬車に乗る。
「それで、大丈夫そうか?」
「うん。多分、特に問題にはならないかな。色々な疑問はあるけど」
「そうか。マリーは、それで良いのか?」
「まぁ……正直、私もどうすれば良いのか分かんない」
「そうか。まぁ、ゆっくりと考えていけば良い。そのくらいの時間はあるだろう」
「うん……」
暗殺の恐れはないはずなので、王妃との付き合いは、まだ考える時間はある。マリーとしては、王族として帰るつもりは最初からない。だが、王妃のあの態度を見てしまうと、自分の態度が少し悪すぎたんじゃないかと考えてしまっていた。こうして、城から離れて、尚のこと、そう考えてしまうのだった。
「そういえば、アルくんも叙勲はされなかったんだね」
これ以上、話を広げるのはやめておこうと思ったマリーは、話題を変える。
「ああ。俺達は命令無視をして、マリーの元に向かったからな。本来なら処罰を受けるところだ。だが、一応功績を積んでいたからな。そこで相殺されたわけだ。この件に関しては、父上から叱られた」
「へぇ~、そうだったんだ。改めて、ありがとうね」
「気にするな。寧ろ、状況を窺って遅れたくらいだ。本当は、最初から付いていきたかったがな」
「えぇ~、最初から付いてこなくて正解だったと思うけど。こうなっちゃってもおかしくなかったわけだし」
マリーはそう言いながら、左脚を持ち上げる。スカート裾から生身とは違う脚が見えてくる。アルは、眉を顰める。
「はしたないから、脚を下げろ。お前は、自分がどんな格好をしているのか、もう少し考慮して行動しろ」
「えぇ~、別にこのくらい上げるだけなら良いじゃん。別に下着が見えるわけでもないし」
「見えそうになることをやめろと言っているんだ。せっかく綺麗で大人っぽく見える格好をしているんだ。少しくらいお淑やかにしたらどうだ?」
「お母さんに育てられているのに、お淑やかに育つと思う?」
「育てとは言ってないだろう。意識して変えてみろという事だ」
「ふ~ん、そっちの方がアルくんの好み?」
「いや、特にそういうわけでも無いな」
「な~んだ」
マリーはつまらなさそうに脚をぱたぱた動かす。それにため息をついたアルは、一つに気になる事があった。
「そういえば、その義足、何かしているんだったか」
「ん? ああ、そうだよ。結局使う事はなかったけど、短剣が仕込めるようになってるの」
マリーはそう言って、義足を伸ばして、機構を操作する。すると、義足の脹脛部分が開いて、二本の短剣を現れる。
「この機構の分、強度は下がるし、戦場で使っていた短剣よりも小さいものになるけど、結構便利かな」
「そうか。まぁ、これならどこにでも持って行けるからな」
「ある意味危険人物だよね」
「そうだな。無闇に使うなよ?」
「分かってるよ」
そんな話をしている間に、マリーの家に着いた。
「着いたぞ」
「本当だ。送ってくれてありがとう」
「ああ。何かあったら、いつでも言え。ある程度なら、相談にも乗れるからな」
「うん。分かった」
マリーは、アルが乗った馬車が見えなくなるまで見送って、家に戻る。
「あ、マリー、おかえり」
『おかえりなさいませ』
「ただいま」
マリーが帰ってくると、コハクとソフィが出迎えてくれる。その後ろからカーリーも出て来た。
「遅かったね。お姫さんのところにいたのかい?」
「うん。リリーともいたけど、あの人とも話してきた。色々と思う事はあったけど、やっぱり、私の家はお母さんのいるところかな」
「そうかい」
カーリーは、マリーの頭を撫でる。その撫で方は慈しみが溢れていた。マリーは、嬉しそうに笑う。
「実は、私もあの王妃と話してきたさね」
「えっ!? そうなの!?」
カーリーとも話していたと聞いてマリーは、少し驚く。
「ああ、謝罪と礼を言われたよ。本当は頬をぶん殴ってやろうかと思ったんだけどねぇ。嘘を言っていないように見えて、そんな気も失せたね」
「ふ~ん……じゃあ、私に言ったのも本心だったんだ……」
「国王と違って、あの王妃とは話が出来るかもしれないねぇ。だが、油断はするんじゃないよ」
「うん。分かった」
「それじゃあ、着替えておいで。夕食にするよ」
「うん!」
マリーは自分の部屋に向かって、いつもの服に着替えて、食堂に降りていった。
命を狙われる心配がなくなり、マリーにとっての本当の日常が戻ってくる。これで、マリーは心置きなく自分の夢に向かって突き進める。
カーリーのような魔道具職人になるという夢を。




