可能性の話
波乱の旅行があった夏期休暇も終わり、通常の生活が始まって、一ヶ月が経っていた。夏期休暇の間、基本的にマリーは工房で作業に没頭するか、ネルロの店でバイトをしていた。
ネルロの協力もあり、ソフィの強化と改良も進んでいる。髪は、魔金の糸に強度強化の刻印をしたものをカツラのようにして頭に被せている。着脱自体は簡単に出来るが、ソフィにその意思がなければ、外れないように調整している。
そして、皮膚に関しては、魔ゴムの内側に緩衝材となるスライム液を入れる事で触った時のそれらしさを強調している。スライム液は、魔力の通りが良いので、ソフィの運用時間も延びるという計算だった。ソフィの進言だと、延びているようだが、実際、ソフィが機能停止する事自体ほぼないため、マリーとしては本当かどうか分からなかった。
知能は、カーリーの書斎と学院の図書室を使って収集していった。情報を得る速度がマリーの倍以上なので、すぐにマリーよりも賢くなった。この事にマリーは頭を抱えて嘆いていた。
最後に戦闘訓練は、カーリーの主導で行われた。特に剣を扱いを中心に訓練が為された。この理由は、そもそもソフィの役割は、剣を持てないマリーの代わりに剣を使った前衛になるというものだったからだ。これに関しては、コハク程とはいかないものの腕の立つ前衛にはなった。そうして、ソフィの調整を完了させた後は、実地試験となる。とはいえ、最初から戦闘をする訳では無く、まずは、ネルロの店でのバイトとなった。
ソフィのバイトは、今日で一週間目に入る。
「ソフィちゃんは、どう? 外にいても、誰も気付かない?」
「はい。どちらかというと、私の方が目立ちます」
「まぁ、白髪は珍しいものね」
そんな風にマリーとネルロが会話をしている間に、ソフィが触媒の確認を行っていた。
「最近は、火山の調査で、王城も大忙しだし、しばらくはマリーちゃんも安全かもね」
「他国からの介入があったみたいですよね。どうなっているんでしょうか?」
「さぁ? 私も戦争はした事ないし、分からないわね。そもそも、今、戦争をして得があるのかしら。こっちの国には、まだカーリーさんがいるのに」
「でも、お母さんが参加するとは限らないと思いますよ?」
カーリーは、戦争などといった事に参戦するのを嫌う。そのため、マリーにはカーリーが抑止力になるという気がしなかった。
「そんな事ないわよ。カーリーさんが戦争に参加する理由なら、目の前にあるわ」
ネルロはそう言って、マリーの事を見る。
「えっ!? 私ですか!?」
「そうよ。戦争になったら、マリーちゃんも戦場に行くかもしれないもの。さっさと戦争を終わらせる感じに動くと思うのよ」
「ああ、学生もかり出される可能性があるんでしたっけ。あれ? もし、戦争になったら、ネルロさんはどうなるんですか?」
「面倒くさいから行かないわね。私の戦い方って、集団戦に向かないのよ。基本的に巻き込み系が多いから」
そう言われて、マリーは旅行の時の血液を使った魔法を思い出す。
「ああ~……」
「カレナが一緒にいれば、安心なんだけど」
「お二人って、仲良いですよね? この前も一緒に旅行行ってましたし」
「あの子に、友達がいないだけよ。その事でからかうと面白い反応をしてくれるから、楽しいわ」
「わぁ……いじめっ子だぁ……」
「いじめてなんてないわよ。からかってるだけ。本当にいじめられてるなんて思ってたら、旅行になんて誘わないでしょ。後、面白いのが、あの子、ああ見えて甘えん坊なのよ。だから、旅行中、よくくっつかれたわ」
「へぇ~、先生って、しっかりしてそうですけど、そういうところもあるんですね」
「そうなのよ。可愛いでしょ」
「人の生徒に、変な事を吹き込まないで欲しいんだけど」
その声がした方をマリーが向くと、そこには少しおめかししたカレナの姿があった。
「あら、そんな格好でどうしたの?」
「どうしたのじゃない。夕飯を一緒に食べる約束したでしょ?」
「……そういえば、そうだったわね……完全に忘れてたわ。そろそろ閉店の時間だし、マリーちゃん達も上がって良いわよ」
「分かりました。ソフィ、帰るよ」
『はい』
「それじゃあ、先生、さようなら」
「はい。お疲れ様でした。気を付けて帰って下さい」
「は~い」
マリー達は、家へと帰っていく。ここまでは、本当に平和な時だった。
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翌日。学院に着いたマリーとコハクは、周囲がやけに騒がしい事が気になった。
「なんだろう? 何かあったのかな?」
コハクは、周囲を見回してそう言うが、特に何か代わった点は見当たらなかった。
「青ざめている人が多い気がする。何だか、ちょっと嫌な予感がするんだけど、気のせいだと思う?」
「マリーの嫌な予感って、意外と当たるからなぁ……」
「……どうか変な事が起こりませんように」
「無駄な祈りだなぁ」
失礼な事を言うコハクに怒りながらマリー達が教室に入ると、アルとリンが真剣な顔をして話し合っていた。
「アルくん、リンくん、おはよう。何かあったの?」
「ああ、マリー、おはよう。最悪の事態が起こった。戦争が始まるぞ」
アルの言葉に、マリーとコハクの顔が強張る。
「それって、本当なの!?」
「ああ、間違いない。魔脈に影響を与えたのは、魔族の仕業だった。奴等は、また戦争を仕掛けるつもりだ。その前に、こっちの戦力を少しでも減らそうと、ドラゴンをけしかけてきたらしい」
「いつ戦争が始まるの?」
「分からん。だが、父上は、既に準備を始めていた。そのくらいには、近いのだろうな。父上からは、激化する可能性が高いと言われている。俺達もかり出されるだろうな」
マリーは、自分の嫌な予感が当たってしまった事に不快感を覚える。
「でも、私達は、まだ子供だし、後方で手伝うとかでしょ?」
「学院トーナメント準優勝が何を言っているんだ。俺達騎士の家系を除けば、マリーが一番前線にかり出される可能性が高いんだぞ。他の理由もあるがな」
アルの言う他の理由は、マリーだけではなく、コハクも察した。
「この状況で、そんな事を考えるの?」
「この状況だからこそ、利用出来ると考えるんだ。戦争という誰が死んでもおかしくない状況は、誰かを後ろから殺すのに、うってつけだからな。気を引き締めろ。ここからは、本当に何があるか分からん」
「うん。分かった」
そんな話をしていると、リリー達も教室に入ってきた。その表情は暗い。マリー達と違って、ここに来るまでに情報が耳に入ってしまった。
「ねぇ、アルくん。戦争を回避する方法ってないの?」
「……現状ではないな。過去、一度も魔族と主張が合った事はない。奴等は領土を求めて、進軍してくるはずだ。だが、何故、このタイミングなのかが分からない。カーリー殿の名声は、向こうに届いているはずだ。そのカーリー殿が、まだ存命の中で進軍してくるというのは、妙だ」
「あっ、その話、ネルロさんのところでもしたよ。ネルロさんは、お母さんがいるから、戦争相手に得がないって言ってた」
「普通は、そう考えるだろうな。俺もそう考えたからな。つまり、相手には、今、攻めるメリットがあるという事だ。それが一体何なのかは、全く分からん」
「分からない事だらけですのね。少し怖いですわ」
まだ戦争が起こるかもしれないということしか分かっていない。この曖昧な情報が、より怖さを感じさせる原因となっていた。
「そういえば、戦争が起こる場合、リリーはどうなるの? 一応、学院の生徒だけど、一国のお姫様でもあるでしょ? 戦場に行くことになるのかな?」
セレナは、リリーの立場を考えて、起こるかもしれない戦争に向かう事になるのかが気になっていた。
「恐らく、戦場に向かう事はないだろうな」
「そんな……私だけ、安全な場所で見ている事など出来ませんわ!」
「まぁ、リリーって、この性格だから、勝手についてきちゃうんじゃない?」
マリーがそう言うと、リリーが後ろから抱きつく。
「マリーさんの元に馳せ参じますわ!」
「良いから、安全な場所にいようね」
「適当にあしらわないでくださいまし!」
リリーが左右に大きく揺れるので、マリーも同じく揺れる事になる。そんなマリーは、全く気にした様子がない。
「とにかく、戦争が起こるかもしれないという事は、全員頭の中に入れておいてくれ。俺達も巻き込まれる可能性があるからな」
アルの言葉に、全員が頷く。それと同時に、教室にカレナが入ってきた。
「はい。皆さん、座ってください。授業の前に、少し話しておかないといけない事があります。もしかしたら、もう既に噂などで聞いているかもしれませんが、魔族の国との戦争が起こる可能性があります。その際、戦況によっては、皆さんにも後方で働いてもらう事になるかもしれません。前線に出る事は、ほぼないと思いますが、気を引き締めて下さい。では、授業を始めます」
それだけ言うと、カレナは普通に授業を始めていった。それは普段と変わりない日常の始まり。そう思わせるには十分だった。
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王城の執務室にて、国王は口角を上げていた。
「戦争が始まる。これで、マリーナリアを殺す事が出来るぞ……」
「陛下、このような時に、そのような事を考えている暇はないかと」
「うるさいぞ! こちらには、大賢者とお前を迎え撃った教師がいるのだぞ! 負けるわけがないだろう!」
カーリーとカレナがいれば、負けるわけがないと国王は考えていた。実際に、そう思わせるだけの実力が二人にはある。
「それだけの戦力があることは、向こうも承知の上で、攻めてくるのです。警戒をする必要はあるかと」
「そんなもんは、騎士団に任せれば良い! いや……そうだな。お前も戦場に向かえ。今度こそ、マリーナリアが死ぬところを見届けろ。マリーナリアは、学院トーナメントの準優勝者だ。前線に連れて行っても、何ら不思議はあるまい」
国王の笑い声が、部屋に響き渡る。自分のアイデアに酔いしれていた国王は、カイトが拳を握りしめている事に気付くことはなかった。




